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テレビ逆取材・
クリエイティブってなんだ?

第6回 「クリエイティブは定義することができないし、
     普遍的なものでもないと思う。僕にとっては、
     作る事情が見えないと判断できないものです」



[今回の内容]
この番組には、多くの人が関わっていますが、
題材が「クリエイティブ」と、相当抽象的でもあるし、
何をどうしたいのか、と各人の生きがいのようなものにも
触れていくような番組内容になってくるものですから、
取材・撮影・編集の全てで方針を立てていく
プロデューサーやディレクターの価値観が、
当然ながら番組制作に大きな比重を占めていきます。
この番組では特に3人がその重要な役割を担っているよ。

そのうちの2人、
プロデューサーの長嶋甲兵さん、
ディレクターの根岸弓さんの話を聞いていたのが、
前回までの撮影開始前に伺ったインタビューでした。
今回は、もうひとりのディレクターである
宇野丈良さん(制作会社・テレコムスタッフ所属)に、
撮影の合間、題材への率直な印象を話してもらいました。
クリエイティブなんて一見かっこつけた言葉でもあるし、
何を示しているのかも、よくわからないでしょう?
・・・そんなとっかかりのつけにくいところを、
宇野さんは、1からうまく言葉にしてくれました。
柔軟な内容の喋りになっているよん。どーぞ。




(左はじが、ディレクターの宇野丈良さん)


----この番組で使う「クリエイティブ」という
  言葉に対して、宇野さんがまず思うことは何ですか?


「クリエイティブという言葉そのものが
 糸井さんの言いたいことを集約できるとは思わないし、
 じゃあ何で今回糸井さんがこの言葉を選んだのかも、
 実は、僕にはよくわからないけど・・・。
 だけど、クリエイティブに絡めてひとつ思うことは、
 日本が、めちゃくちゃだということで。
 それでそこが何でめちゃくちゃなのかと言えば、
 日本人はお金がある時には自信を持っているけれど、
 お金がない時には自信がない、という感じがあるから。

 そういう点ではアメリカも日本に似ていると思う。
 ・・・だけど、ヨーロッパとか他の国には、
 そういう考えは、あまりないんじゃないかなあと、
 僕はまあ海外育ちだったから、そう感じます。
 そういう所では、みんな、
 貧乏でもそこそこ暮らしていっているし、
 お金があれば豪勢に使うというような感じで、
 そういう金銭のことよりもむしろ、それぞれで
 やりたいことをやるのが美徳になっていると思う。

 そこで、今、日本人もきっと、
 そういう風にやっていけばいいんだ、
 やりたいことをやって何とかお金を稼いで、
 まあ、あんまり稼げなければ貧乏なりに・・・で、
 いっぱい稼げたらその分、おいしいものを買えば、
 そういうことで、いいんじゃないのかなあ?と、
 糸井さんはクリエイティブという言葉を通して
 たぶんそういうことを言おうとしているような」

----じゃあ、クリエイティブの意味は考えなくていい?

「うん。だからこの番組では
 『クリエイティブ』という言葉の
 そのものについて何かを決めるというよりは、
 『金銭と自信が直結していなくていいんじゃない?』
 というメッセージだとか、糸井さんが思う
 『クリエイティブだといい、そうじゃないとまずい』
 という考えが伝わることのほうを、
 もっと大切なことだと考えてます」

----宇野さんがこの番組に関わる動機は、何ですか?

「この企画は、おもしろいと思いますよ。
 なぜかというと、みんな、
 ほんとは創造的でありたいから・・・でも、
 『あれはあそこで諦めたから手を抜いた』
 『これは仕事だからこうしなくちゃいけなかった』
 『頼まれ仕事で、通り一遍で作り終わってしまった』
 そういうようなことがいろいろ重なって、
 クリエイティブではない現実があるわけでしょう?
 『ああ、でも俺はやっぱり、
  あの時にこうすればよかったんじゃないか?』
 と、ほんとはどこかで思っているから、
 もっとクリエイティブである、という状態が、
 それぞれの人にとっての夢になっている。
 だから、この企画の話題については、
 スタッフのカメラマンとでも、
 『これについては僕はこう思う』
 ときちんと話ができるんです。そこがおもしろい。

 みんな、仕事をしていても
 あんまり考えないでやったりする場面があって、
 ・・・まあ、考えないで感覚だけでやって
 それがとてもうまくいく時もあるから、
 いちがいに悪いとは何とも言えないけど・・・
 ただ、みんながそういう、自分のしている
 仕事をどうやるのかについて話そうと思う意欲を
 湧かせる番組になるなあとは、感じています。

 例えば、今僕はクリエイティブに関して
 番組をやっているから、新聞や雑誌や人を見ても、
 『これはクリエイティブと言えるのか?』と、
 考えたり判断したりするようになってきている。
 ・・・そう思うことは、すごいことで」

----例えば、何を見てクリエイティブだと思いますか?

