CCCDを知っていますか?

私は音楽が大好きです。
趣味を聞かれれば真っ先に「音楽鑑賞」と答えます。
部屋には600枚収納できるCD専用ラックが
一番豪華な家具としてそびえ立っているし、
実家には持ってこなかったCDが段ボールに眠っています。
正直、リスニングが購入に追いついていないくらいでして、
2、3回聴いただけのCDも山ほどあります。
(というか、そっちの方が多いでしょう。)

そういう音楽ファンの一人として、
ほぼ日でこの問題を取り上げたいと、
使命感のようなものを感じております。
今回、最初に思いついたのがこの企画だったくらいでして。

ただ、
今は正直、ちょっぴり後悔しております。
色々と調べて考えていくと、
これがなかなか、根の深い問題でして
付け焼き刃でやれるほど簡単ではなかったな、と。

どういうところが「簡単でない」のか・・・
読んで下されば嬉しいです
(ちょっと弱気)

CCCDには問題がいっぱいあるみたいだぞ!


コピーコントロールCD、CCCDと略しますが、
それはどういうものかご存じでしょうか?

一応、公式では
今までのCDと同様に通常のCDプレーヤーで
聴くことができるが、
パソコンで複製はできないようにしたもの
という事
だそうです。

要するに、
パソコンとCDRを使った「違法コピー」が横行していて、
そのためにCDの売り上げが落ちている、として、
エイベックスが2002年の3月から導入しています。

それで、
実は私、始めはこの事に興味がなかったんですね。
というのは、このCCCD、
マッキントッシュでは再生できない、との事でしたので、
マックユーザーの端くれとしましては、
それだけで疎外された気持ちになって、
心の中でバッテンを打っておりましたもので。
そして、まあ買わなけりゃいいだろう、
とだけ思っていました。

それが、秋も深まる頃、
友人に冗談で「CCCDのパロディーを考えろ」
と言われたんですね。
その頃、エイベックス以外のレーベルもCCCDを導入する
というニュースをちらほらと聞いていましたので、
その冗談の意図は、まあわかった訳です。

それならちょっと考えてみようかな、と言うことで、
パロディーを作るには、まずその対象を良く知らないと、
と思ってネットで調べてみたんですね。
そうするとですねえ、
おいおいそれは冗談じゃないぞ、という事が
いっぱい出てきた訳です。
例えば

・パソコンだけでなく、
 一部のCDプレーヤーでも再生できない
 (カーオーディオやポータブルCDプレーヤーでは
  再生できないモノがかなりあるそうです。)
・オーディオメーカー(プレーヤーを作っている側)は
 CCCDの再生は保証していない
・レーベル(古い言い方ではレコード会社)の方でも
 再生できなかった場合の返品は受け付けていない


なんかもう、
これだけですでにマンガみたいでしょ?
音源を作る側も、それを再生する装置を出す側も、
「再生できなくっても知らないよ」と
言ってるようなもんですからね。
どっちも無責任というか、
「それくらいは両方で話し合って調整してよ、ホントに!」
って思うでしょ?
これじゃあ、リスナーはどうしろって言うのでしょう。

ちょっと解説:
まあ、エイベックスでは
再生できなかった人に対して
一度だけならその音源のMDを渡す、
という対応をしていたみたいですね。
一応フォローまで。


なんでこんな変な事になったのか?
ちょっと、CCCDのメカニズムについて
私が理解したことを説明してみます。

CCCDが採用しているコピーガードの方法は、
「CDS方式」と言うそうです。
これは、
CDにあらかじめエラー信号を入力しておいて、
パソコンで読みとれなくしてしまおう、
というモノのようです。
(意図的に傷だらけにしたCDみたいなもの
 と喩えている人もいました。)
そうなると、音楽CD用のプレーヤーでも読みとれない
ように思いますよね?
だけど。
音楽用のCDプレーヤーでは、エラーが出てしまった時に
周りの情報からその部分の信号を予想して、
勝手に情報を穴埋めして再生する機能があるそうなんです。
元々は、CDに傷がついた時にも再生できるように、
ついている機能なんですが。
その修復機能のおかげで、
一応はCDプレーヤーで再生する事ができるそうなんです。

という事は、
CCCDのCDプレーヤーでの再生は、
プレーヤーの修復機能に依存しているって事なんですね。
だから、その機能が弱い機種では上手く再生ができない、
って事になるみたいです。
(しかも、再生できるものでも、
 プレーヤーに負担がかかりすぎるために、
 プレーヤーの寿命を縮めている、という記述も
 見つけました。
 イヤですよね、それって・・・)

