杏さんが考えてきたこと。
第4回:モデルの仕事と定型詩。
糸井
杏さんは、女優として
いろんなドラマにも出られてますけど、
長いことモデルという仕事も
してこられたんですよね。
はい。いまも一応、
モデルの仕事を辞めてないので、
一番長くやってきたのはモデルだと思います。
糸井
モデルという仕事のおもしろさを、
ぼくはあまり聞くチャンスがないので、
今日は聞こうかな。
モデルの話、聞いたことないんですよ。
あの、私、個人的に思うのは、
ここのところ、日本の中で
「モデル」の意味合いが
ちょっと変わってきてる気がするんです。
糸井
というと‥‥。
私は、モデルというのは
あくまでスタッフの一員というか、
カメラマンがいて、スタイリストがいて、
ヘアメイクがいるのと同じで
単にモデルという役割があるだけだと思うんです。
みんなの中心にいる花、ということではなくて、
単純に言えば、
モデルは「ハンガー」だと思ってるんです。
糸井
ハンガー?
はい。
生きたハンガーじゃないかなと思います。
フランス語でモデルのことを
マヌカンと言うんですけど、
それはつまりマネキンという意味なんですね。
モデルだからって、
「かわいいって言われたい」という気持ちは、
私の中では存在しなくって。
糸井
ほう。
たとえば、ショーの中でも
ファッションイベントがあるんですけど、
東京だと、モデルやっていたら、
ショーではなくむしろイベントに
「出ないの?」って言われるくらい、
そっちがスタンダードになってるんですね。
でも、あれは、あくまで
イベントであって、
エンターテインメントだと思うんですよ。
糸井
なるほど。
だから、ウォーキングも、
服を見せるのがメインではなく、
だいたいの「感じ」で歩いていい、と。
それはそれでいいと思うんですけど、
なんかいま、日本ではそっちが
スタンダードになってきてるんだなと感じます。
糸井
つまり、「モデルさんやタレントさん」が
服を着て現れるショーになっているんだ。
要は「人」を見に行ってるんですね。
そうですね。
服を見に行くんじゃなくて、人。
糸井
なるほど、なるほど。
杏さんの定義では、
「モデルは、ハンガーです」ということだけど、
どういうハンガーになるか、
というのもあるんですか。
幅が多ければ多いほどいいですよね。
どんな服でも着れることで、
デザイナーの作品を広く伝えていけますから。
でも、逆に、ケイト・モスみたいに、
どんな服を着ても
「彼女がいる」って思える存在も、
大事だなって思います。
糸井
役者さんでも、
「誰々が演じている」ということが
前に出る役者さんもいるし、
一つの個性として認められているけど、
モデルにも、そういうタイプがいるんですね。
いますね。
本人がかわいかったり
キレイだったりで注目されて、
それで市場が回るということもあるから、
それはそれでいいと思うんです。
でも、私はそこまで
「杏が着る」というのを
出さないようにしています。
糸井
あくまで、ハンガーなんだ。
はい。
でも、いいスーツをかけるハンガーには、
いい素材といい曲線が必要なように、
「この服を表すには、
 これが一番いいんだよね」と
思ってもらえるような
存在にならなきゃなって思います。
そうなるためには、
服だけじゃなく、
ショーでかかってる音楽や、
そのときのお客さんの層によって、
歩き方やポージングも
変えていかなきゃいけないと思うんです。
糸井
それは、演出家がいて
「こんなふうにしてほしい」って
言ってくれるわけではないんですか?
ないですね。
海外のファッションショーだと
リハーサルもないんですよ。
だから、バラエティ番組とかで、
いわゆる「モデルウォークして」とか、
「モデル立ちしてみて」って言われると、
「モデルウォークっていうのは、
 いったい何をしたらいいんだ?」
って思っちゃうんです。
糸井
おもしろいね。
だからショーでは、
決まりきったポージングとかはなくて
ぜんぶ自分で演出して
作っていかなきゃいけないんだ。
はい。
糸井
で、おおむね、
行って帰ってくるだけですよね。
そうですね。
糸井
それは、もう
5・7・5みたいに
決まってるわけだ。
定型詩ですよね、いわば。
ええ。
だから、ちょうどいいところでターンするには、
逆算して、どの足で止まったらいいか、
ということを考えたりします。
糸井
「今日、この服を着る」っていうのは、
わりと直前に決まるんですか?
当日か前日ですね。
ショーに出るということ自体も
前日の夜に知らされたりしますし、
現場でどんな音楽がかかるかも、
はじまるまでモデルたちはだれも知らないんです。
糸井
そうか。なのに、
一瞬でその服についての表現をつかみ取って、
「さぁ、私がこの服を何とかしなきゃ」となって、
批評家が手ぐすねひいてるところに出て行って、
5・7・5をやりに行くっていう。
やりに行く。
糸井
ほんとに、
「この景色の前に立って、一句どうぞ」
という状況と、すごく似てますね。
スリリングですね。

(つづきます)
2016-03-17-THU