「居酒屋で、チューハイとか
 ウーロンハイとかソーダ割だとかを頼む時に、
 コップの壁面に線がついているデザインが、そのまま
 チューハイやソーダを入れる量も示しているでしょ?
 例えばそういうのを見ると、
 『うん、こういうのってクリエイティブだな』と思う。
 この番組は、何かそういう意欲にさせるテーマなんで、
 それで僕も、そんな意欲を持っちゃったと言うか。
 クリエイティブについてちょうど考えているから、
 ものをそうやって見るようになってきている。

 例えば井上陽水さんは曲を作る仕事の人でしょう?
 いろいろな経験があったり何かを感じたりすると、
 それは彼の場合、曲になっていくんでしょう。
 無意識のうちにでも、曲を作ろうと思いながら
 いろいろなものに接していくんじゃないかなあ。
 陽水さんは、自分で孤独とは言っているけど、
 でも、彼が自分独りだけに閉じこもれないのは、
 何かをしたいし、何かを作りたいからだと思う。
 だからつまらないなりにテレビを観たり
 本を読んだりいろいろなものに接しているんだと。

 何かをやっている時には、
 『こういうことをしたいんだけど、
  じゃあここで見たこれは、参考になるか?
  あれは、取り入れるべきものなのか?』
 というようにまわりを見るようになると思います。
 ・・・で、まあ、そういう視線で見すぎて
 何もできなくなることとのせめぎあいですよね。

 例えば『俺はギターで世界の頂点を目指す』と
 誰か18歳の人が思ったとして、
 まわりを見てみて、16歳の年下のギタリストが
 自分よりすごく巧くて諦めちゃうするかもしれない。 
 まわりを見たことが諦めに通じちゃうと悲しいし、
 諦めただけになっちゃうと、
 それはそのままという感じはするけど、  
 ただ、一度はそういう目でギターを見ていたことで、
 例えばいろいろな人に対して、
 ギタリストの視点を持って接せられるから、
 そのこと自体はすごくいいんじゃないかと思います」

----クリエイティブという言葉の普通の意味よりも、
  使い方に興味があるとおっしゃっていることが、
  とても面白いと思ったんですけど、
  そのことについて、もう少し聞かせてくれますか?


「幻冬舎の見城さんが、対談のなかで
 『普遍的な』という言葉を使った時に、
 『・・・もちろん本当の意味での普遍じゃないです』
 という注釈を入れたんですよね。それを聞いて、
 この人はいい、信じられる、と思いました。
 普遍という言葉が好きな人は、
 本当の普遍や、究極の何かがある、と
 信じているような気がするときがあるよね。
 ビートルズは普遍的と言えるかもしれないし、
 ベートーベンとかモーツァルトだとかピカソだとかも
 普遍的であるとか言われているかもしれないけど、
 それが本当に普遍的なのかは、僕にはわからない。

 西洋文化圏に育っているから
 「いい」と思わされているかもしれないし、
 西欧文化にあるようなベースが似ていると、
 いろいろなものが受け入れられるじゃないですか。
 だけど、それが普遍的なのかというと、どうかなあ?
 そういう意味では本当の普遍はないかもしれない。
 見城さんはそれをちゃんと考えたことがあるから、
 そういうことを言うんだろうなと思いました。

 だから、クリエイティブは
 普遍的なものじゃないし、定義もできないし、
 作った時の事情の裏が見えていないと、
 僕にとっては判断できないものだと思います。
 すごく知っている人じゃないと、
 クリエイティブな人とは言えない気がする。
 作品だけで、それ自体がクリエイティブ、
 ということは、あまりないんじゃないかと思う」


★クリエイティブそのものの意味より
 使い方を考える、と話が展開していきました。
 今回までで、宇野さんにとってのクリエイティブとは、
 視点だとか作る事情に関係しているようだけど?
 それって、何なんだ〜??
 次回はそこを詳しく訊ねてみることになります。


(つづく)

2000-08-02-WED

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