高山先生、 新型インフルエンザについて 教えてください。
本田 きょうは「新型インフルエンザ」について、
国の対策に携わっている高山先生に
いろいろ教えていただきたいと思っています。
よろしくお願いします。
高山 よろしくお願いします。
本田 まず、
高山先生をご紹介するところから
はじめるのがいいですね。
高山先生は、
もともと長野県の佐久総合病院にお勤めの
総合内科のお医者さんで、
わたしがはじめて高山先生を知ったのは、
熊本で開催されたエイズ学会のときでした。
あれは何年前でしたっけ?
高山 4年ぐらい前ですね。
本田 そこで、高山先生が佐久総合病院での
HIV治療について発表なさったんですが、
それがすばらしかったんです。
情熱あふれる発表で、しかも患者さんへの愛があって。
学会発表では普通そんなことあまりないのですが、
まさに、胸を打たれる、という感じだったんです。

その後、一緒に臨床試験をしたり、
会議でお目にかかったりするうちに仲良くなりました。

そのころから、佐久市の開業医の先生がたに
HIVについてお話しする機会をつくっていただいたり、
老年医学の分野の話をしに来ないか、と
佐久総合病院での講演会を設けてくださったり、と
とてもお世話になっています。

その高山先生が、
昨年、厚生労働省の新型インフルエンザの
国の対策室に請われて異動なさいました。
いつから移られたんでしたっけ?
高山 新型インフルエンザ対策推進室というのが
2008年の4月に立ち上がったんですね。
そのときの立ち上げメンバーとして参加しながら、
当時はまだ病院を離れることができなかったので
実質的な仕事は7月からですね。
本田 ではまず、新型インフルエンザ対策推進室とは
なんなのかということをお話しいただけますか。
高山 これまでも新型インフルエンザ対策は、
もちろん地道につづけられてきたんですが、
そもそも、省内に専門のチームがなかったんです。

結核感染症課という、感染症をやっている部署のなかに
ほかの疾病のなかのひとつというかたちで、
ガイドランをつくったりという作業をしていたんです。
ただ、実際のところ、
なかなか対策の普及に苦労していたということもあったし、
新型インフルエンザ対策というのは、
いろんな現場が関係してくるんですね。
事業者も関係すれば‥‥
本田 事業者というのは、会社を経営している人たち?
高山 そうです。あらゆる会社も関係してくるし、
医療も関係してくるし、自治体もすべて関わってきます。
さまざまな現場をつなぎあわせていって、
緊急事態のときの対応を決めていくという作業なので、
現場型の人間が必要だったんですね。
それで10人の専従メンバーを集めて、
対策推進室というのができたんです。
集まったのは中央省庁で働いている人間ではない、
まさに現場型の10人です。
本田 たとえばどういうバックグラウンドの人たちなんですか?
高山 わたしは臨床医として参加して、医療体制を担当してます。
ほかに自治体の職員、それから国内の大手シンクタンク、
これは事業者を担当してるんですね。
広告代理店、新聞記者、自衛隊など。
それぞれ新型インフルエンザ対策では
重要とされる現場で
仕事をしてきた人たちが集まっています。
本田 そういう人たちが集まって、
プロジェクトが立ち上がったということなんですね。
たくさんいる臨床医のなかで
先生に声がかかった理由はなんだったんですか?
高山 ほかにいなかったからだと思いますけど(笑)。
本田 そんな(笑)。
高山 いや、なぜ自分が呼ばれたのかということは、
わたし自身もよくわかっていないんですが、
ただ、わたしが医療体制をまとめていて、
強みだなと思っていることはいくつかあるんです。
本田 ええ、それは?
高山 ひとつは、わたしが4年前から佐久総合病院で、
新型インフルエンザ対策の
マニュアルをつくってきたこと。
病院でマニュアルづくりをしていたということですね。
本田 なるほど。
高山 それから、これまで佐久保健所と連携して、
HIV/AIDSに関する予防啓発活動も含めた
さまざまな活動をしてきた経験があって
保健所に期待できること、
あるいは医療機関ですべきことの割り振りが、
まあ、他の臨床医に比べるとわかっているつもりです。
もちろん医療現場から見た保健所でしかないけれども、
その連携の経験があったということがひとつあります。
本田 保健所との連携というと?
高山 新型インフルエンザ対策というのは、
医療に関しては原則、保健所をひとつの単位とした
二次医療圏単位でおこなうんです。

