糸井重里が毎日書くエッセイのようなもの

05月07日の「今日のダーリン」

・港区が、どうして港区なのかといえば、
 それはもう、海があるからだ、ふだん忘れてるけど。
 レインボーブリッジにしたって海の上を通ってるし、
 羽田から飛行機に乗ったとしても、海の上を飛んでいく。
 そういえば、子どもの夏休みの宿題を手伝うのに、
 芝浦あたりの海岸から「海水」を汲みに行ったこともある。 
 ちょっと高いマンションの屋上から海の方向を見ると、
 夏だと白い雲の立ち具合が、海水浴場のようにも見える。
 それはそうなのだ、だってそこは海なんだものね。
 元祖ゴジラが上陸してきたのも東京湾からで、
 品川あたりだということになっているから、品川区か。
 シン・ゴジラは蒲田に上陸しているので大田区だな。

 東京というと、ビル群だとかがイメージされるが、
 海に面したひとつの地域なのである。
 銀座だ渋谷だ新宿だという街のようすばかりが
 テレビや映画の場面になっているので、
 ぼくは、じぶんのいつもいる場所が
 「海のそば」だということをすっかり忘れていた。
 お台場どころか、羽田だって、もっといえば銀座だって、
 もともとは埋立地だったんだものな。

 ぼくにとっての東京の地図は、交通網を中心にした
 どこからどこに行くか、どういう建物がどこにあるか
 というような情報を知るためのものだった。
 ときには、地域の人口密度や地価を知るためだったり。
 とにかく海や山や川や森や坂については、
 まったく考えに入れないままに
 「東京」という地域に暮らしていたわけである。
 人工物や、人間が付加した情報だけで、
 じぶんが仕事をしたり暮らしたりしている地域のことを、
 知っているような気になっていたのである。

 夏に古いマンションの屋上から、海の方向を眺めて
 雲のようすから「あのあたりは海なんだなぁ」と思うのが、
 ぼくの、東京という土地に触れる唯一の時間だった。
 智恵子はなんと言ったか知らないが、
 東京には空もあるし海もある。
 向こうのほうには富士山だって見えるはずだ。
 もっと、遠くを見ながら、狭いところで暮らしてみよう。

今日も、「ほぼ日」に来てくれてありがとうございます。
「狭い日本、そんなに急いでどこへ行く」? 狭くもないよ!