POMPEII
千体のお気楽な骸骨たち。
田中靖夫さんの手が産み出した天然。

第17回 「できるひと」ってなんだ?

ライターの田中弘子さん
(骸骨の靖夫さんと結婚しています)
のお話は、ひとまず今回までです。

美術の世界への彼女の考えをうかがっていますが、
今回は特に、美術学校で教えるなかにたまにいる
「できるひと」とはいったいどういう人なのか?
それについてきいております。

「30年40年いても、ニューヨークでは
 そういうふうにならないひとのほうが多いですから。
 ニューヨークで暮らしているということを
 唯一の看板みたいにして
 日本で発表したりしているひとのほうが多いのに、
 ニューヨークで初の個展をやって、
 そこで作品がぜんぶ売れちゃったり、 
 それはすごいと思うし。
 テレビ会社のディレクターになったひともいますし、
 できるひとがけっこう多かったですね」

さっきおっしゃってたみたいに、
優秀なひとは睡眠を削っていたりしたんですか?

「そういうひとだけではなかったですけど、
 やっぱり出てくるひとは努力してますよね。
 でも、好きなことやってるんだから、
 それでもいいじゃない?
 アートの学生っていうのは
 義務で来るものじゃないんだから」
 
義務じゃないというのは、すごくそう思います。

「しょっちゅうそう言ったんですけど、
 それでもだらだら来るような子もいたりして。
 『来なくていいわよー』
 と言ってたんですけど、
 来るのよね。話が終った頃に。
 でも、最後のほうはまじめなひとが多かったな。

 ニューヨークにいると楽しくなっちゃって
 帰らなくなるひととかいますよね。
 できるだけ何とかつづけよう、とか考えていて。
 学校卒業してもコツコツ制作していたり。
 日本だったら変わりもの扱いされちゃうけどね」

授業では、なにを伝えたかったんですか?

「自分でいることが、大切だって」

弘子さんにとって、いいものは、何ですか?

「カチッと何かが切り換わるようなものですね。
 それをどこで開拓していくというのは
 個人によってそれぞれでしょうけれど」

個人それぞれにとってのよいものを
例えば、これを読んでいるひとは、
どこで見つけるんだろうかなあ?

この連載でうかがっているのは、
ニューヨークで通用するようなアートに関して、
という色が強いのですが、そもそも、
世界で通用するとか日本で通用するとか、
自分で楽しいと思うなどの間の関係について、
わたし木村としては個人的に気になります。

普遍化がいいこととは限らないし、
もちろん特殊化がいいとも言い切れない。
なぞめいてる関係です。
どこで何を見つけようというのは、
ほんとにそれこそ自分だけしかわからないよね。

ありゃりゃ、それはまた今度にします。
最後に、靖夫さんについて、どう思いますか?
ときいてみました。

「あんなに手を動かしているひと、いないですよ。
 時間があれば描いてる。ほとんどのプロのひとは、
 仕事以外にはやりませんよ。それがプロということなんです。
 あれだけアイデアが出てくるひとも少ないですね。
 広告の仕事を見てても、
 どうしてあんなに考えつくのか、不思議。
 日常生活は割と保守型ですが、
 彼は、仕事ではアドベンチャーですよね。
 アメリカにいたら、
 ファインアートに行くようなひとでしょうね」

弘子さんは、いま現在、日本を離れて旅行中です。

2000-03-26-SUN

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