2017 新春対談 家庭料理のおおきな世界2017 新春対談 家庭料理のおおきな世界

糸井重里

土井善(料理研究家)

黒豆の煮方、米の炊き方。

糸井
今日は来てくださってありがとうございます。
土井
どうもはじめまして。
よろしくおねがいします。
糸井
今日は、お正月の企画で。
土井
はい、お正月。
糸井
お正月というと、毎年ぼくは自分で
黒豆を煮るんですが、それがお父さんの
土井勝さんのレシピなんですね。
あの作り方を知るまで5、6年かな。
ずっと大変な思いをして煮ていたんです。
土井
うまくやらないと、はんぶん煮くずれたり、
皮がむけたりするんですよね。
糸井
そうなんです。
すごく注意深く煮ていても、
毎回うまくいくとは限らなくて。
また黒豆というと、詳しい人から
「豆を壁にぶつけて、壁からゆっくりと
落ちてくるくらいの仕上がりがいい」
みたいな話も聞いたことがあって、
「そうかもしれないけど‥‥ほんとかなぁ?」
なんて思ったりしていました。
だけど年に一度のおまつりごとでもあるし、
なんだか意地のように煮ていたんですね。
土井
ええ。
糸井
それであるとき、なんとなくネットで
黒豆の作り方を調べてみたら、
多くの人が「土井式」と書いていたんです。
それで「なんだろう?」と実際にやってみたら、
難しいことがあるわけじゃないのに、
びっくりするほどうまく作れて。
土井
あぁ、よかったです。
糸井
めんどうな部分をあえて探せば
「大量に作るなら大きい鍋がいい」ことと、
「ストーブの上で煮る場合でも、
吹きこぼれには気をつけたほうがいい」
そのくらいかな。
あ、それと「2日使いなさい」という。
土井
そうですね、浸透させる工程と、
煮る工程とがありますから。
糸井
それで、そうやって知った
土井勝さんの黒豆から、
テレビで拝見する土井善晴さんまで、
勝手にぼくは一貫するものを感じていたんです。
土井
あ、そうですか?
糸井
はい。なんだかどちらも料理の作法とか
めんどうくささから、自分たちを
解放してくれているように思えたんです。
と同時に、必要なルールは
しっかり教えてくれているという。
そこでお正月からそういう話を聞けたら
おもしろそうだと思って、
今回おねがいさせてもらったわけなんです。
土井
黒豆は父が工夫したものですね。
だから実はうちの祖母は、父の作る
ツルツルした黒豆が気に入らなかったんです。
糸井
そうなんですか。
土井
黒豆とは、そもそもシワが寄るもの。
「シワが寄るまでマメにくらせるように」
ということから長寿の印だったんですね。
それをシワが寄らないようにというのは、
料理屋の発想なんです。
そして父が、ああいう方法を考えたと
いうことなんですね。
糸井
だけど、あのレシピはすごいですよね。
土井
最初に熱い煮汁で黒豆を戻すだけですが、
いいことがたくさんあるんです。
急激な変化がなくて縮まないとか、
皮が剥けないとか、味の浸透がきちっとできるとか。
糸井
煮汁の熱が下がるとき、
見ていないあいだに調理が進むんですよね。
そして翌日、もういちど煮ればいいだけ。
あのレシピの、その
「見てないときの仕事をあてにしてる」感じが、
ぼくにはものすごくおもしろかったんです。
土井
なるほど。
糸井
そして先日、料理番組で
土井さんのお米の炊き方を見ていたら、
似たような話が出てきたんです。
土井
あれ? なんでしょう。
糸井
「前の晩に米をといでおき、
ザルにあげて水気をきったら、
ビニール袋に入れて冷蔵庫に置いておく」
という。
そこで「‥‥あ!」と思って。
「この一家は、見てない時間の仕事への
意識がすごく高いんだ」と思ったんです。
土井
なるほど(笑)。
糸井
「だからあとは早炊きでいいんです」
って言うんですよね。たしか。
土井
そうですね。
そのほうがおいしく炊けるんです。
糸井
あの炊き方には、
