ぜんぜん、描き足りない。

糸井
しかし、なんだろう。

自分の中にある、
どっかに置いてきちゃった成分を、
澱(おり)を混ぜるように
掻き立ててくれるという意味では、
漫画まで含めて、
ヒグチユウコという人は、
まったくもって「芸術」の仕事を、
まんべんなくやれてますよね。
ヒグチ
そうでしょうか、ありがとうございます。

漫画は出す気なかったんですけど、
息子があんまり言うので、しょうがなく。
糸井
いやあ、たのしみにしてますよ、人々は。
つまりその、俺たち人類は。

漫画の部というのは、
他の仕事を休みたいときに描くもんなの?
ヒグチ
なんとなく、仕事じゃないと思ってると、
放っといても、描くんですよね。

仕事となると‥‥いきなり描かなくなる。
糸井
全体に、ヒグチさんの仕事って
「できない子」みたいな存在にたいして、
すごく、やさしいと思うんです。
ヒグチ
ほんとですか。
糸井
誰の中にもある「弱さ」というかなあ、
それって、傍から見てて
ちゃんとやれていそうな人の中にさえ、
ちゃーんと、あるわけでね。
ヒグチ
うん、そうですね。
糸井
ヒグチさんが、誰かの仕事を見て
「うまいなぁ」って思うこと、あるの?
ヒグチ
そりゃ、めちゃくちゃありますよ。
糸井
技術信仰みたいなものは?
ヒグチ
それは、ないです。

まるで写真みたいに描かれた絵とかには、
ぜんぜん、なんとも思わない。
写真でいいじゃない‥‥って思っちゃう。
糸井
デザイナーの宇野亜喜良さんに対しては、
特別な気持ちが、ありますよね?
ヒグチ
ありますね。宇野さんって、
びっくりするぐらい「速い」んでんすよ。

頭の回転が速くって、
あの方のセンス、ちょっと特殊だと思う。
糸井
うん、うん。
ヒグチ
デザイン出身だからか、
いろんな方向からものを見ているというか、
わたしなんかからすると
「なんで、平気でそんなことしちゃうの?」
みたいに思うようなことが、
宇野さん的には、
「え、ダメ? 何で?」みたいな感じで。

「これじゃ、あっという間に色あせちゃう」
みたいなことを言っても、
「でも俺イラストレーターだからさ」って。
糸井
そんな感じなんですか。
ヒグチ
いや、あの方は、本当にすごいと思います。
糸井
横尾忠則さんなんかにしても、
いまだに「技術がほしい」っていうことを、
しみじみと、言うんですよ。

ぼく、30世紀に名前が残るのは、
横尾さんくらいだって思っているんだけど。
ヒグチ
きっと、絵描きにゴールはないんですよね。

宇野さんもいまだに、
「ぼくはまだ、こういうところが良くない」
みたいなことをい言うんですけど、
わたしから見たら、
「いえいえ、なにをおっしゃいますか」で。
糸井
うん。
ヒグチ
でも、そうおっしゃてる気持ちは、
絵を描く人間としては、よくわかるんです。

印刷済みの作品ですら、描き直したいし。
糸井
あんなに描き込んでるのに、まだ足りない。
ヒグチ
ぜんぜん、描き足りないです。
糸井
本にするときに、そっくり描き変えたとか、
そういう話、描かない人からすると、
ちょっとびっくりするんだけど、
本人たちは
「いや、当たり前です」って感じですよね。
ヒグチ
前に『群像』で描いたときも、そうでした。

御伽草子をもとにした短篇に、
挿絵をつけて
「絵本御伽草子」をやろうっていう企画で
文筆家6人が書いた文章に、
わたし含め6人の画家が絵を描いたんです。
糸井
はい、はい。知ってます。
ヒグチ
わたしは「うらしま」にしたんです。

猫だけはやめよう、いかにもだから、
と日和さんと相談して、
本当の定番の定番でいこうと思って。
糸井
あれ、成功してますよね。
ヒグチ
わたし、日和聡子さんの文章が大好きで、
日和さんも、竜宮城に対して
不信感のようなものを持ってたので‥‥。
糸井
「竜宮城に対しての不信感」(笑)
ヒグチ
だって、あの言い伝えを聞いたところで、
色とりどりの夢の世界には、
ちょっと、思えないじゃないですか。

逆に「なんて怖いの!」って思うんです。
糸井
うん、うん。龍宮城がね。
ヒグチ
そのあたりが日和さんと一致していて、
「超暗くしてやろうぜ」
みたいな感じで描いたんですけど‥‥。

そのときに描いた絵が、
実は、自分でぜんぜん気に入らなくて、
書籍化のとき、
「ぜんぶ描き直させてください」
とお願いしたら、
編集さんが「ええ!」みたいになって。
糸井
うん(笑)。
ヒグチ
描き直しのギャラとか、出ませんしね。

でも、そんなことはどうでもいいから、
描き直させてください、と。
糸井
じゃ、書籍化されたものは
描き直しされた作品で、できてるんだ。
ヒグチ
ぜんぶではないですけど、そうですね。

あと『ボリス絵日記』については、
ぜんぶ描き直してます。
糸井
それ、聞いたときにビックリした。
ヒグチ
「1日5つ」みたいなペースで、
「正」の字を書いて、描き直しました。
糸井
はあー‥‥。
ヒグチ
わたし、休みの日も絵を描くタイプで、
よく
「たくさん仕事したから南国へ行きたい」
とか言う人がいますけど、
わたしの場合は、
「お休みだし、じゃあ、絵でも描くかー」
って感じなので、
あんまり、苦にはならないんです。
糸井
そういう「へんないきもの」として、
できあがっちゃってるんだね、人間がね。
津田
駅で待ち合わせをしていたとき、
わたしの電車が1、2分遅れちゃって、
着いたら、ヒグチさん、
改札の外で、立って絵を描いてました。
糸井
なんだそれ(笑)。
ヒグチ
あれは、本当に締め切りヤバかったんで、
ちっちゃい絵でも描かなきゃ‥‥って。
糸井
つまり、何かやることないかなと思ったら、
「あ、絵があった」と。
ヒグチ
何にもすることがない、とか、
何にもしないでダラダラっとしていたい、
みたいなことも、ないんです。
糸井
寝るのは?
ヒグチ
睡眠はけっこうとってます。
というか、電池が切れて倒れる感じで。
糸井
あー、ゲームに夢中になってるときの、
自分を見ているようだなあ。
ヒグチ
突然、パタッて。
糸井
ツイッターで「パタッ」書いてるけど、
あれは、本当に「パタッ」て。
ヒグチ
そう、パタッて。あのまんまです。

<つづきます>

2017-04-22-SAT