|
<ほぼ日読者のみなさんへ>
再びジダンを書くことを
許してください。
85分間のジダン
JR菊名駅のホームは人で溢れかえっていた。
ほとんどの客は隣の新横浜に向かう乗り換え客だ。
電車が滑り込む。ドアが開くと競って車内に体を押し込む。
通勤ラッシュ並の混雑だ。
なぜこれほど混んでいるかわかっているほとんどの客は、
一駅だけ我慢すればと静かに耐えている。
が、いつも同じ時間帯に利用している人にとっては
驚くべき状況のようだった。
身動きがとれない中で、
ひとりの男性が大きな声を上げた。
「なんでこんなに混んでるんだよ。祭りでもあるのか」
そう、祭りが始まろうとしていた。
トヨタカップ、スペインのレアル・マドリッド対
パラグアイ、オリンピアの一戦だ。
クラブチーム世界一を決める試合だった。
ヨーロッパチャンピオンと南米チャンピオンが
一発勝負でトップを決める年に一度の祭りだ。
一流選手は今では
ほとんどヨーロッパのクラブチームに集まるため
昔のような世界一決定戦という意味合いは薄れたとはいえ、
ワールドチャンピオンという称号を
欲しくないわけがなかった。
僕にとっては、大げさに言えば
復讐戦という意味合いもあった。
9月にジダンを見にスペインに行き
試合を観戦するまではよかったが、
停電というアクシデントで
43分間しか観られなかったのだ。
おまけに払い戻しもなし。
僕の夏休みを返してくれと大いに恨んだものだった。
新横浜駅を降りてスタジアムに向かう。
人の波に身をゆだねながら15分ほど歩く。
最後に横浜国際競技場に来たのは
ワールドカップの時だった。
あの時の熱狂と比べると信じられないくらい静かだ。
もちろん自国のチームではないこともあるだろう。
だが静けさの中でかえってあの時の熱気が
いかに凄まじかったかを思い知ることになった。
じきにライトアップされた巨大なスタジアムが見えてきた。
僕はこの横浜国際競技場が嫌いだった。
まず観客席とグランドの間に陸上のトラックがある。
つまりサッカー専用スタジアムではない。
さらにスタジアム自体が大きすぎるうえに
観客席の勾配がなだらかなため、選手までが遠いのだ。
どこか手の届かない所で試合が行われているようで、
選手との一体感を持ちにくいのだ。
これまでこのスタジアムの一階席、
しかもかなりいい席で何度か観たこともある。
だがその時ですら、なんて観にくいんだと感じたほどだ。
今回の席は2階席。
期待してなかったが、座ってみて驚いた。
グランドまでの遠さを感じない。
しかも高いところから見下ろす感じで、
選手の動きの全体が自然と目に入る。
席は西側の2階10列目、
コーナーキックを蹴る角の丁度真上あたりだった。
2階席は勾配が急であるのも
観やすくしている要因のようだった。
このスタジアムで初めて観やすい場所を
発見し気をよくしているとき、
レアルの選手が揃って出てきた。
純白のユニフォームだ。
ウォーミングアップのあと
ボールを回して体をほぐしていく。
ロナウド、フィーゴ、ロベルト・カルロス、ラウル、
そしてもちろんジダンの姿もあった。
2年前のトヨタカップ。
レアルはアルゼンチンのボカ・ジュニアーズに負けた。
国立競技場で観たのだが、ロベルト・カルロスの
早い動きとロングシュートには驚かされた。
だがフィーゴもラウルも調子を上げることが出来ず
あっけなく敗北。
試合直前に来日したレアルのメンバーは疲れも見られ、
早めに日本に入りゆっくり調整したボカに
体力でも意気込みでも負けていた。
当時からレアルはスーパースターのチームだったが、
今ほどのメンバーが集まるとは
当時誰も予想していなかった。
去年ジダンが加入し、
今年になってロナウドまでチームの一員になったのだ。
だがスペインのリーグでは
不本意な成績が続いている。
クラブ結成100年という節目の年でもあり、
さらに来年はタイトルがとれない可能性も考えると、
どうしてもこのトヨタカップをとっておきたいのだろう。
