「ほぼ日の健康手帳 簡易版」は、
たくさんの医療従事者の方々によって、
被災地での医療支援の活動や、
避難所生活をされる方々の健康を守るために
役立てていただくこととなりました。

お医者さんは「簡易版」を
どんなふうに使われたのでしょう。
お話をうかがいたくて、
実際に「簡易版」を使われたお医者さん、
筑波大学附属病院 総合診療科の
横谷省治先生をお訪ねしました。
本田美和子さんの医学部時代の同級生でもある横谷先生は、
茨城県つくば市にもうけられた避難所で、
医療相談を担当した先生方のおひとりです。




横谷 記録用に撮った写真が何枚かあるので、
それを見ながらお話ししましょうか。
本田 ええ、ぜひ。
よろしくお願いします。
横谷 つくばへ避難していらしたのは、
福島から、福島第一原発の事故の影響で、
自主避難してきた方たちなんです。
本田 はい。
横谷 震災のあと、早い時期から避難して来られた方も
ちらほらいらしたようなんですが、
3月15日に、20キロから30キロ圏内の地域に
屋内退避の指示がでたということがあって、
それを境に、たくさんの方が、
福島からつくばに避難していらしたんです。

16日に、茨城県が正式に
自主避難者の受け入れをはじめて、
「洞峰公園体育館」と「つくば国際会議場」の
2カ所が避難所になりました。

それぞれ、看護師さんと保健師さんが常駐して、
みなさんの健康管理にあたったんですが、
避難所の一角に医療相談室を設けて、
医療相談をしようということで、
洞峰公園体育館に、ぼくら総合診療科のメンバーが
行くことになったんです。
それが3月17日、震災から6日目のことでした。

洞峰公園体育館、3月18日の様子
本田 こちらには、何人ぐらいの方が
避難していらしたんですか?
横谷 洞峰公園体育館には、
初日の段階で200人以上の方が入られて、
いちばん多いときで、319人いらしたんです。
本田 そんなにたくさんの方が‥‥。
みなさん、地域でまとまっていらしたんですか?
横谷 いや、あちこちからいらしていて、
とくに地域のつながりがあるわけでは
ないようでした。

洞峰公園体育館が避難所になっていたのは
4月17日までの約1カ月なんですが、
そのうち、ぼくらが医療相談を担当したのは
最初の6日間なんです。
というのは、避難所はまず県が立ち上げて、
2、3日後には市が引き継いだんです。
それにともなって医療もつくば市の管轄になって、
医療相談は、つくば市医師会の先生方に
お任せすることになりました。

それで‥‥あ、これですね。

洞峰公園体育館の医療相談室にて。「ほぼ日の健康手帳 簡易版」
本田 そうです、これです。
たくさんありますね。
横谷 これは、保健師さんを通じて、
避難所に入られた方、全員に配って、
全員に書いてもらったんです。
本田 そうですか、全員に。
横谷 なぜ、こういうことをしたかというと、
当たり前なんですが、
どんな方がいらしているのか、
わからないんですよね。
本田 ええ、ええ。
横谷 医療相談といっても、
どんな医療ニーズがあるのかわからなかった。
それで、まずは、みなさんの
医療的な背景を把握しようというのが
目的だったんです。
そのための「いいツール」が
ないかなと思っていたところに、
ちょうどタイミングよく、
ぼくらが入っているメーリングリストに、
このシートの紹介があったんです。
本田 「ほぼ日」でダウンロードが始まってすぐ、
医療系のメーリングリストに
情報を流してくださった先生がいらしたんです。
横谷 さっそくダウンロードしてみると、
ぴったりのツールだったので、
すぐに教授の前野先生が「これを使おう」と。
本田 ありがとうございます。
じゃあ、避難所のみなさんの
まずは、健康調査に使ってくださった。
横谷 そうです。
実際にどんなふうに使ったかというと、
みなさんに書いていただいたものを回収して、
ひとつひとつ内容をみて、
医療ニーズの高そうな方には、
ふせんでタグをつけていってるんです。
本田 この、黄色いふせんが貼ってあるのが、
何かのご病気をお持ちだったりする
「医療ニーズの高い」方たち。
横谷 ええ。ふせんには、その方の持病が
「何系の病気」かを書き込んでます。