そしてもうひとつは、
わたしは長野県の新型インフルエンザ対策会議の
委員でもあるんですね。
県のガイドラインをつくる作業にも参加しているわけです。

ですから、国の対策をつくっていく前に、
県や二次医療圏、あるいは病院というものの
新型インフルエンザ対策をこれまでしてきた経験があるので
厚生労働省という省庁間の連携の横軸だけではなく、
縦の、現場の医療機関に至るまで、
新型インフルエンザ対策がどのように伝わっていくのか、
それが見える立場にあるということですね。

実際にいまも、専門家の意見などを聞きながら、
こうやりましょう、と各医療機関に通知を出しますよね。
そうすると、最終的にわたしは
自分の病院に戻ってその通知を受け取るんですよ。
そこで、現場の看護師さんたちの声を直接聞くわけです。
本田 ああ、なるほど。それは強みですね。
いまのお話のなかの「二次医療圏」というのは
どういうものでしょうか。
高山 大雑把に言って、
身近な外来医療提供を考える
市町村単位の「一次医療圏」、
一般的な入院医療提供を考える
保健所単位の「二次医療圏」、
高度特殊医療提供までを考える
都道府県単位の「三次医療圏」、
という規定が医療法にあるんです。
新型インフルエンザ対策の成否は
一般の入院医療提供にかかっているので
二次医療圏単位で考えることになります。

ただ、二次医療圏と言っても、
いちばん小さい二次医療圏は、たぶん奄美大島の5万人。
いちばん大きな二次医療圏は、たしか横浜の300万人です。
本田 そうですか。5万人から300万人まで。
高山 だから、二次医療圏と十把ひとからげには言えない。
日本の地域風土は多様性に富んでいるので
通知ひとつで、すべての二次医療圏でおなじことが
できるかといえば、そうではないのが難しいところです。

長野県で働いているときは、
ひとつひとつの地域の風景や生活が、イメージできました。
東の軽井沢ではこうだろうな、
南の川上村ならこうだろうなと、
イメージしながら対策ができるのが
自治体行政の強みなのでしょう。

それこそ病院だと、看護師さん、こういうことを頼むと
きっと怒るだろうな(笑)とかね、
顔が見える対策なんですよ。
しかし、国の対策は、
顔も地域も見えないという難しさがあります。
本田 そうでしょうね。

新型インフルエンザという病気についての制度を
国がつくっているということで。
新型インフルエンザというのはなんですか、と
患者さんからも聞かれるんですが。
高山 じゃあ、基礎知識のところから話をしましょうか。
本田 ええ、ぜひお願いします。
高山 鳥インフルエンザというものが、
世界では実際に流行しているんですね。
とくに、鳥の世界では大流行です。
もともとインフルエンザというウイルスは、
百何十種類とあって、
それは水鳥の腸のなかにストックされているんです。
本田 ええ。
高山 通常のインフルエンザの流行というのは、
水鳥が冬になると南下して、そしてその地域で、
豚とか家禽類とかにウイルスが広まって、
それがそこで広まって、人に広がって、
そして冬にインフルエンザの流行が広まる。
これが繰り返されていくんです。

