『ぼくは見ておこう』
松原耕二の、
ライフ・ライブラリー。

<ぼぼ日読者のみなさまへ>
ご無沙汰しています。
きょうは
ワールドカップです。
僕の神、ジダンです。



神の孤独

王者がこれほどまでに苦しめられる姿を
誰が想像しただろう。
それはワールドカップで最初に出場を決めたチームと、
最後に出場を決めたチームとの対戦だった。

前回優勝した瞬間、
つまり4年前にすでに次の切符を手にしたフランス。
自他共に認める王者だ。
片や出場32カ国中32番目の切符を
大会6ヶ月前にやっとの思いで手に入れたウルグアイ。
強豪ひしめく南米予選でなんとか5位につけ、
オセアニア代表のオーストラリアと決定戦に臨んだ。
ホーム&アウェー方式2試合の最初の試合で負け、
次のまさに最後の試合で勝利し得失点差で決めたのだ。
ワールドカップ予選で
最も壮絶な試合と言ってもいいだろう。

王者フランスに対し、
追いつめられながら時に
狡賢く生き残ってきたウルグアイが挑んだのだ。

僕にとって今回のワールドカップは
フランスのジダンの大会だった。
ジダンのプレーを競技場で見てみたい。
それが数年越しの思いだった。
前回のフランス大会の決勝で
2点を決めて優勝に導いたことで、
ジダンは世界中に名の知られるスーパースターになった。
だが僕にとってジダンが特別の選手になったのは
その後のある記事がきっかけだった。
ジダンのチームメイトの証言だ。
「試合中もジダンのプレーに見とれて
 足が止まってしまうことがある」 

テレビや競技場で
他の選手のプレーに釘づけになってしまうことは、
プロのサッカー選手でもあるのだろう。
だが同じチームメートが試合中にしばし見とれて
足が止まるほどのプレーとはどれほどのものなのか。
そしてそう思わせるジダンは他の選手とどこが違うのか。

それ以来ジダンの試合は意識して観るようになり、
多くのファンと同じように僕にとってジダンは
いつの間にか特別の存在になっていった。
もちろんテレビの前で
そのプレーに見とれることも幾度となくあった。
そのジダンが日本でプレーする。
ワールドカップが近づくにつれ
ジダンのプレーを直接観てみたいという気持が
高まっていった。

韓国で行われたフランスの第二戦、
ウルグアイとの試合を僕は行きつけの小料理屋で見た。
ビールを飲みながら片隅にある小さなテレビを見つめた。
他にお客はひとり。
女将さんもカウンターに座って一緒に観戦した。

仕事を終えて急いで駆けつけた時は
すでに試合が始まって5分ほどが経過していたためだろう。
先発メンバーやジダンの動向はすでに伝えられた後で、
当然のことながらアナウンサーは
試合の実況に終始していた。
ジダンは痛めた左太股が回復せず試合には出ていなかった。
第一戦ではベンチにいるジダンの悲しげな表情が
何度となく映し出されたのだが、
なぜかこの試合ではジダンの顔が映ることはなく、
うつろな目で試合を見つめる
フランスのルメール監督の顔ばかり
中継カメラは捉えた。

ジダンはどこにいるのか。
僕はそればかりが気になり始めた。
ベンチに居れば当然中継カメラは
その表情を撮すのが普通だろう。
ということはベンチには座っていないということだ。
それならばどこにいるのか。
ケガをしているのは同じなのに、
なぜ一戦目はベンチに入りながら
二戦目はベンチに入らないのか。
そこに今のフランスチームが直面している何かが
あるのかもしれない。
僕は試合を観ながらそんな思いに捕らわれ始めていた。

試合はジダンの代わりに入ったミクーが
全くといっていいほど機能せず、
王者の試合と言うにはあまりにお粗末な展開が続いた。
しかもフォワードのアンリが反則で退場。
10人で戦うことを余儀なくされる。
フランスを次々と襲う呪われたような仕打ちに
客と女将さんからも思わずため息が漏れる。
10人なのによく攻めたという言い方も出来るかもしれない。
ひとり少ないことは
ひどくチームのバランスを壊すものなのだろう。
だがゴールの前にとりあえずボールをあげては、
何か起きることを祈っているような単調な攻めの連続に
王者の風格はなかった。焦れば焦るほどゴールは遠くなった。

一方のウルグアイも必死だった。
この試合に負けると
やはり予選敗退が色濃くなる状況だったが、
フランスよりも余裕が感じられた。
それどころか王者に立ち向かっていることが、
かえって彼らのモチベーションを高めているように思えた。
ちょっと日本人のような風貌をしたレコバは、
目の覚めるようなパスやシュートを再三披露した。

だがプレーは汚かった。
ウルグアイのダリオシルバは明らかな反則、
時に危険なプレーを何度となく見せた。
アンリが退場なら、
明らかにダリオシルバも退場だという
ラフプレーも何度かあった。
さらにイエローカードをもらった選手は
次々と替えていく。
もう一枚もらえば退場でひとり減ってしまうので、
反則が出来る新しい別の選手を
送り込んでいるように見えた。
それも戦術のひとつと呼べるのかもしれないが、
ウルグアイは明らかに悪役だった。
だが彼らにしてみれば、
これがぎりぎりの戦いで
はい上がってきたチームだからこその、
なりふり構わぬ戦いぶりなのだろう。

ある意味ウルグアイがタフに見える一方で、
フランスはあまりに弱々しかった。
シュートをはずしたフォワードのトレセゲは
なぜか顔をゆがめながら笑っていた。
後半ベンチに下げられると、
トレセゲは怒った顔をしてベンチによらずに
そのままロッカールームに引っ込んだ。
ルメール監督の顔が映る。
やはりうつろな、瞳孔が開いたような目をしている。
フランスに何かが起きていた。 
 
