ヒウおじさんの鳥獣戯話。
さぁ、オトナたち、近くにおいで。

第16回

十二支考―猪の子はどうしてウリ坊?

現在、哺乳類で最も繁栄しているのがヒトだとしても、
その座をネズミに明け渡すのは時間の問題であろう。
ネズミはしたたかに世界制覇を狙っている。
気づいていない人も多いかもしれないので、
今回はその驚くべき戦略を見てみよう。

世界制覇のためにネズミがとってきた初期戦略は
とにかく数を増やすことだった。
妊娠期間およそ二十日のハツカネズミ(A)は
一度に5匹程度のこどもを産む。
こどもたちは三カ月もするとおとなになり、
それぞれ5匹程度のこども(Aのまご)を産む。
そのまごたちはまた三カ月もするとおとなになり、
それぞれが5匹程度のこども(Aのひまご)を産む。
このように鼠算と呼ばれるほどの爆発的な繁殖力で、
ネズミは等比級数的に仲間を増やしていった。

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増えたネズミは分布を拡大した。
最初は野外に住んでいたネズミだが、
数が増えるにしたがって人間に近づいていった。
人家の屋根裏や台所にしのびこみ、
都会の下水道や路地裏にすくった。
ドブネズミという不名誉な名前をつけられても、
一向に気にせず排水溝を占拠した。
船倉を寝床にするものたちもいた。
やつらはただ乗りしつつ新天地を開拓していった。
こうして世界中のありとあらゆる場所に移住を果たした。

増えたネズミは何でも食べる必要があった。
近縁のリスは木の実や芽を好んで食べる。
同じく近縁のヤマネは昆虫が主食である。
これに対して都市で暮らすクマネズミは雑食性。
手当たり次第なんでも食べる。
卵やチーズが好きだし、野菜だって大の好物。
米やパンも口にするし、ゴキブリにも舌なめずり。
飢餓状態に追い込まれるとネコにさえ手を出す事実は、
窮鼠猫をかむ、ということわざが証明している。
それでもひもじいときには柱までもかじってしまう。

十二支考―猪の子はどうしてウリ坊?

ネズミはなんでも食らい、増えていった。
人海戦術ならぬ鼠海戦術で哺乳類の頂点を狙った。
ペスト菌を媒介し、一気に人類を葬り去ろうともした。
しかし数で圧倒する作戦には限界があった。
人目につくようになったネズミはヒトに退治された。
かみつかれたネコもネズミに反撃を開始した。
なかには数が増えすぎて発狂するものもいた。
北欧のタビネズミ(レミング)は集団入水の道を選んだ。
コマネズミは自分の尾を追いかけてぐるぐる回り続けた。
物量作戦から戦略を転換する必要が生じた。

ネズミが世界制覇のためにとった新たな戦略、
それは洗脳と電脳というキーワードに集約できる。
人類はいまネズミに洗脳されている。
同時に電脳化したネズミに侵略されつつある。
実例を示して説明しよう。

増えすぎて人間に嫌われるようになったネズミは
好感度をあげる作戦に出た。
1920年代のこと、一匹の賢いネズミが
米国の貧しいアニメ作家W・Dのスタジオに住んでいた。
ネズミはわざとアニメ作家の前に姿を現して
自分の存在をアピールしたのだという。
このとき洗脳が行われたと考えられている。
洗脳された作家はみずからのアニメの主役に
そのネズミをモデルとしたキャラクターを起用した。
こうしてアニメ映画「蒸気船ウィリー」が生まれた。

十二支考―猪の子はどうしてウリ坊?

「蒸気船ウィリー」は大ヒットし、
ネズミキャラは一躍スターの座にのぼりつめた。
その後も数々の映画や絵本に登場し、
人間のこどもたちを洗脳していった。
世界一有名なネズミとなったのちは、
カリフォルニアやフロリダのテーマパークに出没し、
入園者を魅了した。
日本にも1983年の春、千葉県に上陸して以来、
こどもばかりかおとなまでをも洗脳し続けている。
このネズミの影響力はいまや全世界に及んでいる。

十二支考―猪の子はどうしてウリ坊?

人間社会にコンピュータが普及したのも
ネズミのしわざである。
またしても賢いネズミが一匹、
米国の工学博士D・Eにとりついた。
博士はマルチウィンドウ・システムと
それを動かすのに最適の道具、
その名も“ネズミ”を発明されたとされている。
もちろん真相はネズミの入れ知恵だったのだが。
それまでは一部技術者の占有物であったコンピュータが
これらの発明により誰でも扱える便利な機械に変わった。

電脳ネズミはコンピュータネットワークに潜入している。
そして知らぬ間に人間を洗脳しようとしている。
あなたのパソコンのなかのデータが
ネズミによって改変されているのを知っているだろうか。
ネズミにとって都合のよいように、
ネズミが世界制覇できるようにと、
データは不正アクセスされ、勝手に書き換えられている。
これをデータの改竄(かいざん)と呼ぶ。
ほら、文字のなかにも鼠が隠れている!
ネズミの世界制覇の日は近い。

十二支考―猪の子はどうしてウリ坊?


イラストレーション:石井聖岳
illustration © 2003 -2005 Kiyotaka Ishii

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2006-04-02-SUN


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