糸井重里が毎日書くエッセイのようなもの

07月20日の「今日のダーリン」

・なんとなく、ぼくの目にする範囲だけなのかもしれないが「親子丼」って、ものすごく自慢する店が多くない?日本一とか、究極みたいな言い方で、「絶対に食うべし!」というようなうたい文句で誘う。「親子丼」というメニューには、なんか、そんなふうな、自慢させたがる魔力があるのだろうか。

そういえば、「卵かけごはん」についても、とんでもなくうまい、と言わせようとしている例が多い。いわば、もともとが、ただ「卵かけごはん」なのだから、「思ったよりうまい」と言われやすいはずではある。それくらいの褒められ方で満足してればいいのに、「最高の卵かけごはん」みたいな地位を狙うんだなぁ。そうなるとちょっとね、褒める気持ちがそがれるけどね。

「親子丼」「卵かけごはん」にくらべると、他の料理で、「すごいだろ、すごいと言ってくれ」というような褒められたがりは、あんまりないよな。「親子丼」と「卵かけごはん」に共通する要素は、なんだろうかと考える‥‥までもなく、わかった!「卵とごはん」という組み合わせである。そうかぁ、「卵とごはん」の組み合わせは、もうそれだけですっかりうまくなっちゃうので、試食なんかの段階で、「これ、日本一じゃない?!」とか「いやいや、もう世界一っしょ!」というふうに、なりがちなのではあるまいか。しかも、自慢したがる「親子丼」は、たいていの場合、卵の固まりきらない生っぽさが売り物だ。これは「あたたかい卵かけごはん」でもあるわけだ。

イクラだとか、うにだとか、キャビアだとかも、人びとがおいしいおいしいと言いたがるが、どれも「生卵」に近いところの味なのだと思う。それぞれに「ごはん」を組み合わせて「うに丼」「いくら丼」「キャビア丼」ができるから、これまた、つまりは「卵とごはん」というものなのだ。ひょっとしたら、魯山人が言おうが言うまいが、「卵とごはん」というのは「日本人の好む最高の味」なのではないだろうか。「親子丼」を自慢したがる気持ちの原点が、見えたかな。

今日も、「ほぼ日」に来てくれてありがとうございます。オムライスとかチャーハンなんかも、卵とごはんですよね。