ITOI
ダーリンコラム

<テレビの世界のお約束と、ブラッド・ピット。>

いやぁ、偶然に、いいものを見た。
テレビ番組なんだけどね、
NHK教育テレビでやっている『英語でしゃべらナイト』。
どういうわけか、たまにぼくは見てたんだよ。
まぁ正直に言って、勉強してるというよりは、
ながめていたという感じだったんだけどね。

こないだは、オバマ大統領の演説をテキストにして、
番組を進行していた。
これも、とてもおもしろかった。
「ほぼ日」でも、冷泉彰彦さんといっしょに、
同じテーマでやったものだから、
切り口のちがいも含めて、とてもたのしめた。

で、いいものを見た、というのはその回じゃないの。
2月16日にオンエアされた
「世界のアナウンサー」のしゃべる英語の特集。
はぁはぁ、ほほう、なるほど‥‥なんて見てたよ。
これはこれで、おもしろかった。
「日本生まれで、日本で育った日本人の女性が、
 海外メディアのアナウンサーになってます」
なんていう内容もあったりしてね。
それはそうと、海外で活躍する日本の女性って、
どこの誰がメイクアップを教えているのかなぁ。
独特の「日本の女性」と名付けられそうな
メイクのパターンがあるよね。
いや、いいものを見たというのは、そのことじゃないよ。

ゲストが、元フジテレビのアナウンサーの
内田恭子さんだったんだ。
テレビ局のアナウンサーは、その会社の社員だから、
なかなか他の局に出演することはない。
内田さんは、フリーになったので、
『英語でしゃべらナイト』に出られたわけだ。
NHKに初出演ということで、
番組のなかにも、それを祝うような雰囲気が漂っていた。
しかし、いいものを見たというのは、それでもない。

内田アナウンサーのNHK初出演に合わせて、
番組のほうでも、
とてもビッグなゲストとの「仕事」を用意していた。
なんと、映画『ベンジャミン・バトン』の主演俳優
ブラッド・ピットとの単独インタビューだ。

そこで、内田恭子さんはこういう質問をしたんだ。
映画のテーマにも関わる、大きな質問だった。
「あなたが永遠だと思うものは、なんですか?」
そしたら、ブラピがね、
「永遠って、たしかに言えることは、ないなぁ」
って答えたんですよ。
そこで、内田アナが
「愛は、永遠じゃないんですか?」
と持っていくんだなぁ。
それでも、ブラッド・ピットは言う。
「たしかに言えることは、
 生まれたってことと、死ぬってこと
 ‥‥だけじゃないのかなぁ」
と、曲げないんだよね。

映画のプロモーションで来ている俳優と、
テレビ局のアナウンサーとのやりとりで、
こんなに「いいものを見た」と
思ったことはなかったなぁ。

「愛は永遠だ」というのは、
いまのテレビの世界のお約束なんだよね。
だから、内田さんは、
このテレビの世界の満点のお答えを引きだそうと、
どかーんと直球の質問をしたわけだ。
「あなたが永遠だと思うもの」なんて、
日常では絶対に訊かないだろう。
でも、テレビの世界に登場する
映画の宣伝にやってきた俳優なら答えてくれる、と。
それこそ、バッターのスイング軌道を想像して、
とんでもない直球を投げたんだ。

しかし、ブラッド・ピットは映画俳優で、
テレビの世界の住人じゃなかったんだ。
「それは愛です」というようなことは、
思ってもいなかったし、口にも出さなかった。
人間にとって、たしかに言えることは、
「生まれることと、死ぬこと」
そのふたつのたしかなことの間にあるものは、
ぜんぶたしかに言えることじゃない。
そういうことを、
ちゃんと考えてきた人間だったんだろうな。

内田アナウンサーに罪はないと思うけれど、
いまの日本のテレビの世界というのは、
「それは愛です」で、ちゃんちゃんっと終わるのだ。
そして、そういうテレビの世界に対して、
「そんな調子のいいことを」と苦々しく思っている人も、
「そう言いたいのなら、そういうことにしておこうか」と、
あきらめてしまっている。
しかし、柔らかい表情のまま、
ブラッド・ピットは、ちゃんとしたことを言ったのだ。

いいものを見たなぁ、と、感心しちゃった。
スタジオにもどってから、
内田アナウンサーは、
「愛ですって答えるか、と思っていたんですけど」と、
あらためて発言していた。
しかし、それは、
いま現在の日本のテレビのお約束だったんだなぁ。
ブラピは、テレビの人じゃなかったんだ。
観客やメディアに、サービスもしていたろうけれど、
テレビの世界の住人にはならなかった。

逆に、ここに、
これからのテレビの可能性があると、
ぼくは思ったなぁ。
政治家から、監督から、教授から、スポーツ選手から、
作家から、弁護士から‥‥みんながみんな、
いったんテレビの世界の住民登録をしてしまう。
住民登録をして、その世界のルールやマナーを、
すっかり身につけてしまうものなのだ。
しかし、それをしなくても、
テレビというメディアは成立するはずだと思う。
そのあたりの可能性を、
ブラッド・ピットが見せてくれた。

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2009-02-23-MON
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