ちょっと解説:
話を分かりやすくするために、
技術上、不正確な部分はあるかもしれません。
正確なところは各自調べて頂ければ、と思います。


自分の専門分野じゃないもんで
こういう注釈(逃げとも言う)がついちゃいますが、
つまりは、
「うーん、かなり無理のある方法なんだなぁ」
って事です。
こういう事の説明の後に必ずついてくる話ですが、
そもそもCDの規格に
コピーをガードする仕組みがついていなかったために、
コピーガードを付けようとすると、
どうしても無理が出てしまう(事が多い)んだそうです。
実際CCCDは、音楽CDの規格からは外れているそうで、
「CDと呼んではいけないのだ」という人もいます。
オーディオメーカーが再生保証をしていないのも、
この規格から外れているから、という事情らしいです。
知ってましたか? こういう事。

しかも、笑っちゃうんですが、
肝心のコピーガード、あまり有効ではないらしいんです。
実際、4割くらいのCDRでコピーができてしまう、
という記事もありましたし。
そうすると、これは何のための技術なんだろう?
普通に音楽を聴くには不都合がかなりあって、
しかも肝心な「違法コピー」には有効でない・・・
知ってましたか? こういう事。

他にも、
ウィンドウズのパソコンで再生出来ると言っても、
実際のCD音源が再生できるのではなくて、
専用の再生ソフトで圧縮音源を再生するだけである、
しかも、それでパソコンが故障しても保証はしない、
とか、
調べると「それで良いのか?」って事が出てきたんですね。
やばいでしょ、それって。

CCCDというと
音質が劣化するのかどうか、という問題ばかりが
取り上げられている印象がありました。
まあ、実際に劣化自体はあるみたいなんで、
聴いていて致命的なのか、気にならない程度なのか、
って問題だと思うのですけど。
でもそれって、聴いている音楽の種類とか
再生する環境とか聴いている人の耳とか、
そんな事でかなり変わってきてしまうでしょうし、
そもそも同じ音源が2種類でリリースされない限り
比較のしようがない訳ですね。
結局、水掛け論で終わってしまうなあ、と。

それよりも、もっと本質的な問題があるでしょうに、
と思ってしまったのでした。


結局、問題は著作権のことに行き着くのだった


で、
「ふざけるな!」って話ですんでしまえるのなら、
話は簡単だったんです。
でも、そんな簡単な問題では、なかった訳なんですね・・・

というのは、
エイベックスがそもそも、こういうものを導入した理由を
振り返ってみると、ですね。

パソコンとCDRを使った
「違法コピー」が横行していて、
そのためにCDの売り上げが落ちている


これが理由になっているんですね。
で、それは確かに、軽視できない問題ではあるんです。

もちろん、
コレに対する反論もありますね。
売り上げが落ちたのは本当に「違法コピー」のせいなのか、
というのも疑問はあります。
この不景気でデフレの時代に
モノが売れないのは当たり前だ

とか
音楽CDは高すぎる
とか
若い人が携帯電話にお金を使うようになったからだ
とか、
色々な反論があります。
だけど、
「違法コピー」が問題ではない、という人は、
あまりいないでしょう。

(但し、どこまでが「違法」なのか、という問題は
 あるとは思います。
 今回「違法コピー」と全てカギ括弧でくくったのは、
 その辺りに配慮したからです。)

だから、
最初に導入を決めたエイベックスは
「あえて波風をたたせて、
 議論が巻き起こってくれればいい」
とインタビューで答えているんですね。
だから
「もっと良い代替技術があるなら移行する」
とも言う話でもあるんです。
だから、彼らを悪者にしてすむ問題では
ないとは思うんですよねー。

そうすると、
結局は「著作権をどのように守っていくのか」
という事を考えざるを得なくなる訳ですね。

となると、話は音楽だけではすまなくなる、んですわ・・

だんだん話が大きくなってきたでしょう?
ね。
「簡単でない」かもしれないなあ、と、
この辺で思ってきた訳です。

例えば、図書館問題ってご存じでしょうか?
公立の図書館がベストセラーを大量に入荷する、
という問題です。
行政サービスとして利用者のニーズに応えたモノだ、
という事だそうですが、
出版者側からは営業妨害だ、との抗議もある訳ですね。
図書館を良く利用している私としても痛し痒しな話ですが。

他にも、
コンピュータのソフトにも同じ問題がありますし、
著作権とは異なりますが
「特許」というのも同じ種類の問題かもしれないです。

だけど実は、
著作権って批判の多い権利でもあるんですよね。

著作権を扱っている人たちの言い分では、
「著作権は文化を守るためのものだ」となります。
でも逆に
「著作権が文化の促進を妨げる」という批判もあるんです。
というのは、
文化って、
かなり「模倣」が果たす役割が多いそうなんです。

一番わかりやすい話は、ヒップホップでしょう。
いわゆる「ラップ」の音楽分野ですが。
このヒップホップでは
「サンプリング」という手法が使われます。
昔の音楽の音源、ま、レコードが多いんですが、
その一部を再生してフレーズを取り出し、
ある種それを楽器代わりにして、
そこにボーカルやラップを乗せたりして
曲を作る手法、だそうです。
これは、著作権にひっかかってくる手法なんですね。

つまり、
著作物の二次利用が新しい文化を創り出す、
という事も、いっぱいあるって話なんです。


また、コンピュータの世界では
オープンソース運動とかフリーソフトというものが、
力を持ってきている、というのもあるんですね。
Linuxって聞いたことくらいはあるでしょう?
ほぼ日にもこういうコンテンツがありますし。
http://www.1101.com/Linus/index.html

つまり、
コンピュータソフトの世界では、昔から、
以前からあるソフトの一部分を再利用して
新しいソフトを作る、という事をやってきた訳で。
だから、あまりに「著作物」を囲い込んでしまう、
というのも新しい可能性を邪魔してしまう、
そういう事も言われているんですね。

といっても、それじゃあ、どうすれば良いんでしょう?

