DVD「吉本隆明 語る」の
一般店頭販売がスタートしました。
このDVDのもとになった番組は、
NHKの「ETV特集」でした。
番組ディレクターである山口智也さんは、
2008年3月から「芸術言語論」講演後の10月まで
吉本隆明さんの姿を撮りつづけました。
番組は、2009年のお正月に放映。
DVD化にあたっても、
山口さんは構成、編集を担当されました。
撮影からDVD化までの経緯について伺いました。
山口智也さんプロフィール


ほぼ日 まず、吉本隆明さんの姿を
映像に残したい、というところから
山口さんとの打ち合わせがはじまったのですが、
最初はどう考えていらっしゃいましたか。
山口 吉本さんのことは、
一般教養として知っている程度で、
著書をちゃんと読み込んだことは
それまであまりありませんでした。

ぼくの大先輩に、
片島紀男さんというディレクターがいて、
その人がいわゆる“吉本ファン”でした。
いっしょにお酒を飲みにいって、酔っぱらっては
吉本さんの詩を朗読したり、
吉本さんといっしょに国会に突入したときのことを
話してくれました。



ですから、ぼくにとって吉本さんは
「尊敬する人の尊敬する人」という
位置づけだったんです。
その片島さんが、
三好十郎さんの特集番組を撮られたとき、
吉本隆明さんに出演してもらっていました。
だけど、片島さんは
「ほんとうは吉本さんで番組を作りたい」と
ずっと、おっしゃっていました。
片島さんがしつこく、そこまで言うなんて、
きっとすごい人なんだろうなぁ、と
思っていたんです。
片島さんは昨年末にお亡くなりになりました。
この番組の放映前に、病床で
仕上がりのVTRを
観ていただくことができました。
ほぼ日 何か、ご感想はおっしゃっていましたか。
山口 ぼくは、直接には聞いていません。
「やりやがったな」か、
「やってくれたな」か‥‥
うん、いずれにせよ
喜んでくださったんじゃないかなと思います。
ほぼ日 吉本さんは、テレビ出演を
ずっと断りつづけてこられたんですよね。
山口 そうなんです。
みんなが撮りたがってた人だから、
ぼくにとっても存在としては大きかった。
その人に会える、取材ができる、
誰もがやりたくてできなかったことができる、
ということで、
ぼくは最初、小躍りしました。
ほぼ日 だけど、撮影の了承はもらっても、
放送の了解はとらないまま、
記録した時期が長くつづきました。

山口 番組になるかどうか、
そして、番組になったとして
いったい誰が見てくれるのか、
そういうことは
とりあえず考えないようにしました。

放送すると必ず誰かが見てくれるんだし、
しかも、局内でこの企画が通らないはずがない。
だって、吉本さんが“出る”んですからね。
まずはカメラを回していい、と
吉本さんが言ってくれたんだから
何も決まってないからといって
そうしないわけはないです。
これで何もしないなら、
そんなNHKはいらないよ、って
視聴者のみなさんに言われちゃいます。
ほぼ日 放映後、番組をごらんになった方から、
じつにたくさんの感想が届きました。
まず、講演の映像がすばらしかったという
意見が多かったです。
山口 吉本さんの、あの講演を
あんなふうに「伝わるように」撮れたことは、
ぼくらもうれしかったです。
講演の本番中は、
TDさん、カメラマン、音声さん
技術スタッフ、みんなノリノリで
のめり込んで撮っていました。

ああいう映像は
講演を「ただ撮る」のではなく、
話の中身に反応しながら
吉本さんの表情を撮ることが
重要になってくるんです。
カメラは、小型カメラをあわせて
ぜんぶで6台ありましたから、
さまざまな角度から撮影ができました。

ほぼ日 ふだん、吉本さんのご自宅に
撮影にいらっしゃっていたのは
山口さんとカメラマンの南波さんの
おふたりでしたが。
山口 そう。あの講演の日は、
「当日のみ参加」のスタッフが
大半だったんです。
だけど、みんなが反応していました。
何に反応していたかというと、
やっぱり、吉本さんに、なんです。
「この人の“この日”に、自分も加われるんだ」
という気持ちが、
各自の持つ力を出すことになりました。



だって、吉本さんが、
あの日にどれだけのことを賭けたのか、
それがファインダーを覗くと
伝わってるんです。
きっと誰もが「この話はいい映像で撮りたい」と、
思ったんじゃないでしょうか。
そのエネルギーをいかす番組にしたかったから、
あとで編集でどうこうしようということは、
あまり考えなかったんです。

ほぼ日 おっしゃるとおり、番組は
まるでライブを観ているような
臨場感ある構成だったと思います。
山口 吉本さんがご自宅で
糸井さんに向かって話すときには、
またちがったエネルギーが出るんです。
吉本さんは、講演では
大きなかたまりをわかりやすく
話そうとなさいましたが、
糸井さんの前では、
「わかりやすく」ではなく、
「ほんとうのことだけ」を話そうとなさいます。
ですから、もしかしたら、
自宅での話の内容は、
一度見ただけだとわかりづらいのかもしれない。
今回、番組をDVD化するにあたり、
自宅映像を特典として入れました。
番組放映ではわかりにくい内容でも、
DVDなら何度でも
みなさんにごらんいただけますから。
ほぼ日 自宅映像を含めると、
カメラが回ったのは
35時間くらいになりますよね。

山口 総計ではそうですね。
NHKが持っている映像は、
いかすことができるように存在するわけですから、
素材はアーカイブとしてずっと残ります。
後世の人が使ってくれればいいと思うし、
いま、できないことでも
誰かがいつかどこかで
やってくれることがあると思う。
ほぼ日 この1年を通して、
ずいぶん吉本さんの
お話を聞かれたわけですが。
山口 ぼくは、吉本さんに、
まだまださわってないと思います。
すれちがった気分、という感じでしょうか。
ただ、ひとつわかったのは、
実際にお話しされることと著作物とに
交互に触れると、
吉本さんのお考えが立体的になって
自分の中で広がっていく、ということです。
ですから、このDVDをごらんになって、
あるいは『吉本隆明 五十度の講演』を
お聞きになったあとに、
さらに関連の著作をお読みになると
いいんじゃないかな、と
個人的には思います。

ほんとうに楽しい仕事でしたよ。
思想家って、亡くなってから、
周囲の人にあれこれ話を聞くことが多いんだけど、
吉本さんは生きていて、
会えるわけですから。
また、大きな講演をぜひやってほしいですね。


2009-07-24-FRI