『ぼくは見ておこう』
松原耕二の、
ライフ・ライブラリー。

<ほぼ日読者の皆様へ>

こんにちは。
きょうはインタビューについてです。


『どこで』何を

まだ駆け出しの記者のころ、
ふたりの世界的俳優にインタビューする企画を
作ったことがある。
ハリソン・フォードとジャンヌ・モローだ。

今から16年ほど前のことだから、
まだニュース番組でそうしたヤワネタ(柔らかいネタ)を
取り上げるなどあまりなかった時代だ。
ダメモトで企画を出したのだが、
当時の夕方ニュースの編集長が
おそらく映画好きだったことが幸いしたのだろう、
新人記者の提案はあっさりと通った。
東京国際映画祭が
初めて開かれるタイミングでの取材だったため
「これは立派なニュースだ」とうそぶいてはいたが、
何のことはない、
来日するハリソン・フォードとジャンヌ・モローに
会ってみたかったのだ。

朝9時、都内のホテルのスウィートルームのドアを
ドキドキしながらノックする。
出てきたハリソン・フォードは
パリッとしたスーツ姿で迎えてくれた。
とっくに起きて
すべての準備をひとりで終えている様子だった。
こちらの力不足もあってインタビュー自体は
うまくいったとは言えなかったが、
ハリソン・フォードは物腰も語り口も柔らかで
終始ジェントルマンだった。

別の日の朝9時。
やはり都内のホテルの
スウィートルームのドアをノックした。
出てきたのはジャンヌ・モローの付き人の
フランス人女性だった。
「しばらく待っててくれ」と言われ
リビングに通される。

カメラをセットをしているときだった。
ジャンヌ・モローの姿がドアの向こうにわずかに見えた。
バスローブ姿で髪はぼさぼさ、
寝起きの疲れた表情には深い皺が刻まれていた。
記憶の中にある銀幕のスター、ジャンヌ・モローとは
ずいぶんかけ離れて見えた。
30分は待っただろうか。
ドアが開いて現れたジャンヌ・モローは
茶色っぽいスーツを着ていた。
化粧はしていたが疲れた様子に変わりはなかった。

だがカメラが回った途端に、雰囲気が一変した。
何というか、突然女優になったのだ。
表情はいきいきとし、どんな質問にも余裕を持って答えた。
貫禄に圧倒されて話した内容はほとんど忘れてしまったが、
ひとつだけ記憶に残っている場面がある。
新しい作品や演技について訊いたあと
こう問いかけてみた。
「なぜあなたはこれほど長い間、
 世界のスターでいられるのでしょう」
ジャンヌ・モローはゆっくりと穏やかに、
しかしきっぱりと言った。
「私はジャンヌ・モローよ」

右も左もわからないまま
インタビューに出かけた当時を思いおこすと
無謀さに冷や汗が出るが、俳優と言えば、
インタビューの本質のひとつを
改めて教えてくれる番組がある。
『アクターズスタジオインタビュー』だ。
アメリカのプロダクションの制作で、
日本ではNHKが不定期で放送している。

アクターズスタジオはニューヨークにある
俳優や監督、脚本家などの養成学校で、
ロバート・デ・ニーロやマリリン・モンローなど
数々の大スターを輩出している。
そのアクターズスタジオが
授業の課程修了記念の行事として行う
有名俳優や監督のインタビューを
番組にしているということだが、
これが実に面白い。

たとえばジュリア・ロバーツ、メグ・ライアン、
スティーブン・スピルバーグ、メリル・ストリープ、
ケビン・コスナー、ショーン・ペンなど
世界に知られた大スターや監督が出演する。
番組内容は公開インタビューのようなものだ。
ステージの上にゲストが座り
向かい合うインタビュアーが次々と質問をぶつけていく。
観客席には座るのは
アクターズスタジオの生徒ばかり100人ほど。
ゲストはインタビュアーの質問に答えるのだが、
時に観客席の学生たちに向かって語りかける。
番組の後半には、
ゲストがステージを降りて
学生たちの前に座り彼らの質問に直接答えていく。

俳優のインタビューなど別に珍しくもない。
だがこれまで見たどの番組よりも
招かれる俳優たちがリラックスして
自由にそして本気で話しているように見える。
すると彼らの素顔が垣間見え、
自分の言葉を発するから不思議だ。

なぜこの『アクターズスタジオインタビュー』は
面白いのか。
まず、インタビューを受けるのが
世界的な俳優たちで
いわば自己表現のプロたちであることが大きいだろう。
また、インタビュアーが良質であることも
欠かせない理由のひとつだろう。
ジェイムズ・リプトンという男性で
低い声で落ち着いて
ひとつづつ丁寧に訊いていくのが特徴だ。
映画評論家といったところなのだろうか、
質問は的確、しかもほどよい距離感で
相手に敬意を払っている姿勢が見て取れる。
即興で思わぬ話を引き出すというよりも
どの話題を振るといい話を引き出せるか調べあげ、
おそらくプランを練って組んだ質問内容を
順番にぶつけていっているのだろう。

だが、おそらくこの番組が魅力的である最大の設定は
アクターズスタジオの生徒が
間近で見つめていることだろう。
皆将来、俳優や監督、脚本家の卵たちで
彼らにとってゲストは自分たちの目標とすべき人たちであり
あこがれの成功者であるはずだ。

聞いている生徒たちの驚くほど真剣な眼差しを見ていると
目の前にゲストがいることが
彼らにとって至福の瞬間であり、
何かを必死で学びとろうとしているかがわかる。
そんな視線の中でゲストは自らを語るのだ。
彼らの思いに答えようと真剣になるかもしれない。
彼らの視線で自分が成功者であることを
確認するかもしれない。
あるいは後に続こうとしている若い世代に
何かを伝えようと思うかもしれない。

インタビューにとって『何を』訊くかと同じくらい
『どこで』訊くかが重要であることを
この番組は教えてくれる。
話しやすい環境を用意することで
インタビューを受ける側は思わぬ言葉を
発したりするものだ。
人がわざわざ自分のことを話すのだ。
そんな特別なことをしてもらうのだから
出来るだけ環境を整えるのは
インタビューをする側の責任だろう。

我が身を振り返れば
日々の仕事のほとんどのインタビューは
そこまで考える余裕もなく
どこでも訊ければラッキーといった類のものだ。
ジャンヌ・モローは
指定された彼女の部屋でのインタビューだった。
しかも朝早い、彼女にとっては最初の仕事だったことが
世界的女優のカメラの前での変化を
垣間見る機会を与えてくれたとも言えるだろう。
だがどこで訊こうが、新米記者が
貫禄負けするのは目に見えている。

「私はジャンヌ・モローよ」
思い出すと今でもゾクゾクする。






『勝者もなく、敗者もなく』
著者:松原耕二
幻冬舎 2000年9月出版
本体価格:1500円


「言い残したことがあるような気がして
 口を開こうとした瞬間、
 エレベーターがゆっくりと閉まった」

「勝ち続けている時は、自分の隣を
 神様が一緒に歩いてくれてる、と感じるんです。
 ・・・たいていそういう頂点で負け始めるんです」


余韻を大切にした、9つの人間ノンフィクションですっ。
(ほぼ日編集部より)

2002-11-12-TUE

TANUKI
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