POMPEII

第3回 空き時間

ガイコツの絵を描く田中さんはこんなひと。

あくまで静かに、じっくりと言葉を選んで
考えながらひとことひとことしゃべってくれる。
そもそもどうやって何をつくろうとしているか?
ぼくは、そんなことをききたくなってしまっていた。

「ぼくがこの仕事をはじめたのは遅い年齢からなの。
 この仕事に入る頃には40歳を過ぎていましたから。
 自分がこういうスタイルだ、とかは
 あんまり決めないでやっていますね。
 新しい画材を使ったりとかやったことないことって、
 道具を買ったりかなりお金がかかるじゃないですか。
 そうやって目に見えてお金をつかうところが楽しい。
 これは浪費ですよね。仕事になるかどうかは
 わかんないけど、お金が確実にかかってくる。
 
 そうやって毎回新しいことをやっているというか。
 ビデオ買ったりカメラ買ったり。カメラ買うひとは
 次から次へ新しいのが欲しくなっちゃうんですけど。
 絵なら油絵をやってみたりエッチングをやったり。
 オブジェをつくってみても発泡スチロールだとか
 針金だとかいろんな材料を使ってやりますね。
 そのために本格的に材料を買うわけです。
 『自分の仕事はこういう方向にすすむかもしれない』
 という気持ちでわあっとやって、
 その時々は割に徹底してやるんです。
 
 飽きたからひとつの手法をやめちゃう、
 というよりは、別のことやっているうちに
 ひとつの手法が薄らいでいっちゃったりするんです。
 『表現の方法としては、やることやっちゃったな』
 という風に移り変わる。
 糸井さんもそういうところありますよね。
 ただ、糸井さんの場合は言葉のひとですけど、
 ぼくらの場合は手でものをつくっているものだから、
 新しいことをやりはじめたときになかなか
 慣れていかないというのはあるんですが、
 それでも直接ものを手でつくってるときには
 徹底してがーっと行っちゃう。
 そういうなかでぽこっと出たのが、
 ゴキブリだったり、ガイコツだったりするの」

田中さんはなんでガイコツを描いているのだろうか?

「空き時間があるじゃない?
 電車乗ってるときとか、
 寝る前のちょっと寝つけないときとか、
 早く起きちゃったときとか、
 ぼくにとっていまのガイコツは
 その間(ま)を埋めるものなんですよね。
 電車のなかってぼーっとしてたらそれで終わるけど、
 ぼくはそのとき描いてると時間がつぶれるというか。
 普通のひとならテレビ読んだり新聞みたり
 ラジオ見たりっていうのと一緒だよね。
 例えばぼーっと喫茶店でお茶飲んでるじゃない。
 ぼくにとってガイコツはそれと同じようなものです。
 描いてるときにたまたま他人のつくったものをきいて
 ああいい音楽だなあってずっとそうやって思いながら
 テンテンテンテンって書いたりして。
 電車のなかでもこうやって立ったままでもできる」

そう言って田中さんは立ったまま描いてくれた。
あれ?空き時間を埋めるものなのですか?
やむにやまれぬ衝動っていうのはどこに行ったの?
広告で使うオブジェを多数制作しているうえに
自分の世界としてアートをつくりあげているかただから
ぼくは「きっと何かきっかけがあったのではないか」と
暗に予想しながら質問していたのだった。だけど違う。
すらすらと描き続ける田中さんは、楽しそうだった。
ぼくはうれしくなった。

「インクの出が悪いときは
 カタカタカターって振ってさあ。
 そうやって駅とかでガイコツばっかり描いてると
 『何かあぶないおやじだな!』なんて思われながら
 横でひとに観られているのを感じたりするんです。
 それがちょっとうれしかったりして(笑)」

1体に1分もかからないうちに、
どんどんガイコツたちはふえはじめる。
10人前後で1ページが埋まって、次のページに。

「ちょっとインクの出方が気にいらねえなあって
 インクを変えたりしてこう描いておわるわけ。
 インキが出なくなっているからって
 インクを変えたりするでしょ? 
 そうすると全体的に1ページの雰囲気が変わる。
 あとは何となくまるっこいガイコツが居たり、
 部分だけのやつがいたり。そういう風になってるから
 あんまり何かポーズとかテーマとかがなくても、
 1ページに10個以上描けば何となく埋まるなって。
 それで結果としてできたものがどう見えてるかで」

目的とか意味については「今はない」そうだ。
最初にガイコツを描きはじめていたころには
1個1個のガイコツにポーズをとらせていたが、
描き続けているとポーズはどうでもよくなったみたい。
肉をそぎ落として残る骨を描いているので
男女の枠もはずれちゃって気楽でいい、ともおっしゃる。

「最初はおもしろさとかを狙っていたんですよね。
 でも、今なんか1ページ10分かそこらで終わる。
 ちょっとの時間で何の意味もなくどっと描いて、
 それで1ページが終わるじゃない?

 意味なく描いて終わったときの画面の雰囲気が
 どうなっているかを時々見るのもおもしろかったり。
 だからひとつひとつのガイコツの意味よりなんて
 今はまったく考えずに描いていますね。
 ペンのインクの出方やいつペンを変えるか、とか
 スケッチブックの紙、インクの種類や出かた、
 そういう『じぶんがこうやりたい』とかとは
 関係のない要素がすごく関係ある。
 電車が混んでるか空いてるかとかの
 その場の雰囲気もちょっと関係してます」

次にぼくが続けて尋ねたのは、変な質問だが
そんな中で田中さんが何をやりたいのか、だった。


(つづく)

2000-02-08-TUE

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