ゼロから立ち上がる会社に学ぶ 東北の仕事論。 大船渡 三陸とれたて市場 篇
第2回 この浜を全力で楽しむ。
── ちなみに、研究室を追い出された直後って
具体的には何をしてたんですか?
八木 学生時代に何かとお世話になっていた
漁業生産者のところで
仕事を手伝うフリをしながら遊んでました。
── フリ。
八木 でも、時間を共有するにつれて、
逃げ回っていた「水産」との距離が近くなって‥‥
漁業への考えかたが、変わったんです。
── どのように?
八木 水産の世界って、極端な表現をするなら
地球がどのように宇宙に存在しているか‥‥まで
魚の動きに影響してくるんですね。
── はー‥‥。
八木 対象となる世界が大きすぎて、広すぎて、
解明できている部分は、ほんの一部。

どれだけ研究を積み重ねても
言ってみれば「青天井」なわけですから、
水産というのは
文字どおり可能性の「海」なんだなと。
── なるほど。
八木 そして、そういう水産の現場に携わる生産者の
自然を読むちから、自然との対話、
魚の扱いかた、食文化‥‥そのどれをとっても
僕の想像を遙かに超えていた。

たとえば、船を出す前から
「今日は魚が多い」「今日は無理だな」とか
言うんですけど、
それ、そのとおりになるんですよ。
── わかるんですか。
八木 魚は、漁師の頭のなかに泳いでるんです。
── 季節とか自然現象から読み取ったり‥‥?
八木 そうですね、風にしても、波にしても。

水深200メートルの水温分布が
頭のなかに、くっきりと描かれてるんです。
── すごい。
八木 いま、こういう水が入ってきてるから
カニはどっちに移動していて‥‥という展開が
ほぼ、正確に読めている。
── 水深何十、何百メートルの海底世界のことですよね?
八木 驚きますよ。
── へぇー‥‥。
八木 先ほども言いましたように
食文化にしたって、とんでもなく豊かだし。

たぶん、東京の一流の料理人さんでも
「えっ?」って驚くような食材の使い倒しかたを
ふつうの漁師さんが、ふつうにやってる。

そんなことが、
日々ひっそりと展開している、おもしろさ。
── そういう料理って、この浜に住んで
1ヶ月間「アワビの洪水」にさらされないと
考えつかないんでしょうね、きっと‥‥。
八木 学生時代に抱いていたコンプレックスのことを
思い起こすと
「人がカッコよくしたもの」に
頼りたかっただけだったんですよ、結局、僕は。

「北里ブランド」とか「東大」とか。
── なるほど。
八木 でも、こんなにおもしろいものがあるんだから
自分らでもっとカッコよくしよう、
という方向に、頭のなかが切り替わったんです。
── そうですか。
八木 そしたら、一気に肩の荷が下りました。
今いる場所って意外といいじゃんって。

やりがいもあるし、未来に可能性も感じられる。
── 手伝うフリって言いますけど、
具体的には何からはじめたんですか、現場で?
八木 生産者の下で、ホタテの手伝いをしたり、
牡蠣の殻剥きをしたり、です。

船に乗って沖に出て、
帰ってきたら「夕飯食っていけよ」とかいう話。
── ようするに、
漁師さんたちと生活をともにしていた、と。
八木 そんなことをやっているうちに
地元商店のオヤジさんから
「インターネットで魚やイクラを売ってみたいので
 時給1000円で
 ホームページをつくってくれないか」と。
── ほう。
八木 この土地で「時給1000円」というのは
とんでもなく破格なんです。

だから、よろこんでやったんですけど
結果として、
それが今の仕事の原型になったんです。
── そういう知識はあったんですか?
八木 子どものころからパソコン通信が好きでした。

水産ギライの水産学部生時代に
コンピューター関係のサポートをやってたり
したんですよね。
── そうだったんですか。
八木 で、その店のホームページをつくりながら
気づいたんです。

この土地の水産の資産的な価値や
未来への可能性の豊かさに。
── なるほど、その時点で。
八木 はじめは、仲のいい漁業生産者が
「俺が安く魚を入れるから、
 お前が、インターネットで安く売れ。
 それで稼ごうぜ」と。

でも、そういう安売り競争だと
結局「体力勝負」になっちゃうんです。

だって、他が「1円」つけたら
あとは「ゼロ円」しかないわけですよ。
── ええ、ええ。
八木 だから、価格の競争じゃなくて
付加価値で勝負する仕事に転換していかないと
ダメだと思いました。

それは「水産」という産業全体についても
言えることなんですけど。
── そして、たぶん「おもしろい」んでしょうね、
付加価値で競争するほうが。
八木 そうそう、そうなんですよ。

たとえば「活きたウニ」を、殻のついたまま
海水に入れて送ったりとかして。
── トゲトゲのまま?
八木 そう(笑)。

いちどはやってみたいじゃないですか。
そのまんまのウニを割って食べるって。
── それは‥‥たしかに。
八木 容器のなかに海水と酸素と活きたウニ。

そういう商品を売りたいって言ったら、
まわりから大反対されたんです。

「剥くのが大変だから」という理由で。
── でも、そこが狙いだったんですよね。
八木 それに「中身の保障もできにゃあし」と。
── あ、そうか。
八木 でも、現場の漁師さんと話をしてみたら
「いや、そんなのは大丈夫だ」と。

