三谷幸喜脚本の8時間ドラマ 『わが家の歴史』を、 観ると決めた。

糸井 そうそう、あとは、
ラブシーンがよかったです。
ラブシーンはぜんぶ素敵でした。
重岡 あ、ほんとですか。よかった。
糸井 大人っぽいやつも、
プラトニックなのも、
ことごとく素敵でした。
ラブシーンを書くにあたっては、
なにか意識されましたか?
三谷 僕はあんまり恋愛ものって
書いたことがないんですね。
今回、ジャンルとしては家族ものだし、
まさにホームドラマではあるんだけども、
フジテレビの50周年企画ということもあって、
とにかくいろんな要素をぜんぶ
詰め込んでしまおうと思っていて。
糸井 はい。
三谷 だから、ヤクザっぽい話も出てきますし、
歴史的なエピソードも入ってきますし。
で、そのなかには当然、
恋愛ものも入ってくるべきですし。
だから、自分としては、
こんなシーンを書くのってはじめてだな、
という場面がたくさんありましたね。
糸井 ああ、そうですか。
三谷 たとえば、
松本潤さんと長澤まさみさんが
キスとするところで、
長澤さんはお金持ちの娘で、
松本潤さんは貧乏な家の子どもなんですけど、
松本さんが彼女を家に送ってあげて
別れ際、門の鉄格子ごしにキスをする、
みたいな場面があって。
糸井 はい、はい。いいですね、あそこ。
三谷 僕のイメージでは、
こう、ふたりの真ん中に鉄格子があって、
ちょうどそこの隙間に
ふたりの顔が寄っていって、
チュ、っていうふうにさせたかったんですが。
糸井 そうじゃなかったですね。
三谷 はい。
松本潤さんが、顔を、ものすごく、
だぁーっと突き出してしまって。
一同 (笑)
糸井 そうそうそう、あれがいいんだ(笑)。
三谷 あれ、よかったですか。
糸井 よかったですよ。
おもしろいだけじゃなくて、
好きなのに、あんな門が間にあったら
ああするしかないかもなぁって思って、
ちょっとジーンとしちゃった。
かっこよくはないんだけど、
その不手際が、いいんですよ。
三谷 よかったんですね。
糸井 よかったです‥‥あれ?
じゃ、あれも台本じゃなく?
重岡 あの、美術のスタッフが、
本格的な門をつくりすぎてしまって。
一同 (笑)
糸井 ああー、厚みをつけすぎちゃったんだ(笑)。
重岡 ええと、具体的にいうと、
縦と横の柵だけじゃなくて、
ななめのものもつけてしまったんですね。
その、デザイン性を重視して。
糸井 「デザイン性」(笑)。
重岡 だから、そのまま寄っていくだけでは
顔がくっつかないんです。
だから、松本さんはこうやって、
首だけを亀のように
にゅーっと出してキスするしかなくて。
三谷 ああ、そういうことだったんだ。
重岡 そうなんです。門のデザインなんですよ。
糸井 原因は。
重岡 はい。だから、なんていうか、
きれいに唇がくっつくわけじゃなくて、
ガタガタガタってくっついてる。
そこが逆に生々しいというか。
糸井 そうそうそう。
重岡 なんか、
ヘンなキスシーンになっちゃったんです。
糸井 はぁー、そうでしたか。
でもね、結果的にあのシーンは
大名作になってると思いますよ。
というのも、あそこでの松本潤さんは、
恋愛に関してすごく素人じゃないですか。
重岡 そうですね。
糸井 で、ものすごく長澤まさみさんのことを
大事に思ってるし、長澤さんのほうは、
屈託なく「どうぞ」っていう
状態でいるわけですよね。
そのときに、まったく恋愛経験のない人が、
門から顔を出してチューしようと思ったら
柵がジャマして無理だった。
長澤さんはそのまま待ってる。
そしたらね、真っ直ぐな人だからこそ、
もう一回乗り出して、
不手際だろうと亀のように顔を出して
チューをするだろうと思うんです。
だからね、そんなことをさせる脚本家って
すごいなぁと思ってたんです。
重岡 ふふふふふ。
三谷 しかし、そんなことは台本には書かれてない。
一同 (爆笑)
三谷 僕は単純に、ほら、昔の映画で、
ガラス越しにキスする
場面ってあるじゃないですか。
