ITOI
緊急再掲載
なんでいまごろ、
サイババなんだよ?!

プロローグ---精神の埋蔵金を掘りに行くとか言っちゃった。

出発の前---腸内異常発酵的に、期待は腹部に膨満した。

インドの日々---夢のようなお家やお庭を拝見して、
マイケル・ジャクソンを思い出してしまった馬鹿。

聖地の馬鹿ども---煙草が吸いたいけど、吸ってもまずいのは ババ様の思し召し?

サイババ登場---ババ様ったら、ほんとに恋の駆け引きがお上手。

_____イイコをやめた馬鹿_____

赤城山の苦労に比べれば、こんなこと、
なんてことないさ。

残念ながら、図星だった。
小学生くらいの子供たち200人ほどを含めて、
私たちのいる周辺は、500人ほどブロックごと無視された。
見もしなければ、近づきもしない。
まるで、私たちのいるブロック全体が、
そこに存在していないかのような歩き方で、
変則的なコースを描いてサイババは帰っていった。
読めた。やっぱりだ。

こう書いてくると、読者は、
私のことを自意識過剰な日本人ではないかと
疑い始めているのではないかと心配になる。

神の化身で、世界中に100万とも
200万とも言われる信者を持つサイババが、
1千人2千人も集まっている儀式のなかで、
私たちのことをそんなに意識するはずがないではないか、と。
 そう思われても仕方がないが、現場では、
このダルシャンの主役はもちろんババ様ではあるのだが、
「ニッポンのテレビ」が取材に入っているということが、
かなり大きな話題でもあったのである。
2度目のダルシャンからは、
特にサイババの歩きに合わせて
カメラが移動してもよいということになっていたし、
VIP席に陣取って、
でかいブームマイクまで立てている日本人の集団も、
目立たざるを得なかった。

サイババとしては、この2日間は、
ライブのパフォーマンスであるだけではない、
テレビ用の表現を意識してダルシャンを仕切っていたことは、
確かな事実なのだ。

イトイを、ではない。ニッポンのテレビをどう扱うか。
これをまったく考えずに、
サイババがダルシャンに現れたというふうには、
逆に考えにくいではないか。

さて、そして、シナリオは最終章だ。

こうなったら、最後の早朝の
ダルシャン一発に賭けるしかない。
確率は、私のカンでは5割。
明日、私たちがプッタパルティを発つことは、
サイババたちは知っている。
しかし、朝と夕と2度のダルシャンに出てから帰るのか、
それとも朝のみの参加で帰るのかはわからないはずだ。

とにかく、最後の最後に、奇蹟的に会えるというドラマが、
いちばん効果がありそうだ。

しかし、私たちは午後にはここを
出発すると決めているのだから、
確率はふたつにひとつ。私は、そういう読みをしていた。

しかし、その読みは当たったのか当たらなかったのか。
私たちにとっての最後の最後という機会は、
ドラマチックにではなく、
「つづく」のようなかたちで決着をみた。

夕暮れのアシュラム
夕暮れのアシュラム。
基本的にダルシャンは
早朝と夕方の2回がある。
よって、ババ様も信者の皆さんも当然、
早寝早起きである。


私は、馬鹿なりの小さな覚悟をしていた。
イイコでいるのをやめたことを、
サイババに伝えようとしたのだ。
それは実に簡単なことだ。
ここでイイコで いるということは、
信者に準ずる生活を送り、
信者のようにふるまうということだ。
見えない所では煙草も吸ってはいたし、
考えてはいけないことを考えたりもしてはいたが、
それでも私たちはダルシャンのあいだは、
いつも、信者と同じようにふるまっていた。
白いインド服を着ていたのも、
礼儀としてここでの規則に従っていたつもりだった。

しかし、私たちの普段の生活のなかに、インド服はない。
文化が異なるのだ。ハローとあいさつをする文化圏の人と、
こんにちはとおじぎをする文化圏の人が出会う時、
それを一方に合わせる必要はないはずだ。
3回はインドの服で相手に合わせてイイコにしてきた私だが、
最後くらいは、こちらの礼儀を通させてもらおう。