もっと引いた目で見てみましょう。
著作権の問題って、結局のところ
「クリエイティブにちゃんと正当な対価が支払われるには
 どうすれば良いのだろう?」
という問題なんですよね。
うん、特許の問題も同じだ。やはり同じ種類の問題だった。

ってなると、ほぼ日の濃い読者なら
気が付いたと思うんです。
そう、
イトイさんがこの「ほぼ日刊イトイ新聞」を立ち上げた
そもそもの動機にも繋がってくるんですね。
そう、そりゃぁ、簡単な問題じゃ、ないでしょう!

今頃イトイさん、南の海でひっくり返っているでしょうが
(「えぇっ? オレェ?」って・・・)
単に音楽と音楽ファンの話だったハズが、
こういう所にまで繋がってきてしまうんです。
私なんぞが付け焼き刃で考えて、
簡単に答が出てしまう問題な訳がなかったんですね。

だから、生命倫理のコンテンツ
「答えのない問題」って言っているんですけど、
実はこっちの方が「答えのない問題」だったかもしれない
そんな事さえ、思っちゃったりしています。
(だってさ、あっちの問題はさ、
 もう10年は何だかんだで考えているんだもんでさ・・)


それでもこの問題を取り上げたいと思った理由


ということで、
正直、歯切れの悪いコンテンツになってしまって、
読んでくださる皆さまには申し訳ないなあ、
と思っています。
どうせなら捨ててしまおうかな、とも考えました。
でも、あえて残す事にしました。
以下にその動機を記します。

まず、私が今回、
この問題についてほぼ日で取り上げたいと思ったのは、
自分自身がCCCDの問題点について知らなかった、
という事があるんですね。
私だけでなく、周りに聞いてみても、
知らない人が殆どだったんです。
まず、その事についての危機感がありました。

こういう事について、
私たちはあまりに知らされてないぞ、と思ったんです。
いったいマスコミやメディアは何をしているんだ?
そういう疑問を投げかけたい、
という事が動機として一つあります。

だけど、一方で
自分たちの方でも知ろうとしていなかった、
というのもあるなあ、と。
だって、今回も、ちょっと調べれば、
色々な問題点がすぐに分かった訳ですし。
今はインターネットがありますから、
たいていの事は割と簡単に調べることができる訳で、
マスコミやメディアの責任ってだけじゃいけないなって。
最近教えていただいた話によると、
音楽雑誌がこの問題をとりあげても
全くといっていいほど反応がないそうなんです。
そういう、「リスナー側の意識の低さ」も、
反省点としてあるんですね、リスナーの一人として。

だけど、やっぱりこのコンテンツを残そう、と思った
一番大きい理由は、
「こういう問題って、他にも私たちの周りに
 多いんじゃないかな?」
と考えたからなんです。

つまり、
私たちの与り知らぬところで、
自分の関与しないままに、
色んな事が決まっていってしまう
そういう事って実は多いぞ、という事です。


まあ、それが自分にとってあまり関係のない事だったら、
別にかまわない訳です。
だけど、
音楽ファンにとっては、
買った音源がちゃんと聴けるものかどうか、
というのは、やっぱり大きな問題なんですね。
だけど、このままいくと、邦楽は殆どがCCCDになって、
普通のCDの方が珍しい、という事になりそうなんです。

そういう
「自分にも大きく関わってくる問題が、
 自分と関係ないところで決まってしまって、
 しかもそういう事についてちゃんと知らないまま」
という事は、他にもいっぱいあるように思うんですよ。
社会や政治のことでもありそうですし、
生命倫理のコンテンツでもちょっと出てきましたね。
「脳死が人の死か?」って事は、
自分とは関係ないところで決まっちゃいましたし。
そういう事たちについて
「これで良いのだろうか?」
って思うんです。

でも、だからってどうすれば良いか、
はっきり言って全然、分からないんです。
歯切れが悪いってのはここでもなんですが。

だけど、
適当な答えでお茶を濁しておこう、って事は、
私にはできないですね。
それなら、歯切れ悪いまま放り投げてみる、
疑問点を呈示するのも意味があるんじゃないかな、

・・・そんな事を、
ちょっと言い訳っぽく思ったりもしています。

目鷹ひろみさんへの激励や感想などは、
メールの表題に「目鷹ひろみさんへ」と書いて、
postman@1101.comに送ろう。

2003-01-02-THU

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