「海藻のまわりにいるウニをとればいい、
 そうすれば身は肥えてる」って。
── 経験で中身がわかる、と。
八木 「海藻が生えていない場所のウニは
 痩せてる、それだけだ。
 そこは漁師の技量で何とでもなる」
── はー‥‥。
八木 漁師さんにそう言ってもらえたんで、
「じゃあ、やろうよ」と。
── 結果は‥‥?
八木 当たりました。

ウニは自信を持って出せるものですし、
他じゃこんなヘンテコなもの売ってないという
もの珍しさも手伝って。
── それって、起業される前の話ですか?
八木 そうです。
── その、オヤジさんの店で?
八木 そう。

今となってはこうやって言えますけど、
当時はコソコソと。

あんまり勝手なことやってると
漁協の人に怒られちゃうんで。
── でも、お客さんは喜んだってことですよね。
八木 ただ、問題は「天気」なんです。
── と、いうと?
八木 ウニ漁というのは、前日に決まるんです。
── 「明日、ウニやります」と。
八木 そう。

でも、当日になったら
「風が思いのほか強いので、今日中止」とか
ザラにあるんですよ。
── ああ、なるほど。
八木 そういう情報もこまかく配信していかないと
ダメなんですけど、
結局、そこに手間がかかるようになってきて。

で、そのひとつの解決策として
水産の現場に、ライブカメラを入れたんです。
── なるほど、いまの「三陸とれたて市場」では
水揚げ当日に全量出荷したり、
漁船の上でライブでタイムセールをしたり
インターネットをうまくつかった
販売をされていましたが、
発想のもとは、そういう経緯だったんですか。
八木 漁協の建物にライブカメラを設置して、
大船渡の港を生中継。

朝の6時くらいに
船がワーッと出て行くのを配信したんですね。
── それで今日は漁があるんだな、と。
八木 雨なら船が出ないから、漁はなし。
── ええ、ええ。
八木 で、そのカメラって
見てるお客さんが動かせるんです。

そうすると、あちこちぐるぐる回して
「スリッパ落ちてます」とか。
── あはははは、漁協の片隅に(笑)。
八木 なんか、気になるんでしょうね。

メールで
「スリッパが落ちてます」
「ぞうきんが落ちてます」
とかって、いちいちお知らせが来る。

で、こっちも
「ただいまスリッパ回収しました!」
と報告したりして(笑)。
── いいですねぇ(笑)。
八木 最初のうちは、ただおもしろがってたんですが、
インターネットって
キャッチボールじゃないですか、お客さんとの。

「スリッパが落ちてるよ」とメールくれた人が
魚や産地に興味を持ってくれて、
ひとりの「お客さん」に、なってくれるんです。
── ええ、ええ。
八木 そうなるともう、俄然おもしろくなっちゃって。
見せたいところが、いっぱい出てくる。

たとえば
11月には、サケの遡上がはじまるんですよ。
これ、見せたいじゃないですか。
── サケの遡上‥‥見たいです。
八木 ただ、川の真上からカメラで撮っても、
よく見えないし、
いまいち迫力がないんですよ。

だから、アクリルを切り出して
ハウジング(防水ケース)を自分でつくって
カメラを川のなかに突っ込んで
「サケ、来るよー!」みたいに言って。
── おお。
八木 なかなか来ないんですよ。
── あはは、サケの都合もありますもんね(笑)。
八木 すると
「30分も見てたけど
 1匹も来にゃあじゃんか。説明しろ」
みたいなメールが来る。

── ええ、ええ。
八木 そこで、追い出された大学に走っていって
「サケというものは
 朝の早い時間に遡上したがる傾向がある」
と聞いてきて
お客さんに「朝見てください」とか。
── なるほど(笑)。
八木 気がつけば、僕らもお客さんも、
全力でこの浜を楽しんでいたんですよね。

漁業って、やっぱり「見せたい」んです。
── おもしろいこと、楽しめることの重要さって
やっぱり、すごいことですね。
八木 ‥‥「毛ガニ」でもやったんです。
── 生きたまま届ける、を?(笑)
八木 「浜茹で毛ガニ」というのは
浜で茹でた、その瞬間のカニじゃないですか。

だから、その味を楽しんでもらうには、
生きたカニを届けなけきゃダメですから‥‥。
── はー‥‥。
八木 茹でるための海水と
生きた毛ガニをセットで送り出したんです。
── へー‥‥。
八木 でね、とある、お子さんのいらっしゃる家庭で
お風呂場に放したらしいんです、カニを。
── え!
八木 毛ガニとキャッキャキャッキャ遊んだら、
情が移っちゃったらしくて。
── ‥‥茹でられないと?
八木 子どもも「かわいそう」とか言ってる。

でも、気持ちはわかるけど
飼い続けるわけにもいかないですから
海水を沸騰させて
目をつむって、ポイっと入れたそうなんです。
── ああ‥‥。
八木 そこではじめて
「いただきます」の意味がわかったと
おっしゃってました。
── なるほど。
八木 「いのち」を「いただきます」という、
もともとの意味を。

毛ガニで「食育」やったろうなんて
思ってたわけじゃ、ぜんぜんないんですけど。
── お客さんとの間で
そういうコミュニケーションが、生まれたと。
八木 そんなのもまた、おもしろくって。
<つづきます>
2012-01-25-WED
このコンテンツのトップへ 次へ
 
(C) HOBO NIKKAN ITOI SHINBUN