早めに来日したことがクラブとしての意志を物語っていた。
スターティングメンバーのが発表されるたび、
観客からどよめきが起きた。
一部の選手のケガやロナウドの風邪も心配されていたが、
レアル・マドリッドはベストメンバーを揃えた。
あきらかに今回は本気だった。
試合が始まる。
観客は息をこらして世界のプレーを見守る。
静寂の中でサッカーが行われていた。
3ヶ月前に観たスペインでのレアルの試合とはまるで違った。
うるさくて耳をふさぎたくなるような雰囲気の中で
プレーすることに慣れているであろう選手たちが、
戸惑うのではないかと心配になるほどだった。
だが僕も含めて観客たちの多くは
超一流のプレーを堪能していた。
応援のための応援がないかわりに、
いいプレーを観たときに起きる自然などよめきは
試合中途切れることがなかった。
試合はまるでサーカスを観ているようだった。
レアルの選手は自在にパスを回しあった。
相手の選手にしてみればおちょくられているかのように
気持ちいいくらいパスが通る。
オリンピアの選手はレアルの攻撃力を警戒する余りか、
ボールを持った選手に
すぐ近づいての早いつぶしを仕掛けない。
あるいはレアルの選手がワンタッチで
パスを回すために難しいのかもしれない。
プロレスで双方が技をかけ見せ場を作るかのように、
レアルのスーパースターたちはそれぞれの技を見せた。
フィーゴはドリブル突破を何度もはかり、
ピンポイントのセンタリングを上げる。
さらに今回は果敢にゴールも狙っていた。
2点目のグディーのヘディングも
フィーゴの絶妙なセンタリングから生まれた。
ロナウドは、ボールを持ったときの早さを見せつけた。
一点目、ロベルト・カルロスからの早い低いボールを
走り込みながらいとも簡単にやわらかく止め、
相手バックスを交わして
ゴール右隅にあっさりと決めた瞬間は、圧巻だった。
その後何度かゴールをはずしたものの、
まさにフォワードという仕事を見せつけられた。
ロベルト・カルロスは
なぜ好不調がないのだろうといつも思わせる。
この試合でも駆け上がっての早いセンタリング、
ロングシュート、
局面をかえる長いパスの正確さに
スタジアムは何度もどよめいた。
ラウルは献身的だった。
ロナウドが来るまでラウルは押しも押されぬエースだった。
今回のラウルはもろん自分でもゴールを狙っていたが、
むしろロナウドのお膳立てをする役を
強く意識しているように見えた。
一点目、ロベルト・カルロスの早いパスを
ラウルがバックスを引きつけながら触らず、
受けたロナウドがゴールを決めた。
もしラウルが俺がエースだとばかりボールを止めていたら
ゴールは生まれなかったかもしれない。
さらに前半の終わりにも決定的なシーンを演出した。
ジダンから中央でパスを受けたラウルは、
右足でゴール前にスルーパス。
左から走り込んだロナウドがフリーになる場面があった。
ロナウドがはずし得点にはならなかったが、
まるでMFのようなラウルの献身ぶりが際だっていた。
ポジションがロナウドより
下がり気味だったためでもあるが、
チームプレーに徹している姿が目を引いた。
もうひとりの立て役者は
ゴールキーパーのカシージャスだった。
試合開始直後ゴール前でイエロの足にあたったボールが
オウンゴールになりそうな時も、すばやく反応して防いだ。
その後も再三にわたって好手を見せ完封した。
さらに中盤のマケレレ、カンビアッソも
ボールを前線に送りだし続けた。
そしてジダン。
この日のジダンは
決して調子がいいわけではないようだった。
というよりも、終始『遠慮がち』に見えた。
ドリブルで持ち込んでそのままシュートを放ち
大きくゴールをはずす場面があった。
蹴る直前にその先にロナウドの姿を感じたようだった。
ロナウドにパスもという一瞬の迷いが
タイミングを狂わせたのかもしれなかった。
またゴール前でロベルト・カルロスから
パスを受けたときも自分ではシュートせず、
再びロベルト・カルロスに戻して
