ほぼ日刊イトイ新聞

妻 と 夫 。 02 保坂俊彦さん+乙幡啓子さんご夫妻 友だちでも、両親でも、ご近所さんでも、 「妻と夫」を見ていると、 なにかとふしぎで、おもしろいものです。 ケンカばっかりしているようで、 ここぞの場面でピッタリ息が合ってたり。 何でも知っているようで、 今さら「え!」なんて発見があったり。 いつの間にやら、顔まで似てたり‥‥。 いろんな「妻と夫」に、 決して平凡じゃない「ふたりの物語」を、 聞かせていただきます。 不定期連載、担当は「ほぼ日」奥野です。

第4回
互いの尊敬あればこそ。

──
ひとつ、おうかがいいたしますけど、
おふたりは、
どのようにして知り合ったんですか。

会社員だとか八百屋さんから見たら、
同じ「アート系」とは言え、
その実、
「巨大砂像」と「妄想工作」とでは‥‥。
乙幡
まあ。
保坂
接点はなさそうですよね、あんまり。
──
かな、と思って。
乙幡
最初は、私がライターとして、
この人のところへ、取材に行ったんです。

まさに砂像を彫ってる、その現場に。
もう、10年くらい前ですけど。
──
それは「こんな人がいます」と?
乙幡
そう、「こんなヘンな人がいます」って。
自分のことはタナに上げて(笑)。
──
当時の「サンドアート」って、
今以上にめずらしかったわけですもんね。

保坂さんでさえ、
年に数体しかつくっていない時期ですし。
乙幡
われわれ取材班が現場に到着したところ、
巨大な砂の固まりと格闘している
真っ黒に日焼けした青年が、
胸からストローをぶら下げていたんです。
──
‥‥ストロー?
乙幡
その、日焼けで全身を黒光りさせながら
巨大砂像を彫る青年が言うには、
「手や指では拭えないような細かい砂を、
フッと吹き飛ばすんだ、これで」と。
──
おお、なるほど。
乙幡
ようするにですね、
まったく知らない世界が、そこにあった。

で、せっかく取材に来たからには、
体験ルポ的に私も砂像をつくったんです。
──
何を?
乙幡
1メートルかける1メートルぐらいの、
砂の立方体を削り出して、「定礎」を。
──
定礎‥‥というと、「since」の?
乙幡
そうです、あれです。
でも、あんな簡単なものでも大変で。

何せ、砂山から四角い塊を削り出し、
「面出し」するだけで、
ぜんぜん、うまくいかないんですよ。
保坂
はじめてだと意外と難しいんだよね。
乙幡
一般的な工作系の素材とは、
まったく勘どころやコツがちがうんです。

少しずつ少しずつ、おっかなびっくりで。
──
砂の場合、失敗できないし。
乙幡
そうそう、それなのに、
その黒光りした青年の手際を見ていると、
えらい勢いでザクザクいってる。

最初に荒くポリゴンを削って、
そこから、解像度を上げていくみたいな。
──
妄想工作とは、やはり別ものですか?
乙幡
ぜんぜん、ちがいましたね。
──
でも、そうやってつくっているもの自体は
まったくちがっても、
おふたりのようすを見ていると、
根っこのところで話が通じてるんだなあと
思うのですが。
乙幡
会社員と八百屋ほどには、離れてないしね。
──
職人さんでも、絵描きやアーティストでも、
写真家どうしでも、
何か同じものをつくっている人どうしで
通じ合ってる場面を見ると、
「お互いにリスペクトしているんだなあ」
と羨ましく思うことがあります。
保坂
その感覚は、ありますよね。一般論としては。
──
以前、北海道のお菓子屋さんの六花亭さんを
取材したことがあるんですけど、
有名な菓子屋さんどうしも、おたがいに
リスペクトし合ってるようなところがあって、
それ、すごく素敵だと思ったんです。
乙幡
へえ。
──
社長さん同士が仲が良かったり、
得意な商品の製法を、お互いに教え合ったり、
後継者を、修行に出し合ったり。
乙幡
自分の作品を大事にして、
きちんといいものを出そうと思っていたら、
そんなふうに、
ライバルにもきちんと共感できて、
きちんとリスペクトができるんでしょうね。

