第11回 「ばらつき」こそ、未来だ。
水野さんが、タマネギ炒めを、科学的に、
「時間じゃない」って言ったときに、
もう目からぼろーんと
でっかい鱗が音立てて落ちたんです。
ぼく、だって、3時間とかしてたもん。
あれもね、ぼくは、さっきの話のように、
自分で言っておいて、
何かこう、複雑な気持ちになっているんです。
要はタマネギ1個分だったら、
フライパンで最初から強火で炒めるんですよ。
で、焦げそうになったら水足していく。
そうすれば10分で飴色になるんですよ。
うん。
タマネギ1個を2時間かけて
弱火で丁寧に飴色にするのと比べて、
糖度も測って、変わんないってことは
もう証明したんだけれど、
だけども2時間、
弱火で飴色にしたからこそできる
おいしさがあるんですよ。
それは糖度の問題じゃなくて
「ぼくはこれを2時間やった」
っていうことなんです。
そうですね。
それが作り出すおいしさは
水野の理論を通すとなくなっちゃうんです。
それはちょっと寂しい。

それはね、すごい大事でね。
お経を何回唱えたみたいな話で。
そうそうそう、ほんとそうなんですよね。
だからお経なんかそんな何回も唱えても、
意味ないじゃないかとは言えない。
違うんですよね。
じつは私もタマネギ炒めの時間、
短縮するんですよ。
ハチミツ入れるって書いてましたもんね。
そうなんです。すぐ飴色になるんです。
飯島さんはね、科学者と対談するとかね、
結構やっちゃうんでね、
信仰の解体をやってるんですよ、実は。
あ、そういえば伏木亨さんとも
本を出されてるんですね。

── 「うまみ」を研究なさっている、
京大の栄養化学の教授ですね。
ぼくね、伏木さん、尊敬してるんですよ。
ああいうのがお好きなんですよね。
ああいうのが好きなんです。
で、あれに怒る人は怒る。
でも両方ある。
そう、両方あるんですよ。
伏木さんで語り尽くせないおいしさが、
別のところにあるんです。
ぼくは、カレー以上に
一所懸命にやってるのがジャムでさ。
最近煮る前に果物を干しているんだよ。
こーれがね、明らかにうまいんで困っちゃうの。
じゃあ天日で干すのと
オーブンで干すのとはどう違うんだろうとか。

たぶんいろんなものが、
効率化に向かってるから、
結局ゴールが一緒だったら、
その間は短縮できた方がいいでしょ、
っていう考え方に則ると、
タマネギは強火で10分、
果物はオーブンで干すほうが、
ってぼくは言っちゃうんだけれども、
でもその、何か、こう‥‥。
今っぽ過ぎるね。
そう、そうなんですよ。
もうね、ほんと今どき過ぎるんですよ、
こういうことを言うのは。
だからさ、これからは、
この3人はもともと自分の中にあった
今っぽくないところを生かしてさ。
つまり過去っぽくじゃなくて未来っぽくしようよ。
あー、それが未来っぽいっていうことに
これからなってくるんですね。
うん、「ばらつき」があるんだ。
「ばらつき」が未来っぽいんだよ、たぶん。
うんうん、そうですね。
そこで、今っぽさもできる、
ってことが大事ですけどね。
あ、そうだね。
今っぽさ、できるけど、
今っぽくはしないよっていう。
で、今日はするよとかね。
そうそう(笑)。
ああ、いい、モテそうだなあ、それー。

ぼくがコピーライターやめたって言ったけど、
たまに頼まれると、ちょっと嬉しい。
それは商売じゃない頼まれ方だからなんです。
商品をよくする方がコピーをよくするよりも
世のため人のためだとぼくは思ってる、
だけど伝え方間違ったら、
やっぱりつまんなくなっちゃうんで、
そうすると、ただの仕事ってちょうどいいよ。
そういうことをやってるときは楽しいんです。
‥‥そろそろ時間かな。
最後にお訊きしたいんだけれど、
最近、水野さんがカレーにおいて、
工夫したこと、何かありますか?
ほんとに偶然糸井さんから出てきたから
ビックリしたんですけど、
タマネギの刻んだの、最後に入れるんです。
ぼくの中では最初にタマネギを炒める量が、
わりと厳密に決まってるんですよ。
ところが欲しいタマネギの量に
ぴったりのサイズのタマネギは
なかなか売ってないから、そうすると、
みじん切りするときに
ちょっと余るじゃないですか。
余る、余る。
それをね、最後に入れるんです。
そうすると香りが最後に、つく。
ちょっと関係ないかもしれないですけど、
八王子ラーメンて、
タマネギの生のみじん切りが上にのってるんです。

それ、スパイスですよね。
それ、いい、うまそう。
そうだ。
タマネギって強いスパイスなんですよね。
そう、でもそう考えたら、
うちの親父はぼくがちっちゃい頃から、
納豆の薬味は生のタマネギでしたね。
あ、わたしも入れます。
あ、入れますか?
はい。
へぇー!
あれ、うまいんですよ。
ワケギがないときはタマネギ。
で、また納豆に味噌で味をつけると
タマネギがまた合うんですよ。
発展が尽きないですね。
ぼくはね、タマネギを後で入れるヒントはね、
カツ丼。
カツ丼って、プロは揚げたてのカツを
ものすごく短時間にカツ丼にするでしょ。
で、半熟の卵があるでしょ。
あれの横にともすれば生っぽい
タマネギがあるでしょ。
ああ。
あれ、やだなって、食べる前に思うんです。
でも、食べ始めるとよかったなと思う。
あれがヒントなんですよ。
すき焼き丼なんかも、
ちょっと生っぽいタマネギがあっても嬉しい。
それがカレーのヒントだったんです。
ああ、なるほど。
いろんなところにあるな、
ヒントが、まだまだ!
それも「ばらつき」ですよね。
トンカツの下でよく煮えてるのは
甘くなっちゃってるかもしれないし、
端っこのちょっと飛び出したところは
辛いままかもしれないし。
そうなんです、ばらつき、ばらつき。
── 飯島さんも「ばらつき」を大事にしますよね。
お好み焼きも、焼きそばもね。
ここは固いけど、ここは柔らかいとか。
ああ、そうですね。
「ばらつき」は、未来です。
「ばらつき」を専門的に追求する人が出てきたら、
君のこの料理はこことここをやって
もうちょっとばらつかせてみようかっつって(笑)。

やり過ぎちゃだめですね(笑)。
それ、「ばらつき」がなぜ感動するかっていうと
リスクを背負ってるからです。
つまり、その「ばらつき」を作るためには
失敗の可能性があるんですよ、やっぱり。
失敗と思われる可能性もありますよね。
そうそうそう、
そこをごっくんと飲み込んでるから
すっごく奥が深いんです。
なるほど。
面白いよね。
とっても面白いです。
── 話が尽きませんが、このあたりで
お開きといたしましょう。
新春にふさわしい内容になりました。
どうも、ありがとうございました。
ありがとうございました。
ありがとうございました!
ありがとうございました。

新春カレー座談会、これにてお開きです。
お正月にお読みくださり、
ありがとうございました!(武井)
2012-01-11-WED
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