糸井重里
・ひとつの敬称としての「先生」じゃなく、
先生という職業の先生がいます。
あ、ちゃんと教師ということばがありましたね。
ぼくだけじゃなく、「先生」に感謝している人って、
けっこういっぱいいると思うんです。
ぼくも、「あの先生がいてくれてよかったなぁ」と、
何度となく思ってきました。
しかし、「いてくれてよかったなぁ」と言ってますが、
考えてみたら、先生は先生として生まれたわけじゃない。
先生になったから、先生なんですよね。
先生、教師、という職業の人になってくれたんです。
そりゃね、もしかしたら「なるつもりはなかった」とか、
「しょうがないからなった」とか「まちがった」とか、
そういう場合も多々あるとは思うんですよ。
意欲満々で、「わたしは立派な教師になるんだ」と、
勇んで先生になった人がどれほどいるかはわかりませんが、
「先生もいいかな」くらいの人も多いんじゃないかな。
もう、それで十分過ぎるくらい十分ですよね。
それではじめてみたら、なかなかむつかしいぞと思ったり、
おもしろいんじゃないかと興味が湧いてきたり、
育てたり教えたりすることなんかが好きになったり、
じぶんのほうが成長するのを感じたり、
いろいろの道のりを歩いているうちに、
すっかり先生になっていたのかもしれません。
絶対にかんたんなだけの職業なんてないけれど、
先生もなかなか山あり谷あり川あり砂漠ありでしょうよ。
で、その先生が教えたり、育ててくれたりしたものって、
なかなかたっぷりあるんですよね。
それは、とにかく先生が先生になってくれたからです。
ほんとは、先生ばかりじゃなく、
みんなのそれぞれにやっている職業、
すべてに言えることだと思うんです。
「好きではじめたわけでもない」仕事を、
ちゃんとやってくれている人たちのおかげで、
世の中が回ってるし、それで助かっている人だらけです。
今日は、まずは、先生にありがとうと言いたい日でした。
今日も、「ほぼ日」に来てくれてありがとうございます。
そりゃぁもちろん、ぼくにもいやな先生はいましたよ(笑)。
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