人のあいだで毎年流行しているのは、だいたい、
おなじタイプのウイルスなんですけども、
インフルエンザの遺伝子の亜型が
ときどき、大きく変異するんです。

この大きな変異のもとになりそうなウイルスが
いま、鶏などの家禽類に、
出るようになってきています。
それをいま、鳥インフルエンザ(H5N1)と
呼んでいるんです。水鳥から鳥への感染は、
比較的頻繁に起きていますが、
鳥から人へは、まだほとんど起きていないんですね。
起きている事例というのは世界で400人ぐらい。
(*2009年2月現在)
本田 ええ。
高山 それでもけっこうな人数なんですが、
まだ感染が効率的におきているとまでは言えない状態です。
それがやがて、ウイルスの変異をきっかけに
ケタ違いにバーッと感染が広がるようになるだろうと
言われています。
本田 それは、いまのところ
鳥から人への感染しか報告がないけれど、
人から人へ感染が広がる可能性を
考えてるということですね。
高山 そうですね。
鳥から人への感染は、濃厚接触でおきているんだけど、
そのうち、人から人への感染も容易になるだろう、と。

これは、誰も経験したことがないような、
近未来の話をしているわけではなくて、
むかし、じつは何度もそういうことが起きてたんですね。
過去のスペインかぜとか、アジアかぜ、香港かぜ、
そういったものは、当時はまだなんというウイルスなのか
わかってなかったんだけれども、それがじつは、
インフルエンザだということがあとでわかっている。
そういう大流行が、過去に何度か起きているんです。

それが何十年かに1回起きているんですが、
いま鳥インフルエンザが広がってきている様子をみると、
これがウイルスが大きな変化を起こす前兆であると
受けとめている専門家が多いんですね。
そして、新型インフルエンザの
大流行が起きる可能性が高まっていると、
ウイルスの専門家たちの意見があっている。
たしかに遺伝子的な解析をしても
少しずつ変異が起きているという根拠もあるので、
いま世界中で対策を進めているわけです。
本田 それで日本でも厚生労働省に対策室ができ、
10人のスペシャリストが集められた、ということ?
高山 ええ。でもその前に、被害の想定を
お話しておいたほうがいいと思うんですね。
本田 はい。
高山 まだ発生していないウイルスなので、
それがどれくらいの被害を及ぼすのかということは
誰にもわかっていないんです。
そよかぜ程度かもしれないし、
重大な被害を起こすかもしれない。

ただ、過去に世界的大流行の経験から
どれくらいの被害が起こりうるかという
想定はできるわけです。その想定をすると、
感染者数は、およそ3,200万人です。
本田 国民の、4人にひとり。
高山 そうです。
4人にひとりが感染すると想定されている。
入院するぐらいの重症者が200万人、
さらに死亡するかたが、最悪で64万人ぐらい。
この64万人というのは、かなりの人数です。
ふつうには考えられない、大きな災害です。
本田 阪神淡路大震災で亡くなったかたが
たしか、6,000人強でしたね。
その100倍くらい‥‥
高山 内閣府による首都直下型地震の被害想定が、
最悪の時間帯(午後6時)発生で21万人の負傷で、
死亡者が1万1000人となってます。
つまり、国内最悪と考えられる地震想定の
数十倍規模の被災が
新型インフルエンザでは想定されているのですね。
「いつ来るかわからないが、
きっと来るから日頃から備える」
これが地震対策の考え方ですが、これとおなじ感覚で、
わたしたちは感染症アウトブレイク(大流行)への備えを
進めておくべきでしょう。
本田 なるほど、こんなに甚大な被害なら
しっかりとした対策が必要だと実感します。
高山 そうですね。もちろん、この被害想定は最悪の場合です。
これはあくまでも想定で、対策を進めるときに、
漠然とシャドウボクシングをしないために、
ある程度、敵のイメージをつくるためのものです。
もっとひどいかもしれないし、
もっと軽いかもしれないんですが。
本田 そういう、国民の4人にひとりが感染して、
64万人もの人が死ぬかもしれないという、
未知のインフルエンザウイルスの流行が、
もしかすると、近い将来に起きるかもしれない。
近い将来というのは、具体的にはどのくらいと
考えられているんですか?
高山 まったくわかりません。
本田 まったくわからない。
ということは、たとえば来年起きてもおかしくない?
高山 おかしくないです。
本田 それに向けて、どのような対策が進められているか、
教えていただけますか。

(つづきます)

2009-04-01-WED