ダーリンコラム

糸井重里がほぼ日の創刊時から
2011年まで連載していた、
ちょっと長めのコラムです。
「今日のダーリン」とは別に
毎週月曜日に掲載されていました。

女房はね、おもしろいんですよ

いろいろな年上の方にお会いしてきたけれど、
ご夫婦のかたちで知りあった方というのは、
そんなにたくさんはいない。

夫婦というのは、おもしろい単位で、
ふたりを、ひとつのセットとして見ることもあるし、
いやいや、これはひとりずつ別々なのだ、と
思っておつきあいしていることもある。

年をとって仲のいいご夫婦というのは、
それだけで、なんだか気持ちがいい。
どう言えばいいんだろう。
男と女は、なのかな、
人間と人間は、なのかな、
けっこう仲よくやっていけるものなんだよと、
教わっているような気になれる。
もう、それだけでうれしいものだ。

そんなご夫婦といるとき、なんとなく、
「仲がよろしいんですね」ということばが、
口をついて出た。
ご主人のほうが、「ああ」と首肯くような表情をして、
こう返してくれた。
「女房はね、おもしろいんですよ」

そうかぁ、それはいいや、そうだったのか、そうかそうか。
ご主人のほうもハンサムだし、
奥さまのほうも、きれいで明るい方だ。
それはもう、見た通り、よくわかるのだけれど、
「おもしろい」のかぁ。

じぶんの家にいる女房という人を、
「おもしろいなぁ」というふうに見ているご主人の、
いつものこころの動きが、想像できるようだった。

その、きれいな奥さまは、
冗談を言うような感じではない、
笑わせようとしているのではない。

でも、そうか‥‥おもしろいんだな。
ご主人は、書画骨董の趣味をお持ちの人だ。
「おもしろい」ということばについても、
格別なふくらみを持たせて使っているのがわかる。

あ、いま辞書を読んだら、
「目の前がぱっと明るくなる感じ」が
元になっているらしい。
笑わせるようなおもしろさも、
おもしろいの一部分ではあるのだけれど、
もっとずいぶん大きくて広々したものだ。

「女房はね、おもしろいんですよ」。
そういえば、ぼくのところにいる女房も、おもしろいや。
女房とはちがうし、人間でもないけれど、
ずっと長い時間つきあっているうちの犬も、
おもしろい、のだった。

きれいだの、すぐれているだの、つよいだの、
おいしいだの、やさしいだの、かわいいだの、
好感を表すいろんな形容詞があって、
どれもとてもいいことなのだけれど、
「おもしろい」は、なんだかとても持ちがいい。
永遠に使いべりしないで、
意味が増えていくことばのような気がする。

「うちの旦那は、ハンサムなんです」よりも、
「うちの旦那は、とても強いんです」よりも、
「うちの旦那は、やさしいんです」よりも、
「うちの旦那は、かっこいいんです」よりも、
ぼくの場合は、
「うちの旦那は、おもしろいんです」なんて、
どこかで言われているのが、
いちばんうれしいかもしれない。

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