吉本隆明の ふたつの目。 ──ほんとうの考えを探し出す──  これまでたくさんの著作を生み、講演を行ってきた 吉本隆明さんが、ずっと気にしてきたことのひとつは、 「ほんとうのこと」についてなのだそうです。 「ほんとう」を探すために 吉本さんが持つようになった視点について、 糸井重里との話をお届けします。 * 吉本隆明さんの講演集は、 7月9日(水)に販売がはじまります。 おたのしみに。
吉本隆明の ふたつの目。 ──ほんとうの考えを探し出す──  これまでたくさんの著作を生み、講演を行ってきた 吉本隆明さんが、ずっと気にしてきたことのひとつは、 「ほんとうのこと」についてなのだそうです。 「ほんとう」を探すために 吉本さんが持つようになった視点について、 糸井重里との話をお届けします。 * 吉本隆明さんの講演集は、 7月9日(水)に販売がはじまります。 おたのしみに。

011 自分がわかる。

吉本 老いというのはすごいですよ。
糸井さんもほんとうに年取ったらね、
「ほんとうに」年取るっておかしいですね(笑)、
きっとこの違いに驚かれるんじゃないでしょうか。
糸井 僕は、吉本さんの年までは
あと約20年です。
吉本 そりゃ、実感がまるで違うんですよ。
体験しないでわかるわけがねぇということが
まず、わかるわけです。
年を取ってみて、これは大違いだったと
僕は思いましたけど、
もう遅いやということになってしまいました。

年食ってこういうふうにしよう、とか、
こう思うだろうというようなことは、
全部ダメになりました。
全部訂正し直しです。
「年を取るということはこういうことだろう」と
考えていたこととの誤差を
修正するのは大変です。

それを免れている人はいないはずです。
僕の考えでは、いないはずだと思います。
まず、目が見えなくなったら
字がわかんなくなります。不思議ですね。
糸井 視覚が弱くなると、
視覚の記憶がなくなっちゃうんでしょうか。
吉本 僕もびっくりしてますけど、
お話にならないくらい、
書いても書いても
字が思い浮かばないんです。
確実に、ぴしゃっと
字の型にはまって覚えてない字は、
書けなくなります。
それは、はじめて知りました。
糸井 はああ、そうなんですか。
吉本 それで、わかんない字を
使わないようにと思って
文章を工夫したりして(笑)。
糸井 60歳になる僕と
ずいぶん違うということは、
例えば40歳のときと比べると、
どうでしょうか。
まったく違いますか?
吉本 40歳あたりは、血気盛んでしたね。
糸井 吉本さんの40代といえば‥‥
『言語にとって美とはなにか』、
『共同幻想論』が出たあたりですね。
これは、盛んですね(笑)。
吉本 そういう意味では、頭が活動的でした。
面倒がらずにそういうことに
かかずらわっていたときです。

熱中力があって無我夢中でしたけど、
そういう自分を
客観的に見るというところが
なかなかない、
という時期だったように思います。

自分の思い込みだけで言えば、
自分がとっついたことについては
なんでも解けちゃうじゃないか、
という時期でした。
糸井 それは、愉快だったでしょうね。
吉本 ものすごく愉快でした。
自分で自分を信用していましたが、
あまり人は信用もしないし、
わかってもくれなかった、
という感じでした。
糸井 でも、ご自分では
あらゆることを
「わかった!」と思っていたんですね。
吉本 それを人間の生涯の頂点だったと
いうふうに見れば、
見えなくもないんですが、
そうじゃなかったです。
「わかった」ということが
なくなっていく過程で
「今度はちょっと俺、少し
 “自分”がわかるようになったぞ」
という感じが来るようになりました。

(続きます)

2008-08-01-FRI

(C)HOBO NIKKAN ITOI SHINBUN