ヒウおじさんの鳥獣戯話。
さぁ、オトナたち、近くにおいで。

第12回

多摩川でアザラシの「たまちゃん」が人気を博した少し後、
立会川をのぼるボラたちが有名になったことがある。
たしか地元商店街では「ぼらちゃん」と呼んでいたようだ。
釣りをする人だったらくだらない騒ぎだなあと思ったはず。
ボラなんて魚は都会にも珍しくないし、
いつだって河口をうろついてるんだから。
しかも十把ひとからげに「ぼらちゃん」である。
ボラの集団を「ぼらちゃん」とはなんといいかげんな愛称。
せめて「ぼらちゃんズ」だろうというつっこみはさておき、
はぐれたボラはもはや「ぼらちゃん」ですらないのだ!
なんと理不尽な話だろう。

ボラ(鯔)はブリやスズキと同じく出世魚である。
小さいときにはオボコと呼ばれる。
「おぼこ」娘のオボコである。
うぶなオボコが長じてイナへと変わる。
「いなせ(鯔背)」な兄貴ってときのイナである。
粋な若者のイナがボラになり、さらにトドへと成長する。
海馬と表記する海獣のトドではない。
「とどのつまり」のトドである。
立会川のはぐれボラは「とどちゃん」と命名してあげよう。
なんだか老練でしたたかな印象がしないだろうか。
そのうえアザラシの「たまちゃん」より強そうじゃないか。

「磯のあわびの片思い」ということばがある。
片方しか貝殻をもっていないアワビが、
もう一方の貝殻を恋い慕うさまが語源になっているとか。
と言われても、アワビはそもそも巻貝だから、
もう片方の貝殻など最初から存在するはずないのだ。
巻貝ならサザエのように蓋を恋い慕っているのでは?
という意見は、カタツムリを見よ!で却下できるはず。
世の中には蓋を持たない巻貝だって多いのだ。
そもそもアワビが片思いするなんてぜいたくというもの。
世の中には殻すら持たない貝だっているのだ。
「裸なめくじの殻思い」のほうがよほど切実だろう。

幼い頃、意味を取り違えていたことばがある。
「海老(えび)で鯛(たい)を釣る」という語である。
エビはめったにわが家の食卓に並ばない食材だったし、
たまに食べる引き出物の残りのタイは冷たく固かった。
だから「海老で鯛を釣る」とは
元手をかけて引き合わない品物を得る意味だと思った。
大きくなってから逆の意味と知って仰天した。
タイは「めでタイ」に通じるから大切な魚なんだと。
まして尾頭つきときた日にゃとても「ありがタイ」んだと。
しかしいまの時代に「腐っても鯛」は通用しないだろう。
腐ったタイよりはエビのほうが絶対いい。

腐りやすいといえば鯖(さば)と相場が決まっている。
傷みやすく早く水揚をはからなければならないところから
「さばを読む」という語がうまれたとか。
なるほどと膝を打ちたくなるような語源ではあるが、
よくできたホラ話のように思うのは気のせいだろうか。
それならば年齢のサバはいつも下に読むのはなぜ?
そういえば「ほらを吹く」ということばは、
山伏の吹くホラガイが思いのほか大きな音量なので、
大げさな物言いの意味になり、嘘つきに転化したらしい。
嘘つき呼ばわりされた山伏こそ気の毒である。
ま、これだってでたらめかもしれないが。

でたらめは当て字で「出鱈目」と書く。
同じく当て字で「矢鱈」ということばがある。
やたらめったらのやたらである。
この語源については次のような説がある。
昔タラは海を埋め尽くさんばかりにたくさんいて、
矢を射っても当たるほどだった。
ここからはなはだしいさまを矢鱈と表すようになった。
いかにも出鱈目っぽい話である。
タラは別名を大口魚といわれる大食漢である。
「鱈腹(たらふく)」と形容されるほど貪欲な魚なのだ。
そんなに矢鱈といたら海の生物が食い尽くされてしまう。

「ごまめの歯ぎしり」ということばがある。
ゴマメとはカタクチイワシの幼魚のことで、
力のない者が憤慨するときなどに使う。
気持ちはわかるが実際にはイワシは歯ぎしりしない。
歯ぎしりをするのはコイ科の魚たちで、
よく観察すれば金魚だって咽頭歯をきしらせ発音する。
「ぐちをこぼす」ということばもある。
イシモチの俗称をグチという。
イシモチの仲間は名前通り耳石という石を持っており、
これを鳴らすことができる。
まるで釣りあげられて愚痴をこぼしているようだとか。

「ふぐ食う無分別ふぐ食わぬ無分別」は言いえて妙。
阿波踊りの「踊る阿呆に見る阿呆」と同じ論旨である。
であるならば結論は決まっている。
「同じ阿呆なら踊らにゃ損損」なのだから、
毒など恐れずフグは食うべきなのである。
どうしてもフグの毒が気になって仕方がないならば、
天然物ではなく養殖フグを召しあがるとよい。
フグ毒のテトロドトキシンは後天的な獲得形質で、
養殖フグは無毒なのだ。
おまけに天然物より安いのだから、
一石二鳥というか、一石二魚ではないか!

うーん。今回は魚の話題だっただけに、
話に尾ひれをつきすぎたようで‥‥。


イラストレーション:石井聖岳
illustration © 2003 -2005 Kiyotaka Ishii

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2005-09-12-MON


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