大きなチャンスを逃した。
自分が決めるというよりも、
自分以外の誰かを活かそうとしているように思えた。
選手たちはレアルに来ると
ある種の重圧から解放されるという。
自分がやらなければと
日々重い責任が肩にかかっている選手も、
レアルに移るとその重圧を
何人ものスーパースターたちで分散できるから、
というのがその理由だ。
フランスワールドカップでのジダンは、
まさにフランスを引っ張っているという
強烈な意志が感じられた。
そのジダンはレアルには居ない。
もちろんジダンらしさを感じさせる瞬間もあった。
たとえば前半36分過ぎに見せたボールさばきだ。
中盤でカンビアッソからパスを受けたジダンは、
時に足の裏を使って微妙に方向を変えながら
右足と左足の間でボールを操り、
相手の2人の選手の間を抜いて
フィーゴにパスを通したのだ。
ジダンの間(ま)の取り方は他の選手と違う。
何かが違うのだ。
相手の選手はタイミングが合わず、
いつの間にか抜かれてしまっているのだ。
ひょろっとした長身で両足と足の裏を使い、
360度どこにボール出るかわからない。
ロナウドのような早さではない。
間(ま)なのだ。
ジダンは後半の40分にベンチに下がった。
大きな拍手で迎えられての交代だった。
そして試合は終わり、レアルにトヨタカップが授与され、
選手たちは勝利の雄叫びをあげ、
ウイ二ングランで観客を湧かせた。
僕はなぜかチャンピオンズリーグの決勝を
再び思いおこしていた。
2002年5月に行われた
レアル対レバークーゼンの試合だ。
ヨーロッパ最強のチームを決めるこの試合で
ジダンは1対1で迎えた前半45分、
ロベルト・カルロスが浮かせた球を
左足で芸術的なボレーシュートを決めた。
これが決勝点となりレアルは
チャンピオンズリーグのタイトル
(すなわちトヨタカップの出場権)を獲得し、
ジダンはMVPを受賞した。
ウイニングランでレアルの選手たちは
全身で喜びを表現した。
長い戦いを勝ち抜いた末の勝利だということもあるだろう。
だが彼らが歓喜のまっただ中にいたのは、
それが事実上の世界一のクラブチームを決める
試合だからだ。
国としての最高の栄誉がワールドカップ優勝ならば、
クラブチームにとっての最大の栄誉は
チャンピオンズリーグ優勝なのだ。
決してトヨタカップではない。
チャンピオンズリーグのウイニングランが
歓喜の素直な表現だとすると、
トヨタカップのウイニングランは儀式であり、
勝って当たり前の試合に勝てた安心感の発露でもあった。
おそらくトヨタカップの役割は終わっているのだろう。
レアルのプレーにしびれながらも、
一方でサッカーファンなら誰もが思っているであろう、
そのことを改めて感じていた。
ウイニングランに参加するジダンを目で追う。
表情は穏やかだった。
チャンピオンズリーグ優勝で見せた喜びの表情とは
まるで異なっているように思えた。
フランスワールドカップ優勝、
レアル・マドリッドという超一流クラブに移籍、
そしてチャンピオンズリーグ優勝。
すべての栄光を手に入れたジダンの中で
何かが変容しているのではないだろうか。
遠慮がちに見えたプレー。
ジダンはもはや自分を証明する必要はないのだ。
栄光を極めた選手の有り様としては
自然なことなのかもしれない。
30歳を迎えたジダンが、
そろそろ残りの選手生活を考え始めたとしても
不思議ではない。
スタジアムを離れる。人混みをかき分けて駅に向かう。
祭りは終わろうとしていた。

『勝者もなく、敗者もなく』
著者:松原耕二
幻冬舎 2000年9月出版
本体価格:1500円
「言い残したことがあるような気がして
口を開こうとした瞬間、
エレベーターがゆっくりと閉まった」
「勝ち続けている時は、自分の隣を
神様が一緒に歩いてくれてる、と感じるんです。
・・・たいていそういう頂点で負け始めるんです」
余韻を大切にした、9つの人間ノンフィクションですっ。
(ほぼ日編集部より)
|