うちがそうかといったら、わからないけど。
──
でも、パートナーのつくるものにたいして、
まったく「いいな」と思ってなければ、
夫婦として、やっていけない気がしますよ。
乙幡
たしかに、それは、そうかも。
──
これ、非常に表現が難しいんですけど、
保坂さんの砂像をリスペクトするのって、
ある意味、自然な感情だと思うんです。

つくってるのが神さまとかですし、
何しろすごいから、見た目が、完全に。
写真提供:保坂俊彦
乙幡
おやおや、何がおっしゃりたいのかな?
──
その点‥‥保坂さんは、
奥さまのつくる作品をごらんになって、
どのようなご感想を、お持ちに?
保坂
また、おかしなものをつくってるなあ、
妻ながら、おもしろいなあと。

クオリティ、作品の出来ばえについても、
何回かに1回は、感心しています。
乙幡
あ、そうですか。それは、ありがとう。

へえ、そうか。ふだんあんまり、
こういうこと、言わない人なんですよ。
保坂
サーモグラフィ柄のセーターとか、
あれなんか、ちょっとすごいなと思ったし。
──
サーモグラフィの‥‥柄? の、セーター。
乙幡
体温の高い低いを色であらわす
サーモグラフィって、あるじゃないですか。

あの柄を手編みセーターで表現したんです。
編みっぱなしで3週間くらいかかりました。
これですね。七色(なないろ)のセーター。
写真提供:乙幡啓子
──
うわあ‥‥よくも、まあ。
手編み、といういうことは「1点もの」で。
乙幡
2点は無理です。
──
保坂さんが、乙幡さんに相談することも、
あったりするんですか、砂像の件で。
保坂
ありますよ。
乙幡
結局は、自分で決めるんですけど、
電信柱でも何でもいいから、
考えを聞いてほしいんでしょうね。

だから私も一応「喋る電信柱」として
「ポセイドンより、
サムライのほうがいいと思うけど?」
くらいの返しはします。
保坂
それを自分の手柄にすることあるよね。
「サムライって言ったの、私よ」的な。
乙幡
いーえ、そんなことないですわよ。

実際、旦那のほうが、
狂ったアイディア出してきたりするし。
保坂
最近だとアレよかったじゃん。
なんだっけ、「モーセの奇跡ポーチ」。
──
それは、また、どのような?
乙幡
ええっと、フェリシモさんでつくった
この商品なんですけど、
簡単にいうと、このオッサンがモーセで、
チャックを開けると、
まるでモーセが海を割ったかのように。
保坂
海底が見えるんです。
──
あ、ああー‥‥本当だ。
乙幡
で、底に魚がくたばっているという。

海外で拡散されました。
主にキリスト教信者たちのあいだで。
保坂
あとは「ハトメブローチ」とか。あれもいい。
乙幡
あ、そう?

ハトの目が「ハトメ」になったブローチが、
あるんですけどね。
写真提供:乙幡啓子
──
これ‥‥こう思った人は、
もう何百人もいるかもしれないけど。
乙幡
そこですよね。
保坂
実際にやった人は、ここに1人だけ。
乙幡
「おまえ、本当にやるのか?」
──
でも、こう思ったことのある人が
何百人もいるからこそ、
受け入れられる素地があるともいえますね。
乙幡
そうなんです。

今後も、そこに活路を見出していこうと、
考えています。
──
応援してます。
保坂
妻は、何かをつくることについて、
専門的な教育を受けたわけではないので、
自分から見ると、
まどろっこしいことやってるなあって
思うこともあるんですけど。
──
ええ。
保坂
でも、最後は、
忍耐力と根性と徹夜でやりきっちゃう。

そのことには、素直に感心しています。
──
すごい妻だ、と。
保坂
リスペクトしている部分を挙げるなら、
いちばんは、そこですかね。
──
わかりました。これからも夫婦仲良く、
素晴らしい作品を生み出してください。
保坂
ありがとうございます。
乙幡
ありがとうございます。

<おわります>

2017-08-17-THU