それをフォルダに入れて管理しているんですが、
これはね、家族単位で分けてるんです。
本田 あぁ、家族単位で!
横谷 家族ごとにファイルに入れて、
お名前の「あいうえお」順に並べて。
本田 以前、松村医院の松村真司先生にも
お話をうかがったんですけど、
松村先生のクリニックでも、
紙のカルテは家族ごとにまとめていると
おっしゃってました。
横谷 うん、「家族カルテ」ですね。
本田 こういうときも、
やっぱりそれは基本なんですね。
横谷 そうですね。
とくに、今回このシートを
家族ごとにまとめておくのには、
もうひとつ、利点があったんです。
毎日みなさんのところに巡回するんですが、
そのときに、体育館のどこに
「だれだれさん一家」というふうに書き込んだ
地図のようなものを作っていたんです。
その地図と、このシートをリンクさせて、
とくに注意が必要な方たちが
どこにいらっしゃるかわかるようにして。
本田 あー、なるほど。
横谷 とくにぼくらが気をつけて、
声をかけたほうがいいなと思ったのは、
まず、高齢の方ですよね。
90歳ぐらいのお年寄りがいらしたし、
それから、乳児のいる家庭、
授乳しているお母さん、妊婦さん。
透析を受けている方、それから
インスリンを打っている方もいらした。
地図にそういうことを書き込んで、
毎日巡回するときに必ず声をかけていこう、
って決めてたんです。
本田 じゃあ、「今日はお変わりないですか」って、
御用聞きみたいにお声をかけて。
横谷 そう、そんな感じです(笑)。

それから、毎日午前と午後の2時間ずつ、
医療相談室で診療もどきをしたんです。
本田 「診療もどき」というと?
横谷 「もどき」という意味は、
ここでは、ふだん診療所でやるような
健康保険を使った診療はしなかったんです。
もしここが、被災地の避難所だったら、
ある程度ここで、
医療を完結しなくてはいけないんですが、
ここは、近隣に医療機関がたくさんあるんです。

だから、この医療相談室では応急的に診て、
地元の薬剤師会から提供してもらった
薬局で処方箋なしで買える薬で
対処できそうな方には、薬をお渡しして。
本田 ええ、ええ。
横谷 医療機関を受診したほうがいい方には、
じゃあ、あそこにかかったらいいです、って
このシートのコピーに、紹介状と地図を添えて、
持っていってもらったんです。
本田 ああ、ありがとうございます。
横谷 そんなふうに診療もどきをしたら、
シートの裏に、カルテもどきを書き込んで。
本田 そうすると、翌日担当する医師も、
それを見れば前日の状況がわかるし。
横谷 そうです、そうです。
本田 医療相談室にいらっしゃる方の相談は、
どんな内容が多かったですか?
横谷 風邪と、花粉症が比較的中心でした。
あと目立ったのは、
高血圧の方が、血圧あがっちゃって、
あるいは、あがってるんじゃないかな、って
心配していらして。
本田 血圧があがる理由は、たくさんありますものね。
横谷 ここで血圧を計って、幸い、
「うん、大丈夫ですよ」とか、
「まぁ、ちょっと高いけど、
 このぐらいなら大丈夫ですよ」って、
安心して帰っていかれることが
多かったですね。
本田 必要に応じて、市販薬を
お渡ししたりもできるしね。
薬ということでいうと、
被災された方々のなかには、
飲んでいる薬がなくなってしまって、
名前がわからなくて困った方が
ずいぶんいらっしゃったと聞きましたけれど、
こちらのみなさんは大丈夫でしたか?
横谷 ここに避難していらした方たちは、
‥‥なかには家が流されてしまった方も
いらしたんですが、
ほとんどの方は、家は無事で、
原発事故のせいで自主避難を、
という方たちだったので、
ある程度の準備をしていらしたんです。
多少の身の周りのもの、
薬を飲んでいる方だと、
ご自分の薬を1週間分くらいは、
持って来ることができていたんです。
本田 そうでしたか。
横谷 なので、このシートの薬の欄にもね、
飲んでいる薬が少ない方は、
ご自分で書いてくださってました。
たくさん飲んでいる人は、逆にあまり(笑)。
書くのがたいへんだからじゃないかな。
本田 あぁ‥‥残念。
横谷 1週間経つころには、
次の薬が必要になるので、
「じゃあどこそこのクリニックにいったら
 処方してもらえると思いますよ」と言って
紹介状を書くんですが、
そういう場合は、ぼくらが薬を見せてもらって
ここに書きとって、コピーをお渡しして。
本田 すばらしいです(笑)。
横谷 そんなふうに、使わせてもらいました。
本田 ありがとうございました。
この簡易版を作るときに、
もともと作ってあった『ほぼ日の健康手帳』から
必要な要素を抜粋したんです。
1枚に書けるようにと思って、
「最低限知りたいこと」にぎりぎり絞ったんですけど、
実際に使っていただいて、
「これがあればよかった」とか、
「もっとこうなっていれば」とか、
お気づきになったことがあれば、うかがえますか。
横谷 いや、必要な情報がぎゅっとコンパクトに
よくまとまってるなと思いました。
足りないものは、とくには‥‥
あ、しいていえばですけど、
住所を書く欄があるとよかったかな、とは、
ちょっと思いました。
「緊急時の連絡先」という欄には、
ほとんどの方が携帯電話の番号を書かれてたんです。
ここの避難所のみなさんは、
いろいろな地域からいらしていたので‥‥。
本田 どこからいらしたのか、わかるように。
横谷 そう。
もちろんね、それを知ったからといって、
何か変わったかといえば、
そういうわけでもないんですよ。
ただ、なんとなく、その人に
ちょっと近づけるかなぁと思って。
本田 お話のきっかけにもなりますしね。
横谷 そうです、そうです。
そんな感じなので、
その方の医療情報として、
ぼくらが知りたいことは、
この1枚に、よくまとまってると思います。
本田 ありがとうございます(笑)。
横谷 パッと見て情報が読み取れるというのも
この場合、ポイントですからね。
本田 ええ、そう思って。
それと、これ1枚なら
ご本人がお持ちになるときにも、
たたんでお財布のなかに入れたりして
身につけていただくことができるので
いざというときに役に立ててもらうことが
できるかなと思ったんです。
今回使ってくださったものは、
最終的に、ご本人にもお渡ししたんですか?
横谷 いや、ぼくらもね、
みなさんが避難所を退出されるときに
持っていっていただこうと思ってたんですが、
それはうまくいかなかったんです。
ボランティアの方たちが出入りを
名簿でチェックしてくれていたんですが、
いつのまにか出られている方も多くて
お渡しできなかった方が多かったのが
ちょっと残念でした。