どうやってたどり着いたんでしょう?
土井
大したことはしてないんですけどね。
そもそも‥‥ごはんは乾物なんです。
一同
おおーー。(どよめき)
糸井
なんかちょっと。すごい。
土井
米というのはそういう保存性があるもの。
だからこそ昔は財産として、
国民の賃金になっていたわけです。
そういうものなので、使う前には
水で戻してやる必要があるんですね。
糸井
そうか、乾物だから。
土井
そうなんです。だけど、戻すとき、
よく水に浸けっぱなしにするでしょう?
糸井
はい、やりますね。
土井
あれはすすめられないんです。
というのも
「水分・栄養・温度」の条件が揃うと、
その瞬間から「発酵」がはじまりますから。
つまりそこに雑菌が1つ入っていたら、
10分に1回とか分裂します。
置いておくと1時間で64個になる。
そのまま2、3時間すぎて、
4時間ぐらいから数億個になって、
5時間置いたらもう、
10億個以上に増えてしまうわけです。
だから水に浸けたままだと、
ほんとに汚いところで炊くことになるわけです。
糸井
そのとおりですね。
土井
ですから昔の人はそういう横着をせず、
米を洗ったら、必ずザルにあげるのが
当たり前だったんです。
糸井
では、まずは乾物を戻す発想で米を洗うと。
土井
昔は「研ぐ」と言ってましたが、
このごろはぬかがないから「洗う」ですね。
昔は米びつに手を入れると
ぬるぬるしてましたけど、
いまのお米ってカサカサでしょう?
糸井
たしかに脂っ気がないですね。
土井
ぬかをとりきって裸になってますから。
だから、いまのお米は劣化しやすいんです。
袋を開けた瞬間から酸化がはじまって、
すごい勢いで不味くなって、粒も割れはじめます。
米屋さんはそのへんをわかってますから
「精米をちょっとゆるくして」とか言うと、
してくれたりするんですけど。
糸井
そうかぁ。
土井
そういうわけで、まずはお米を洗ったら、
必ずザルでカッと水気をきります。
そして冬だと1時間、
夏だと30分くらい置いておく。
いまの部屋は乾燥気味ですから、
40分くらいを目安にするといいと思います。
そうして置いたものを「洗い米」と呼びますが、
お米が水を吸って、ふっくらと白く、
触ったときにも気持ちがよい状態になるんです。
糸井
いま、水分はどこからとったんですか?
土井
米そのものはザルにあげても濡れてますから、
そのくらいの水分で十分なんです。
糸井
はぁー、なるほど。
土井
そしてその洗い米を、同体積の水で炊くわけです。
きれいな水で水加減して、
すぐに火を入れるのが、
おいしいごはんを炊く条件ですね。
糸井
はい。
土井
ですが朝、ごはんを炊く40分前に起きるのは
難しいという人も多いですよね。
だからといって前の日の晩に洗ったまま
置いておくと乾燥してしまう。
だからわたしの方法は、
前日に戻した米をビニール袋に入れ、
朝まで冷蔵庫で置いておく、というものなんです。
こういうものは必ず
冷蔵庫にしまう必要がありますから。
糸井
すべて遅くしちゃうわけですね。
土井
そういうことです。
また水加減も同量だと合理的ですよね。
そのあたりは、仕事で米を大量に
炊いたりするなかで、
どんどん合理的になってきた結果なんです。
糸井
いまのお話、どれもすごく納得がいきます。
土井
基本的には昔からのことをしてるだけですけどね。
わたしがした工夫は
「ビニール袋に入れて冷蔵庫で保管する」くらい。
それは朝に1時間ゆっくり寝られるよう、
段取りをよくしてるだけなんです。
ほんとは昔の人のように、早く起きて
米の様子を見ながら炊くのがいちばんですけど、
それぞれ生活がありますのでね。
糸井
じゃあお米のおいしい炊き方については、
土井さん自身がもともと
家でわかっていることを継いだというか。
土井
はい、それはもう、
まったくそういうことなんです。

(つづきます)

2017-01-01-SUN