スーツにネクタイをするという姿は、
私たち日本の社会では相手に
失礼のないマナーと考えられております。
ついでに、酒でカンパイをする習わしもあるけれど、
それは必要ないからしないけどね。

オレは、スーツにネクタイでダルシャンに出て、
オレの礼儀をつくして帰るよ。
こっちで買った白いインド服は、
日本に帰ってパジャマにでも使うさ。
そんな意思表示をしているつもりで、私は地面に座った。

私の目には、小柄な老いた超能力者くらいにしか
見えなくなってしまった「神の化身」は、
この朝も、いつものように群衆の前を歩き、
手紙を受け取りながら、こちらに向かって歩いて来た。

明らかに信者たちと違う服装の私の目をじっとのぞきこみ、
何も言わずに私の前を過ぎ、すぐに立ち止まった。
そして、私たちの列のすぐ隣の、私によく見える場所で、
見せつけるように派手に聖灰を出して見せた。
その瞬間をよく見ようと、私は目を凝らして見たけれど、
その視線は神様を見るものではなかった。

どうだ、と言わんばかりに、
もう一度サイババはちょっとこっちを振り向いて、去った。

声をかけられて、
インタビュールームに招かれるということは、
この時点で可能性がなくなった。

さぞかしガッカリしているだろうと、
日本人信者のMさんが、
「どうも噂ではサイババは、
夕方のダルシャンで日本のテレビクルーを
呼ぶつもりだったみたいですね」とか言ってくれたけれど、
その噂がどういう根拠のものであれ、
私は夕方まで残る気にはなれなかった。

もう、私はサイババに片思いしていなかったのだ。
恋の駆け引きを、たった2日やっただけで、
惚れ続ける気がなくなってしまったらしい。
指輪でもネックレスでも、
わざわざインタビュールームに
呼び入れた人間にだけ渡さないで、
神様の気まぐれとして、
聖灰の後でヒョイと出したっていいのではないか。
その聖灰も、ダルシャンの時に2〜3回と、
妙に規則的に出すのではなく、パジャンの時でも、
その後でも、
惜しみなく「物質化」してもいいのではないか。
そんな、当たり前の疑問にサイババは、
どう答えるのだろうか。

身分の高い人には、ゴーカな指輪が「物質化」され、
一般のちょいと運のいい信者には、
シンプルな(世俗的には価値の低そうな)
大量生産品にも似た指輪が「物質化」される。
そんなことが、信者でない馬鹿どもの目には、
とても「魅力的でなく」映るのだ。

もう一度テレビカメラを連れてインドにやって来たら、
こんどはインタビュールームに入れるかもしれない。
いや、さらにもう一度プッタパルティまで
来る意志があるとわかられてしまったら、
また会えないことになるかもしれない。
そんな駆け引きをする気は、もうない。

それに、ご近所の人気者になるためにあんなに欲しかった、
あの指輪も、実際にあれだけ単独で見せても
「何、これ?」という程度のものだ。
神様が、何もない空中から取り出したという
証言があって初めて、
スゴイものなのだ。
私は、もう、仮に目の前でババ様が空中から
指輪を取り出してくれたとしても、
驚きを持って証言することはできそうもない。
鑑定に出したら紛失するという伝説も聞いたけれど、
平気で鑑定に出して、世俗的な価値以上の要素が
少しでもあるだろうかと調べるくらいが関の山だ。

信者になって帰ってきたら、どうする?
と、出発前には考えてもいたが、
そんな心配は杞憂に終わった。

きわめて「霊性」の低い、
好奇心しかないようなテレビ屋たちは、
しかし、ほんとうに
ある種の覚悟をしてインドに向かったのだ。
「信じさせてもらえなかった」この馬鹿どもが、
信じられなかったからといって、
不幸になるようなことがあったとしても、
それは神のお仕置きなんかではないはずだ。
たぶん、悪魔の仕業だ。

私や、テレビのクルーは、黙りがちにバスに乗り込み、
聖地プッタパルティを後にした。

赤城山敗北の後と、姿は似ていたが、
あの時ほどのサミシサはなかった。
たった2日の恋だったもんなぁ。

さよなら、生き神様。---神様っていったい、なぁに?

1998-10-21-WED

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