ITOI
ダーリンコラム

<男の歌と女の歌。>

「今年は、歌と金を考える」と宣言してしまったのは、
けっして悪いことではなかった。
そう宣言したら、たしかにふだんも、なにかと、
歌と金について考えることが多くなった。

どちらについても、これまで考えないわけでもなかった。
しかし、テーマとして考えるぞと決めると、
興味がこれまで以上に湧いてくるものだ。

ぼくは、少々ではあるけれど
「作詞家」という仕事もしていた。
実際に仕事として作詞をすると、
やりやすい作詞と、
やりにくい作詞というものがあることに気づいていた。
ある時期から、男を主人公にした歌が
つくりにくくなっていたのだ。

それはおおざっぱに言えば、
80年代の初期くらいかなぁ。
沢田研二がレコード大賞を獲った年が1977年。
『勝手にしやがれ』というタイトルで、
ジャン=リュック=ゴダールの映画の題名を、
阿久悠さんが借りてきて、歌にしたものだった。
映画の内容と歌詞は、まったく関係ない。

おおざっぱな内容は、こんなことかな。

 おそらくいっしょに暮らしていた男女が別れる。
 男が残って、女が出て行くというかたちでの別れだ。
 男はふてくされてベッドに寝ころんだままで、
 壁のほうに顔を向けていて、女を見ていない。
 寝たふりをしているのだ。
 やがて、男はバーボンのボトルを手に、
 夜更けの窓から外を見る。
 女が外を歩いているところが見える。
 照れるから、という理由などもあって引き止めない。
 男は派手な音楽で部屋を満たして、やけっぱちに騒ぐ。

これを、当時のいちばんの美男子
「ジュリー」こと沢田研二が歌ったのだけれど、
さて、この主人公の男は、いったいどういうやつだ?
二枚目の男を描いた浮世絵(イラストレーション)として、
成立することはわかるのだけれど、
この歌を聴いて、
「かっこいいな、おれもまねしよう」と、
思う男はおそらくいないだろう。
すでに、もう、この時代には、
男が歌うための歌詞はつくりにくかったのだ。
「絵になる」「色男」であるジュリーという人の存在が、
この時代の歌を、なんとか
「役者絵」のように成立させていたけれど、
女たちの歌にくらべたら、
圧倒的に語られているものは少なかった。

回り道ついでにいえば、沢田研二プロジェクトの
阿久悠さんの作詞は、やがて、1979年には、
『Oh!ギャル』という、
男から「女の時代」を歌う歌に行き着いてしまった。
しかし、沢田研二さんという人は、
「男が歌う困難」の時代を、ほんとうによく乗り切った。
おそらく、女装に近いような色男ぶりで、
「男はなにを歌えばいいのだ」という疑問を
挟ませぬようひらりと身をかわしたということだよなぁ。

男の歌詞をつくるのは、ほんとにむつかしい。
「おいらは、やくざなドラマーだ」というような歌詞でも、
「明日は明日の風が吹くさ」というような歌詞でも、
ちゃんと成立した時代があったのだ。
しかし、それはいつのまにか、
歌うとマンガのように聞こえる時代になってしまっていた。

それでも、女の歌は、ずっと生き生きと続いていた。
演歌であろうが、歌謡曲であろうが、
フォークだとか、ニューミュージックであろうが、
ずっと女の歌は、しっかりと切実に続いてきた。
愛でも恋でも、幸せでも不幸でも、
男の側からなにか言うのはむつかしくても、
女の側から描くと、ちゃんといい歌になるのだ。

中島みゆきでも、ユーミンでも、石川さゆりでも、
その歌詞で語られている恋愛を、
男の側から描きなおしたら、どうなるだろう?
まったくおもしろくない歌になるにちがいない。
「道に倒れて誰かの名を呼び続けた女」の、彼。
「人ごみに流されて変わっていくわたし」を、
ときどき遠くで叱っている、あの人。
「あなたと越えたい天城越え」の、あなた。
いや、つくればつくれるとは思うのだけれど、
女の歌だからこそ得られる共感は、得られないだろう。

すべて女歌で構成されている
徳永英明の『VOCALIST』というシリーズのことや、
太くまっすぐに歌う前川清のボーカルが、
実はほとんど女ごころを歌うものばかりであったことなど、
これから書きたかったのだけれど、
眠くなったので、やめる。
そのうち、また、続きを書くかしゃべるかします。

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2010-04-19-MON
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