いい人って、どういう人?
・かつて、「ほぼ日」で、「いい人募集」というテーマで人を募集したことがあった。当時、「なんだかあいまいな募集だなぁと」言われることも覚悟していたが、そんなこともなかった。それどころか、そのとき、つまり2015年、「いい人募集」で集まってくれたあの人やこの人は、「ほぼ日」でいまも大活躍してくれている。あのとき、この募集についてさんざん話し合って、「結果的に仲間になってくれた人が、いっしょに仕事をしているうちに、いい人でよかったねぇ、と言われるようになるわけじゃない?いろんな価値の軸があるのはわかっているけど、最後にみんながいちばん望んでいるのは、いい人でよかったということなんだよね。だったら、最初の募集の時点から、あとでそういうふうに言われそうな人を、募集して会ってみたらいいんじゃないか」という結果論からの逆算方式みたいなやり方に至ったのだった。
いい人を正確に定義することは、なかなかできるものじゃない。しかし、こんなふうな要素を持っているとか、こういうことはまちがいなく言えそうだとか、いい人についての像を、いっしょに探しながら、新しい乗組員を探すというのは、やってよかったと思う。そのとき、いくつかのキーワードもあった。ことばにし過ぎると危ういんだけど、「誠実と貢献」とか、「やさしく、つよく、おもしろく」だとか、「信頼」とか。あの10年前の、ぼくらの「試み」は、少しずつかたちを変えてはいるけれど、いまも続いている。
そんなことを思い出させることばに、最近、出会った。「知りながら害をなすな」ということばだった。2500年前のギリシャのお医者さんヒポクラテスのことば。これを、ピータ・ドラッカーが『マネジメント』のなかで、「プロフェッショナルの責任」として紹介している。「いい人」というのは、知りながら害をなす人、でない人。ややこしいけど、そういう言い方もできるような気がした。
今日も、「ほぼ日」に来てくれてありがとうございます。「ほぼ日」に入ってきてくれる人は、ほんとにいい人ですよ。