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<ほぼ日読者の皆様へ>
きょうは
興味深い映画の話です。
セプテンバー11
『セプテンバー11』という映画がある。
アメリカ同時多発テロが起きた2001年9月11日。
その歴史的な一日をテーマに、
11人の監督が参加したオムニバス映画だ。
あの日。想像できないほど衝撃的な映像が、
世界に生中継で流れた。
貿易センタービルに航空機が突っ込み、
2棟のビルが相次いで倒壊していく様を
リアルタイムで映し出した。
「この出来事は人々に『様々な』、
しかし『異なる』思いを呼び起こしたはずだ」
そう考えたひとりのフランス人プロデューサーが、
世界の11人の監督に
自分の文化や記憶、物語、言語を見つめることを提案した。
「それぞれの監督は、9月11日とその前後についての
11分9秒1フレーム
(事件の日と同じ数字の並びとなる11’09’01)
の映画をつくる。
自分たちの祖国、自分たちの物語についての
憂慮と不安に基づいて熟慮を重ね、
事件をどのように受け取ったのかを自由に表現する」
11人は、イラン、フランス、エジプト、
ボスニア=ヘルツェゴビナ、
ブルキナファソ(西アフリカの国)、イギリス、
メキシコ、イスラエル、インド、アメリカ、
そしての日本の映画監督だ。
名前を聞いたことがあるとしたら、
日本の今村昌平監督(『黒い雨』の監督)、
アメリカのショーン・ペン氏
(俳優。今回は監督として参加。
歌手のマドンナの夫だったことでも有名)、
フランスのクロード・ルルーシュ監督くらいだろう。
考えてみれば、僕たちがふだん観ている映画は、
アメリカ、ヨーロッパ、アジア、
そして日本くらいのものだろう。
アフリカ、中東、南米などの映画に触れる機会は
ほとんどない。
だからこそ『セプテンバー11』は
何かを喚起するのかもしれない。
11人の監督はそれぞれの国の置かれた
経済的、宗教的、歴史的な状況をもとに、
多様な物語を紡ぎ出す。
テロの問題を正面から捉えたものから、
中にはこんなストーリーまである。
ブルキナファソの監督が作った映画だ。
「事件の後、ひとりの男の子が
自分の住んでいる村で
ビンラディン氏(にそっくりの男)を見かけた。
その後ビンラディン氏に
懸賞金が懸かっていることを知る。
その子は家が貧しくて病気の母親の薬代もないため、
友人を誘ってその“ビンラディン氏”を
捕まえようとするがうまくはいかず、
“ビンラディン氏”は飛行機で飛び立ってしまう」
ここにはテロ云々よりも、
きょうの生活費、母親の薬代のほうが切実という、
ブルキナファソの庶民が置かれている経済的問題が
ユーモラスに描かれている。
だが全体を観て感じるのは、
世界唯一の超大国アメリカへの複雑な感情だ。
登場人物の発する言葉を
いくつか拾い上げるだけでもそれが見て取れる。
「アメリカは自由と民主主義と寛容が原則のはずなのに、
他の文明を破壊している」(エジプトの監督の作品)
「アメリカが愛するのは、強者だけ。
高くそびえる塔やハリウッドのヒーローたち」
(フランスのクロード・ルルーシュ監督の作品)
「1973年9月11日。
同じ9月11日に起きたチリのクーデターは
アメリカに後押しされた軍部のテロだ」
(イギリスの監督の作品。アメリカが唱える正義の戦いは
他の国にとってはテロそのものだという思いを
主人公が抱いている物語)
今村昌平監督は、
第二次世界大戦から帰ってきた日本の兵士が、
戦場の凄惨さから精神的に病み、
家族や村に気味悪がられる状況を描いている。
兵士は戦場での習慣が染みついて
腹這いでしか前に進めず、
ネズミを捕まえて食べてしまう。
家族にまで「蛇だ」と後ろ指さされる。
物語は悲劇的な結末で終わるが、
今村昌平監督は「聖戦なんてありはしない」という
明確なメッセージを字幕にして伝え、
テロや戦争そのものを否定する。
この映画で印象づけられるのは、
正義はひとつではないということだ。
ひとつの出来事も、
どちら側から見るかで全く違う風景となる。
アメリカは、理想を掲げ
それに近づこうとするある意味で素晴らしい国だ。
しかし同時にそれを他の国にも押しつけようとする。
押しつけられた国からすると
アメリカがどんな国に見えるか、
容易に想像がつくはずだ。
ある調査によると、アメリカの24時間ニュースの
世界版であるCNNインターナショナルが
アメリカ以外のニュースを扱っているのは
全放映時間の2割。
一方でイギリスのBBCワールドニュースは
約8割をイギリス以外のニュースにあてている。
これは1986年の数字なのだが、
それ以降はさらに英米の差は開いているという。
アメリカのジャーナリストであるピートハミル氏は
著書『新聞ジャーナリズム』のなかで、
「アメリカ人は自分たちが世界の人々に
どのように思われているかについて
もっと自覚的であるべきだ」と述べている。
そしてジャーナリズムも
アメリカ国内ばかり見るのではなく、
世界を見るべきだと。
それについては日本のメディアも
偉そうなことは言えない。
海外のニュースは「僕たちの生活から遠い」として
敬遠する傾向にあるからだ。
同時多発テロから1年余り。
テロは収まるどころか再び相次いでいる。
260人の乗客が乗ったイスラエル機に
ミサイルが発射されたケニアの事件は
あの9・11の記憶を蘇らせた。
正義はひとつではない。
この当たり前のことを
『セプテンバー11』は改めて教えてくれる。

『勝者もなく、敗者もなく』
著者:松原耕二
幻冬舎 2000年9月出版
本体価格:1500円
「言い残したことがあるような気がして
口を開こうとした瞬間、
エレベーターがゆっくりと閉まった」
「勝ち続けている時は、自分の隣を
神様が一緒に歩いてくれてる、と感じるんです。
・・・たいていそういう頂点で負け始めるんです」
余韻を大切にした、9つの人間ノンフィクションですっ。
(ほぼ日編集部より)
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