ITOI
ダーリンコラム

<金で買えないものなどのこと。>

モノについてでも、
いわゆる「サービス」についてでも、
だいたいは、お金で買えると思われている。
そう思われているからこそ、
「なんでも買えるお金」というものの価値が
安定して認められているわけだよな。

しかし、ぼくらは、
うすうすであれ、自信なさそうにであれ、
お金で買えないモノや、サービスがあることも、
実は知っているよ。

人は、だれにでも、
お金さえくれれば同じことをしてやる、
とはかぎらないものでさ。
「それは不公平だ」と言う人が、
すぐにでも出てきそうだから、
もうちょっとていねいに言おうかね。

たとえば、
おかあさんが、赤ちゃんにおっぱいを飲ませている。
「1万円で、それを吸わせてもらえませんか」
という売買は成立すると思うか?
たとえば、
ともだちのために、
一所懸命につくった料理を、
「それを買いたい」と言われたら、
売ってやると言うだろうか。

こんなにわかりやすい例をあげても、
まだ、こういうふうに混ぜ返されるかもしれない。
「そのおっぱいが、1億円だったらどうだ?」
「そのともだちのための料理が、百万円なら?」
めんどくさいなぁ。いいよ、わかった。
そういうことがあったら、
もしかすると「金で買える」と言えるかもしれない。
ただ、そこで売り買いされたものは、
もう別のものになっているんだよ。
‥‥でも、まぁ、たしかに、
「金で買えないものはない」という人のこころを、
変えられるほどの例にはならなかったかな。

ついでのように言えば、
「そのおっぱい」やら「その料理」を、
どれほどの金額を積まれても売らない人もいるよ。
「8000億萬円とか払われても、いやだ!」ってね。
やせがまんに思われるかもしれないけれど、
そういう断り方って、ほんとはけっこう簡単なのだ。
「もともとなかったもの」なんだから、
もらえないからって、痛くもかゆくもないんだよね。
だから、「金じゃ転ばないよ」っていう人も、
けっこうたくさんいるかもしれない。
でも、そういう人がいるからといって、
「金で買えないものはない」と、
強く言うつもりはないんだ。

ぼくとしては、実は、
「金で買えないものはない」という論理と、
対決までするつもりはないのだ。

だって、金って、記号であり象徴なんだから、
無限に大きくしていくことも、
他のものやパワーにいったん置き換えて、
それを使って詰め将棋のようにして、
「金で買えないはずのもの」を買うことが
できるんじゃないかいうことだって、
考えられるからね。
キリがないのよ、この言い争いは。

だから、ぼくとしては、
「金で買えないものは、ないわけじゃないよ」
というくらい言えればいい。
ほんとに話したかったのは、そのことじゃないんだ。
だったら、最初から、
そういう話からはじめればよかったのだけれど、
ともだちとしゃべっているような順番で、
こういう話をしてみたかったのだから、
しょうがない。

こんなに前置きを長くする必要もなかったんだけど、
詳しく説明するよりも、
前置きを長くするほうが向いていると思ったんだ。

さぁ、もう言うか。

「金で買えないもの」の価値が、
いま高騰している‥‥と思う。
それが言いたかっただけなのだ。
「買えない」ものの価値が「高騰する」って、
なんか矛盾しているみたいだけれど、
それは逆に「金で買えるに決まってるもの」の価値が、
相対的に下がっているという意味でもある。

ほんとにほしいものって、
「そりゃ買えないわ」って、
たいていの人が認めるようなものだって、
多くの人が気づいてしまったんじゃないかね。

そう思って、世の中を見渡すと、
「あら、ほんとだ」って思うと思うよ。

「人のこころは金じゃ買えない」って言うよね、よく。
そこに、「人のこころだって金で買える」という人が、
あらわれるよね、よく。
で、買ってみせたりもするかもしれない。
でも、「買えちゃった人のこころ」というのは、
「人のこころ」とはちがうものなんだ。
あ、これ、さっきも言ったことだけどさ。
で、買えなかった「人のこころ」っていうのは、
買えないほど高いとも言えるんだけど、
それは同時に「無料」なんだよね。

おそらく、これからは、
「金で買えるもの」の皿に
「金で買えないもの」を乗せるか、
「金で買えないもの」の皿に、
「金で買えるもの」を乗せるか、
どっちかがうれしい時代になっていくと思うんだ。
わかるかなぁ、この感じ。
このあたりを説明しにくいから、
マクラを妙に長くしてごまかしたんだけどね。

また、いずれ、この話を書きたくなるかもしれない。

このページへの感想などは、メールの表題に、
「ダーリンコラムを読んで」と書いて、
postman@1101.comに送ってください。

2010-01-04-MON
BACK
戻る