POMPEII

第2回 パーフェクト

ガイコツの絵を描いた
田中靖夫さんの仕事場に行って
ぼくがそこで見たものは……↓





ゴキブリのオブジェだった。
針金でできている。笑うしかなかった。
これ、目の前で見るとほんとうにゴキブリなの!
そんなのがわさわさビニールの箱に入っていたの。

「ぼくの仕事のなかでパーフェクトという形に
 なっているのは、今のところこれしかないんです」

田中さんはぽつりぽつりと語りはじめてくれた。
その手にはニッパーと針金を持っている。
針金を曲げて、時々パチンとニッパーで切る。
「ひさしぶりにつくるなあ」
「ああ、もう1回巻くんだな」
針金は数分のうちにゴキブリになっていた。

「このゴキブリにはぼくは妙に自信があるんです。
 『妙に』というか『絶対に』自信がある。
 フォルクスワーゲンのビートルズって
 妙なかたちをしててそれにこだわってるじゃない?
 あれに近いような気持ちというか、
 『あの色とこのかたちで、もう完璧だよね』って。
 ぼくとしてはこれに関しては完璧なんだよね。
 どこに持って行ってもわかりやすいし、強いし、
 あげやすいし。針金だったものがこういうものに。
 ぼくはもともと工業デザイナーだったから、
 工業デザイン的なものが好きなんです。
 
 ものをつくる材料やモチーフや
 つくりこんでいったプロセスがあって、
 それはなかなかこのゴキブリのようにはいかない。
 何かが欠落しちゃう。例えばこのゴキブリを
 ニューヨークでつくろうと思っても、
 こういう針金の材料がないわけ。
 日本ならそこらへんの金物屋にすぐ売っている。
 それに、例えばこうやって巻いてあるけど、
 これが逆巻きだと逆の向きに使わなきゃいけないから
 針金の巻き方ごと全部戻してやらないといけないの。
 売っているところによって品が違っているけど、
 これはもうつくっていく作業に完全に合った
 針金になっているからね。色ツヤとかも含めて」

完璧さについて、もうすこしきいてみる。

「以前に工業デザインをやっていたので
 ぼくは手順も気になるほうなのですが、
 その作業手順の点についてでも
 このゴキブリに関しては
 もうこれ以上直しようがないんです。
 つくっているときの気分も直しようがないし、
 手触りとか、いろんな意味でパーフェクトという。
 背中の針金の巻きかたも『これは7回だ』とか、
 このへんをどうおさえるとこういうカーブが出るとか
 もうすべてが完璧に決まっているんです。直せない。
 ただの針金があるところで突然ゴキブリになる、
 その瞬間がけっこういいと思いますね。
 『あ、これはこういう風につくればいいんだ』
 これの場合はある日にわかったんです」


ほぼ日紙袋とゴキブリ

うらがえしてみた

「足も、こっち側の足がこういってこういって。
 戻してひゅっとぎざぎざみたいなのがあって。
 ここは卵を産む産卵管というのがあるような、とか、
 今度後ろ足がここにこうだとか考えてつくって。
 実際のゴキブリはこうはなってないけど、
 これはゴキブリに見えるし、巻き数などの
 基本のデザインはまったくおなじになります。
 それを一回一回おんなじくらいのペース、
 4分から4分50秒くらいでただただつくれるんです。
 そういうのをぼくは目指しているというか
 自分にとっての理想の仕事としているわけです。
 これ以上かたちを変えられないような
 完璧さが……あ、そう言ってしまうとおかしい。
 そんなにそれほどぼくは大事なこととは
 思っていないんですけど……言葉って変ですね」

静かに語ってくれる田中さんの言葉に、
ぼくはもう少しつづきをききたくなった。


(つづく)

2000-02-05-SAT

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