ITOI
ダーリンコラム

<吉本隆明さんの語った
「10年、毎日続けたらいっちょまえになる」の話
(前編)>

ぼくは吉本隆明さんのところで聴いた話を、
いろんな媒体でちょこちょこと書いてきた。
もともと学者でもなけりゃ研究者でもなく、
なにより勉強家でもないぼくが、
「思想界の巨人」などとあだ名される人の言っていることを
どれだけちゃんと伝えられるのか、自信などはない。

ただ、これは「わかった」ということだけを、
「わかった」以上の尾ひれをつけないようにして、
粗末なお皿にのせて差し出すようなことをしてきた。

「ほぼ日」で話し言葉の連載をしているのも、
そういう仕事のひとつだ。
特別にむつかしいことばは出てこないし、
相当な教養がないと理解できないようなことについては、
ぼく自身がわかるようなところで、
話してもらうようにしてきた。
この方法は、
もともとしゃべるのが苦手で、
そのために書くという表現を選んだという
吉本さんには、ずいぶんじれったいものかもしれない。
ある程度の知識の前提さえない人間に、
高度な知識を持つ人が考えを伝えるというのは、
けっこうめずらしいことのようにも思う。

ただ、ぼくらは、
「ほんとうに高度な知識人は、
 ただの通行人にも伝わるようにものごとを語れる」
と、都合のいい信じ方をして、
吉本さんになんでもかんでも訊いているだけだ。
どれほどガマンをしてくれているのかは知らないが、
吉本隆明という人は、
こういうぼくらのやり方に、つきあってくれてきた。

こういう方法での「吉本隆明の使い方」というのを、
もうしわけないかもしれないと思いつつ、
最初にやったのが『悪人正機』という単行本の
元になった連載のインタビューだった。
これは、人生相談の形式で、
ふつうの人間の人生のなかで起こりそうな問題を、
ひとつずつ吉本さんに相談していくというものだった。
詳しくは、もう文庫化もされているので、
買って読んでいただくのがいちばんなのだけれど、
読んだ人が最もあちこちで引用されたのが、
吉本さんの「仕事論」の回答だったと思う。

「ほぼ日」の読者には、もう、
あまりに有名な内容なのだろうけれど、
あえてもう一度、ここに記すと、こういうこと。
「どんな仕事でも、10年間、毎日休まずに続けたら、
 必ずいっちょまえになれる」

作家になりたいなら作家に、靴屋になりたいなら靴屋に、
という具合に、それでめしを食っていけるようになれる。
休んではいけない。
とにかく毎日、作家であるなら、机に向かって、
数文字でもいいから書くことが重要である、と。
実際に、これを実行して、
つまり10年間、休まずに毎日続けて、
いっちょまえになれないようだったら、
「おれの首をやるよ」というところまで、続いた。

ぼく自身、この話はずいぶん鮮烈に憶えていて、
ほぼ日刊イトイ新聞というものをはじめて、
どうなるか心配なことばかりだったけれど、
とにかく10年、毎日やってみようと思ったものだ。
大言壮語をしない吉本さんが、
「おれの首をやるよ」と、愉快そうに笑ったことも、
ぼくにはずいぶん励みになった。
人の首なんか要らないけれど、
「やるよ」という吉本さんの表情が、
絶対にそんなことにはならない、という
自信に満ちていたのが、うれしかった。

この『悪人正機』という本について、
ブログなどで触れてくれた人もいたし、
これを読んだという人にも、たくさん会ったが、
ほとんどの人たちが、この
「10年いっちょまえ説」が印象的だったと語ってくれた。

なんだか励みになるし、
とにかく希望が持てるのはいいことだ、とばかりに、
この説は、けっこうたくさんの人たちの間で、
ある種の「定説」となっていったように思う。

実際に10年の間、毎日なにかを続けていくということは、
そうそう簡単なことではないわけで、
そういうことができたと言えるまで、
この「説」を試してみた人は、なかなかいなかったろう。
過去に、そういえば10年間、毎日やってきたっけなぁ、
というふうに修練を積んできて、
いっちょまえになった人は、きっといる。
この「10年いっちょまえ説」は、
疑うことのなかなかむつかしい説でもあるのだ。

そうして、ぼくのなかでも、
この吉本隆明さんの語った「10年いっちょまえ説」は、
すっかり定着してなかば常識のようにもなったのだけれど、
思えば、吉本さんに「その根拠は?」と、
質問したことはなかったのだった。
一度も質問もしなかったし、
なんとなく、吉本さんの
これまでの経験に照らし合わせて発見したこと、
として考えればいいのだと思いこんでいた。

しかし、いまにして思えば、
吉本隆明という人が、ただ経験だけで
ものを言うということは、ほとんどなかったのだった。
「おれの首をやるよ」とまで言ったことの、
背景には、実は、吉本さんがずっと格闘してきた
マルクスという哲学者の存在があった。

このまま、さらっと続けちゃうのが
なんだかさみしいので、次回につづく、にする。
だって、ぼくは、今年になってからわかったんだもの。
「ああ、そうか。そういうことを言ってたのか!」と。

‥‥つづきます。

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2008-12-01-MON
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