第10回 心を込めない前川清が心を込めずに出すものが。
糸井 前川さんの握手の話もそうですけど、
ぼくも、やんなきゃいけないな、と思って
やりはじめたことが、
自分とってうれしいことに
このところ、変わってきています。

チェンジって、なかなか
やりきることはできないと思います。
そう簡単なもんじゃない。
ぼくも、いつでも作り笑いができる人に
なっちゃうのは嫌だし。
前川 はい。
糸井 嫌なことは嫌だという
サインを出すことは、これからもしていたい。
なおかつ、もっと屈託なく、
うれしいという気分が出せたら
いいなぁと思っています。
前川 はい。そのとおりですね。
糸井 だけど‥‥もう(笑)、
この歳になって、いまさら
そんなこと言ってるんですよね。
前川 でも、だからこそ
いいんじゃないでしょうかね?
糸井 どうして若いときに気づけないんだろう(笑)。
前川 だから、いまが若いんですよ。
糸井 あら!
前川 たぶん。
糸井 そっか。‥‥晩熟ってことか。
一同 (笑)
糸井 前川さんは、そういう
いろいろの心を持ってる人です。
そういう人の歌ですから、
ぼくはやっぱり、ちがうと思います。
ご本人は、心を込めてないみたいに
おっしゃるけど、
やっぱり歌って、まるごとが出ちゃいますから。
前川 ええ。
糸井 ちょっと汚いかもしれないけど、
歌は、言わば
吐いたものと同じなんですよ。
心を込めないで吐いたものでも、
何食ったかは、見えるじゃないですか。
前川 見えますね。
糸井 それを、聴いてるぼくらは
浴びちゃってるんじゃないかな。
前川 なるほど。
糸井 前川さんは、歌詞の意味なんて考えないと
おっしゃってるわけです。
それは、一般的には「考えろ」と
言われることです。
前川 そうですね。
考えないといけませんね。
糸井 だけど、前川さんが
憶えちゃった以上、
その歌は、吐き出すものになります。
前川 はい、そうですそうです。
考えなくても、出てくるんですよ。
糸井 入れちゃったんだから、
出るんですよね。
とうもろこし食えば、
とうもろこしが出ます。
前川 なるほどなぁ‥‥。
歌い手も人間ですから、
たのしいときも悲しいときもあります。
その歌詞にはまるときもあれば、
そうじゃないときもあります。
糸井 うん、うんうん。
前川 たのしいはずの日に、
悲しい歌を歌って、それで、
お客さんに「いかがですか」と言っても
それはどうなのかなぁ、
ほんとは歌いたくないなぁ、
と思うこともあります。

歌というのは、まず、
作詞作曲なさった方々が作ったものです。
それをぼくが、歌っています。
ですから、レコーディングのとき、
いちばんによろこばれるのは、
作詞作曲の先生です。
糸井 はぁー、わかる。
前川 歌い手は意外とね、
うれしいってもんでもないんですよ。
悲しいもんでもないんですけどね。
糸井 なるほどなぁ(笑)。
前川 いま、ご自分で歌を作る方が
たくさんいらっしゃるから、
これはあてはまらないかもしれないんですが、
歌い手って、「体を貸す」という部分が
少なからず、あると思います。
糸井 歌手でそのことを、
自分でわかってる人って
あんまりいないでしょうね。
前川 うーーん、どうでしょう。
糸井 だって、「好きなんだ」と
思い込もうとするじゃないですか。
前川 そうでしょうね。
その歌が好きで、
歌詞を理解して理解して歌おう、
という人もいるでしょう。
だけど、例えば全国を回るツアーだと、
何ヶ月も同じ歌を、何度も歌うわけです。

一所懸命のりにのって歌えた日、
「よかったろう」
と言うと、マネージャーが
「今日、調子悪かったでしょう?」
なんて言ってきたりするんですよ。
一同 (笑)
前川 「え? 調子よかったけど?
 え? そうですか‥‥」

それで、風邪なんかひいたり
ぼーっと別のことを考えて歌ったりした日、
「よかったですね、今日」
なんて、みんながぽーんと肩を(笑)。
糸井 それはすごい(笑)。
前川 ですから、
「聞く耳」って、
自分が考えてるものとは
ちがうんじゃないかと思うんです。

自分が得意じゃないな、と思ってる
メロディーの歌があるんですが、
それはみなさん、
とてもよろこんで聴いてくださる曲で、
大ヒットしました。
ですから、お客さまと自分の感覚って、
とっても、ちがうんですよ。
自分が考えて理解して、
どっぷり浸かって出せばそれでいい
というわけではありません。

(つづきます)

2010-07-09-FRI