ITOI
ダーリンコラム

<どういうじぶんでありたいのか?>

「どういうじぶんでありたいのか?」
これを考えることを、誰もが無意識でやっている。
うん、とってもしょうもない次元でも、
そういうことは考えている。
「かっこいいと思われたい」なんてのも、
「気前のいい人として生きていきたい」
「おしゃれなじぶんを大事にしたい」
このへん、立派な、と言われそうもないけれど、
これはこれで、その人なりの
「どういうじぶんでありたいのか?」への答えだ。

「おれは坂本龍馬に憧れてるぜよ」
なんて人もいっぱいいるし、
「ジョン・レノンのように生きたい」
であるとか、
矢沢永吉になりたい」
という人もいるよねぇ。
そういう具体的な人名をあげて、
「どういうじぶんでありたいのか?」の答えを
考えている人もたくさんいる。

吉本隆明さんが、
「どういうじぶんでありたいのか、というじぶんと、
 どれだけ自問自答をしてきたか。
 それが、その人なんじゃないでしょうかね」
と、話してくれたことがある。
なるほどなぁ‥‥まったくもう、なるほどなぁだ。

「おしゃれな人でありたい」と思ってる人は、
「今日はじぶんはおしゃれであったか」や、
「おしゃれじゃなかったじぶん」について考える。
さらに、「おしゃれとは、なんなんだ」についても、
じぶんなりに問いかける。
これを日々、刻々、くりかえしやっていれば、
じぶんの考える理想的な「おしゃれな人」に近づく。
そして、どれだけ近づいても、
これでよし、ということはないから、
さらにさらにおしゃれについての自問自答は続く。
これをやってきたんだろうなぁ、という人がいたら、
それは、とても興味深い素敵な人だという気がする。

おそらく、「どういうじぶんでありたいのか?」
という自問自答のなかでは、
理想のじぶんと、そうはいかない見苦しいじぶんとが、
しょっちゅう対話しているにちがいない。
でも、その問答、その対話が、
その人をつくってるんだというのは、すごいことだ。

ぼくも、これまで長い間、
「どういうじぶんでありたいのか?」のイメージを、
を無意識で持ち続けてきた。
「こんなふうにしなくて、ダメなおれ」だとか、
「こうするべきだったのに、できなかった」とか、
「こういうふうにしたのは、よかったなぁ」とか、
「いつまでも、しょうがねぇなぁ」とか、
反省のほうがずいぶん多い自問自答なのだけれど、
じぶんのダメが発見できるということは、
じぶんの「ありたいすがた」が見えるということだ。
ものごころつくのが、ずいぶん遅いぼくなのだけれど、
いまさら、もうすこしでも、
「どういうじぶんでありたいのか?」のじぶんを、
しっかり描いておけるようにしたいと思っている。

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2010-02-08-MON
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