試合はそのまま終わった。
ゼロ対ゼロの引き分け。
イタリアセリエAの得点王、
イギリスプレミアリーグの得点王、
フランスリーグの得点王、
世界を代表するプロリーグの3人の得点王を擁しながら、
フランスはワールドカップが始まって
まだ1得点も上げてなかった。

呆然とした表情で選手たちは引き上げていった。
テレビではアナウンサーがフランスの絶体絶命を叫び、
解説者とゲストがショックを隠しきれない様子だった。
東京のスタジオと競技場の放送席とが、
単調な沈んだキャッチボールを繰り返した。
その時だった。
画面に初めてジダンの姿が映し出された。
ゆっくりとうつむき加減で歩いてきて
バスに乗り込む姿をカメラが正面から捉えていた。
胸にフランスと書かれたジャージ姿、
左足をわずかにかばっているような歩き方だった。
他の選手たちはまだバスに乗り込んでおらず、
がらんとした車内にジダンはひとり足を踏み入れた。
ジダンはやはり競技場の中にいたのだ。
ベンチに居ずともどこかで試合を見つめていたのだ。

後に報じられたことだが、
ルメール監督はジダンにホテルで観るように命じたが、
ジダンは競技場内の一室のモニターで試合を見たという。
交代させられたトレセゲは監督のいるベンチによらず、
そのままジダンの所に向かったという情報もあった。
もし報道が正しいとしたら、
なぜルメール監督はジダンにホテル待機を命じたのか。
競技場に来ない方がいいほど痛めた足の状態が悪いのか。
それであればなぜ、初戦はベンチに入ったのか。

それともジダンがベンチに入ると
選手たちがいつの間にかジダンに頼ってしまうからか。
あるいは逆に、出られないのにベンチに居ることで
かえってジダンという神の不在を選手たちが
強く意識してしまうからだろうか。
または選手たちが
みなジダンの方を向いていたのかもしれない。
ルメール監督ではなくジダンの方を。
チームは誰が統制しているのかわからない
あいまいな状態に陥るのを少しでも避けるために、
監督はジダンにホテル待機を命じたのかもしれなかった。

第三戦は痛めた足をかばいながらジダンが出場したが、
結果はデンマークに0対2で敗北。
ジダンのケガが完治していなかったことが
大きかったには違いない。
だがすでにフランスチームのなかに生まれていた断層は、
ジダンの出場というだけでは修復できないほど
深くなってしまっていたのかも知れなかった。

フランスチームになにがあったのか。
なぜかくも一勝どころか一点すら入れることもできず
一次リーグを敗退したのか、本当のところは誰にもわからない。
敗北は様々なことが複雑にからみあった結果だろう。
日本の梅雨を避けるため
ワールドカップを通常より早めた結果、
ヨーロッパの厳しいリーグ戦を戦ってきた選手には
かなりきついスケジュールであったことも確かだろう。
ただジダンの言うとおり
「ピッチの中で起きたことがすべて」
だとすると、
勝つための何かが欠けていたとしか言いようがない。
一次リーグ敗退が決まった後ルメール監督は言った。
「韓国に来る前にもいろいろトラブルがありました。
 体調も万全ではありませんでした」
通訳がどこまで正確に伝えているかはわからないが
トラブルは何を意味するのだろう。

前兆はワールドカップ前からあった。
フランスはジダンが妻の出産で不在の時、
親善試合でベルギーと対戦して敗れた。
やはりジダンが居なければダメだ。
そんな声を選手たちも監督も漏らした。
ジダンを2試合欠いたまま勝ち抜いた
前回のワールドカップ当時のフランスとは
明らかに違っていた。
 
「ジダンは快感だろうね」
ウルグアイとの試合が終わったあと、
一緒に観ていた小料理屋の客が言った。
「だって自分がいないとチームは
 やっぱりダメだと証明されたわけだからね」
そうだろうかと僕は思った。
そしてジダンがフランス代表になったころのことを
ふと思い出していた。

前々回のワールドカップ、フランスは予選で敗退した。
2大会連続だった。
プラティニという世界的なスターを擁し
80年代を通して世界の強豪だったフランスは
見る影もなかった。
そんなフランスを引き継いだエメ・ジャケ監督が
最初にしたことは、
神の様な存在だった
プラティニの亡霊を消し去ることだった。
プラティニチルドレンとも呼ばれ
絶対的な存在となっていた中心選手を思い切ってはずし、
大幅な若返りとサッカーの近代化を図ったのだ。
そこに若きジダンがいた。

そして8年。
おそらく今のジダンは
プラティニ以上の存在になったと言ってもいいだろう。
そこにジダンの深い孤独があるように思える。
ひとりの人間が居ないとダメだという意識が
植え付けられたチームが
強い集団と言えるだろうか。
決して快感などジダンは感じてはいないはずだ。

フランスは8年前と同じように
次のワールドカップを見据えて、
新しいチーム作りを始めるだろう。
ジダンを残して出直すのか、
それとも歴史は繰り返すのか。

ジダンは3年後の引退をにおわせている。
そして4年後のドイツワールドカップの時、
ジダンは34歳になる。






『勝者もなく、敗者もなく』
著者:松原耕二
幻冬舎 2000年9月出版
本体価格:1500円


「言い残したことがあるような気がして
 口を開こうとした瞬間、
 エレベーターがゆっくりと閉まった」

「勝ち続けている時は、自分の隣を
 神様が一緒に歩いてくれてる、と感じるんです。
 ・・・たいていそういう頂点で負け始めるんです」


余韻を大切にした、9つの人間ノンフィクションですっ。
(ほぼ日編集部より)

2002-06-18-TUE

TANUKI
戻る