第14回 ことばのデッサン。

荒井 糸井さん、
ひとつだけ訊きたいことがあったんです。
糸井 なんでも訊いてください。
荒井 あのね、オレ、よく、
絵本を描きたいとか
絵本作家になりたいとかいう人から
質問をされるんです。
糸井 はい。
荒井 たとえば、
「デッサンって必要なんですか?」
っていう質問をされて
オレは基本的には「しなくていいんじゃない?」
って答えるんです。
したいと思ったらすればいいし、
みたいな感じで。
糸井 はい。
荒井 デッサンについては、
不思議とよく訊かれるんですよ。
で、考えてみたら、絵本って、
絵だけじゃなくて、文章もあるんですよ。
糸井 うん、うん。
荒井 それで、文章の場合は、
デッサンってどうするの?
って、ふと思ったんです。
まわりの人に訊いてみてもね、
みんな、「さぁー」って言うんですよ。
糸井 ああ、ああ。
荒井 「荒井さんは、どう思うんですか?」
って訊かれても、
「オレもわかんない」って言ってて(笑)。
それ以来、文章を書くことの
デッサンにあたる部分って
なんなんだろうって、ずっと気になってて。
いや、別に答えが出なくていいんですけど。
糸井 いや、とても考え甲斐のある質問です。
荒井 絵の場合だったらね、
まぁ、コップはコップらしく描きなさい
みたいな、基準というか
方法がひとつあるでしょ。
花は花らしく描く、というような。
もちろん、デッサンにしたって
いろんな方法があると思うんですけど、
とりあえず、それらしく描くという
デッサンのやり方がある。
で、「ことばのデッサン」は
どういうふうになるんだろう、と。
そもそもありえるんだろうか。
糸井 うーん‥‥
あるのかもしれないんですけども、
とりあえず、ぼくは知らないですね。
荒井 うーん。
糸井 で、自分がことばのデッサンにあたるような
基礎的な修行したかっていうと、
自分にかぎっていえば、してはいない。
そもそも修行するようなことって
ぼくは、わりと苦手なんですよ。
正直にいうと、それよりは、
「あ、だいたいこういうことか」
っていうのを見つけることのほうが好きで。
荒井 うん、うん。
糸井 そういうことばっかりを
ずーっとしてきたような気がします。
だから、たぶん、なんだろう、
基礎的なことを反復練習するよりは、
0コンマ何秒でわかるようなことを
いっぱい考えるのが好きで。
文章やことばについても、
0コンマ何秒でわかるようなことを
頭の中から拾い出すみたいなことは、
もう、絶えずやってるんでしょうね。
荒井 あー、はい。
糸井 そう考えてみると、
ぼくにとっての練習っていうのは、
自分で書いた文章を
消しゴム持って自分で直すこと
だったのかもしれないなって
ちょっと、思います。
荒井 あ、なるほど。
糸井 たとえば、ちょっとしたことで、
文章って気持ち悪くなるんですよ。
書いたものがこう、バカになる瞬間がある。
そのときに、バカになった文章自体が悪いのか、
バカにならせた前の文章が悪いのか
バカになりそうなところで、
止まっちゃったことが悪いのか。
荒井 うん、うん、うん。
糸井 っていうところで、
もう、めんどくさくてイヤなんですけど
最初から考えなおすか、とか。
逆に、この気持ち悪さを
活かせないかな、とかね。
そういうことって、
絵でもありますよね、たぶん。
荒井 あります。
糸井 やっちまった!
っていうことがあって、
そのあとに出てくる絵っていうのが
ありますよね、絶対。
荒井 うん。
糸井 それは文章やことばでもあるんで、
だから、なんだろう、
ただすらすらと書かれているような文章は、
ぼくはあまり興味がないんです。
荒井 なるほどー。
糸井 なんだか、「ことばのデッサン」と
答えがずれちゃいましたけど、
でも、そういうことなんじゃないかなぁ。
荒井 ありがとうございます。
(つづきます)



2010-06-30-WED