ダーリンコラム

糸井重里がほぼ日の創刊時から
2011年まで連載していた、
ちょっと長めのコラムです。
「今日のダーリン」とは別に
毎週月曜日に掲載されていました。

とばっちりの法則。

マンションのエレベーターは、
どこかの家の引っ越しや、
部屋の改装やら修繕があるたびに、
養生のためのシートが貼られる。
古い建物だとはいうものの、
運搬中の大きな荷物がぶつかったりして、
エレベーターの壁面を傷つけてはいけない
という配慮だ。

これは、かなりよくあることだった。
しかし、今回はちょっといつもとちがっていた。
たいしたことじゃないんだけどね。
エレベーターのなかにある「かがみ」の部分にも、
もちろん養生用のシートがかかっているのだけれど、
そこに手書きで、こう記されていたのだった。

「鏡あり (注)ぶつけるな!!」
意味はよくわかる。
この場所には鏡があるから注意しろよ、と。
ぶつけるなよ!と。
つまり、引っ越し荷物を運んでいる人が、
他の仲間に向けて「ぶつけるな!!」と、
言っているわけだ。
内容は、よくわかる。

しかし、これを、エレベーターに乗る人すべてが
読むことになってしまうのだ。
問題は、ここだ。
「鏡あり」については、すでに知っている。
「ぶつけるな!!」と命令されるとムッとする。
そういういつも乗ってる住人が、これを読むわけだ。
わが家のもうひとりの住人などは、
「なんかこれ感じわるーい」と口をとがらせていた。

手書きの「ぶつけるな!!」のメッセージは、
内部通達のようなつもりで記されたものなのである。
しかし、その通達を読む人間は、
ほとんどが、そのメッセージになんの関係もない
いつものマンションの住人たちなのだ。

ま、そんなことがあったのだけれど、
その日のぼくは、ちょうど、
そんなことについて考えていたのだった。

それは、「ここにいないやつに対する文句は、
ここにいるやつが聞かされることになるの法則」だ。
「こんなに大事な日に、さぼってるやつがいる!」
などと教室で怒鳴られた経験は、誰にもあるだろう。
怒られるべきは、そこにいないやつなのだ。
それなのに、実際に怒られて不愉快な思いをするのは、
さぼってないでまじめに教室にいる生徒たちというわけだ。

いないやつのかわりに、いるやつが怒られるという例は、
いかにも過ぎるのでよくわかるだろうけれど、
これ、もうちょっとわかりにくい例ならいくらでもある。

50人のクラスのなかに、3人ほど
怒られてもしかたのないことをした生徒がいたとして、
教師ががみがみと怒る。
当然といえば、当然なのかもしれない。
しかし、3人に向けて発せられる
過剰に強い怒りのメッセージは、
その場にいる47人の耳にも、がんがん響いてくるのだ。
クラスの問題は、みんなの問題という意味では、
みんなが先生に怒られているという図も、
ないことではないとも思うのだけれど、
そうとも言えないケースのほうが多いんじゃないかなぁ。

もっと別の場合としては、
家庭内でのいさかいなんてのも、同じようなものだ。
夫婦がけんかをする。
嫁と姑がいやみを言いあう。
そういうときの子どもたちというのは、
どうすることもできない。
止めに入ることなんかめっそうもないし、
別の部屋に閉じこもっていたっていやなものだ。
たのしいはずの食事の時間なんかに、
怒鳴りあいなんかが起こった日には、
せつないったらありゃしない。
まぁね、これについても、
同じ家庭内の問題だから、共に考え悩もう、
という考え方もあるとは思うんだけどね。

世の中というのは、ほんとに
「ここにいないやつに対する文句は、
ここにいるやつが聞かされることになるの法則」
で動いていることが多い。
そういうことがあるたびに、
言われる筋合いのないおおぜいの善男善女が、
重苦しい心持ちになって、
快活で自由な行動をとりにくくなるんだよなぁ。

ぼくは、ずっと思ってきたのだけれど、
「とかく世間は、とばっちりばかり」なのだ。
これは、「やさしく語る糸井重里の世界観」の
前書きにあたる考えだと思う。

よく、「ほぼ日」は悪意の記事がないとか、
人の悪口を言わないので気持ちがいいとか、
言ってもらえるのだけれど、
ぼくらのなかにだって、おそらく人並みの悪意や、
ものごとを悪くとらえたい気持ちはあるのだと思う。
でも、その、いわば「うんこぶつけてやりたい相手」は、
ほとんどの「ほぼ日」を読んでくれている人とは、
ちがう人なので、その少数以外の人たちには、
いいことなんかひとつもないわけだ。
関係ないのに、不愉快になるばかりだろう。

「とかく世間は、とばっちりばかり」で、
「ここにいないやつに対する文句は、
 ここにいるやつが聞かされることになるの法則」
によって世界が動いていたりしたら、なんか、
いやんなっちゃうと思うのだ、なんでもかんでも。

怒鳴ったり、毒を吐いたり、
悪いやつの足を引っぱったりするのを、
得意な人もいるのだろうけれど、
それが、攻撃するべき相手よりも、
あんまり関係ない善男善女を脅かしているということを、
憶えておいてほしいと思う。
(これも、そうじゃない人が読んでるんだけどねー)

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