糸井 はい(笑)。
三谷 あれをなんかこう
門の柵でやるといいかなと。
ロマンチックかな、ぐらいしか
考えてなかったんですけどね。
‥‥まさかあんな名場面になるとは。
一同 (笑)
糸井 ロマンチックだけじゃなくて、
いろんなものが表現できましたよね。
お屋敷の重厚感とかも(笑)。
三谷 そうなんですよ。
たとえば、あそこで、
長澤さんがもう一歩前に出てくれれば、
松本潤さんはあんなに
顔を出さなくてもいいんだけど‥‥。
糸井 いや、歩み寄りがないところが、
お嬢さんなんですよ。
三谷 そう、あれがいいんです。
糸井 いいんです。
「恋って、そうだろうよ」
っていう感じがするんですよ。
三谷 ‥‥‥‥結果的にね。
一同 (笑)
糸井 あの、「総合芸術」。
三谷 まさに「総合芸術」です。
糸井 あと、ラブシーンでいうと、
あそこもたまんなかったなぁ。
柴咲コウさんが
「抱いてください」って
言う場面があるじゃないですか。
三谷 ‥‥‥‥あれは‥‥ですね。
糸井 え! ‥‥「総合芸術」ですか。
一同 (笑)
三谷 あそこは、
佐藤浩市さんが浮気をして
柴咲コウさんがそれを知って、
で、まぁ、佐藤さんが謝るシーンなんです。
糸井 はい。
三谷 正直、かなり悩んだんです。
そういうシーンを書いたことがないから。
男は、ああいう場合、なんと言って謝るのか。
そして女は何と言って許すのか。
男の方はなんとなく思いついたけど、
柴咲さんのリアクションが出て来ない。
頭で考えるから、
どうしても理屈っぽいセリフになってしまう。
で、どうしようかなぁと思って
何回目かの、台本打ち合わせに
ま、とりあえず書いて持って行ったんですよ。
糸井 うん、うん。
三谷 当然、そこのセリフに関しては、
自分でも納得してない。
それで、打ち合わせのときに、
重岡さんと、もうひとりの、
プロデューサーの大多さんに相談したんです。
柴咲さんに何を語らせるか。
で、この場にいない人のことを
言うのはなんですけど、
その大多さんというのがですね、
なんというか、そういう場面に、
たいへん慣れている人でして‥‥。
糸井 ああ、豊富な経験をお持ちの人なんですね。
三谷 すっごく経験してる人なんですよ。
一同 (笑)
三谷 その人が言ったんですよね。
語らせる必要はない。
「抱いてください」の一言でいいと。
重岡 そうですね、はい。
糸井 つまり、そこも三谷さんじゃなかったんだ。
三谷 僕じゃないんです。
一同 (笑)
三谷 いや、あれは僕には書けない。
思いつかない。
糸井 たしかに、「抱いてください」って、
ありえないんですよね、
ふつうの三角関係だったら。
ふつうに考えるとあそこはむしろ、
「抱かないでください」になるんですよ。
三谷 うん。
糸井 男は「ごめん」って言ってるけど、
謝ることさえ腹が立つ、
わたしに触れないでくださいって
ふつうはなるはずなので。
だから、あそこで「抱いてください」って
言える人がいるとしたら、それはそうとう
「愛」の優先順位が高い人なんですよ。
つまり、プライドとか、常識とかじゃなく、
「愛」が重要だという人。
それを、正妻じゃなくて愛に生きている
柴咲コウさんに言わせるというのが
すごいなぁ、と思ったんですよ。
三谷 でもそれは、僕じゃなくて
大多さんがすごいんですよね。
一同 (爆笑)
糸井 や、そうでしたかぁ(笑)。
三谷 つまり、糸井さんがいいと思ったシーンは、
全部、僕じゃない。
ただし。ただし、ですよ、
大多さんがそこで
「『抱いてください』はどうだろう?」
っていうふうに提案したとしても、
それを採用するかしないかを決めるのは、
僕ですからね!
一同 (爆笑)
糸井 ははははははは、
そう、そうですね(笑)。
三谷 つまり、結果的には、
僕が書いたのといっしょなんですよ。
糸井 いや、そうです、おっしゃるとおりです。
その通りですね。
重岡 (苦笑)

(つづきます)



2010-04-08-THU