ところで、このシートの元になったという、
健康手帳のほう、これも、いいですねぇ。
本田 あー、うれしいです(笑)。
横谷 コミュニケーションツールになるし、
相談した記録をメモのページに
書いていってもいいですよね。
健康に関係する日記帳みたいになれば、
ご自分であとで見返して、
「あのとき、どうやって対処したんだっけ」って
振り返ったりもできるし。
本田 当初は1年単位だったんですけど、
改訂して、いまは5年分を1冊に記録できるから、
すこしまとまって、振り返ることができるんです。
横谷 うん、振り返れるというのは、
すごくいいなぁと思ったんです。
本田 ありがとう(笑)。
手帳のほうはね、
自分の健康を見つめるためのものとして、
いろいろ書いていただけるといいなと思っていて、
簡易版のほうは、それとは別に、
とりあえず書いておいていただくと、
いざというときに役に立つし、
ふだんでも、初めて会う医者に
ご自分のからだのことを伝えるというときに、
使っていただけるといいかなと思ってるんです。
横谷 うん、そうですね。
本田 今回ね、この簡易版を翻訳して、
外国語版も作ったんですよ。
横谷 へえー、そうなんですか。
本田 ふだん使っていただくことを考えて、
家族歴も加えたり、
内容はすこしアレンジしているんですけど、
たとえば、海外旅行に行くときに
あらかじめ書いて
持っていっていただいたり、
外国に住んでいる日本人が
その国の医療機関を受診するときに、
使っていただけるといいなと思って。
横谷 ああ、いいですね。
本田 それから、
日本に住んでいる外国人の方が
日本の医療機関を受診するときに
使ってもらえればと思って。
外来をやっていると、
日本語が話せない方が受診されることがあるでしょう?
横谷 うん、あります。
それもダウンロードできるんですか?
本田 そう、同じように
ダウンロードできるようにしてもらいました。
病院や診療所で役に立つといいなと思っています。
横谷 いいと思う。
あと、市役所とかに置いてもらったらどうだろう。
ほら、外国人の方も日本に住もうとなれば、
なにがしか市役所と縁を持つじゃないですか。
たとえば、ゴミ捨てのルールを
書いた紙なんかといっしょに
これが置いてあるといいですよね。
本田 ああ、ほんとね。
横谷 いろいろ広がるといいですね。




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2011-12-29-THU

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