ITOI
ダーリンコラム

<恐怖の効用とは?>

恐怖のおかげでできたことって、
これまでに、なにかあったろうか。

つまりは、いちばん極端な例としては、
拳銃を突きつけられて、
「100メートルを10秒で走ってみろ」
というようなことかな。
想像しなくても、わかる。
拳銃で脅かされても、
できないことはできない。

「こんなことができないと、食いっぱぐれるぞ」
と、怒られたような場合。
「食いっぱぐれる」という恐怖が、
その「こんなこと」をできるようにしてくれるのか?
あるのかもしれないけれど、できるとも思えない。

「死んでもやれ!」と脅かされて、
できたことも、あんまりないんじゃないか。

恐怖、脅し、義務、怖れ、
そういうもののおかげでできたことって、
少なくとも、ぼくの場合にはなかった。

恐怖で追い込めば、尋常でない力を発揮する、
という考え方は、
おそらく「火事場の馬鹿力」を
ベースにした発想だと思うのだけれど、
しょっちゅう、あちこちで「火事場の馬鹿力」が
発揮されているとは、どうしても思えない。

しかし、じぶんに対しても、他人に対しても、
ぼくらは「恐怖」という道具を使って、
何かをやろうとしてしまう。

ほんとうに、よくよく思い出すべきではないか。
恐怖のおかげでできたことが、
あなた自身の人生のなかで、どれだけあったのか?

親も、先生も、先輩も、主人も、上役も、監督も、
怒鳴ったり脅かしたりして、うまくいったことが、
いつ、どれほどあったのか考えてみてほしい。

「恐怖」の効用とは、いつ、どこで、どれほどあったのか?
いまだに、誰にも証明されてないのに、
とてもたくさんの人々が信じている
「うそ」のような気がするのだ。

あらゆる「恐怖」から自由になったという状態を、
ぼくらは、まだほんとうには、
想像したこともない。

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2009-03-02-MON
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