翻訳前のアメリカ。
そのあたりのこと、現地ではどんな感じ?

第六十一回 ハリケーンのスケール感 その2


あきらかな行政の不手際のせいで
不必要にたくさんの犠牲者を
今この瞬間も出し続けている
ハリケーン・カトリーヌですが、
アメリカはどこで後手に回ったのでしょう?

この問いに答えるために
いくらか時間を巻き戻して、
ポイントをいちいち指摘して行くことは簡単です。
ニューオリンズの地元は過去何年間にも渡って
堤防の護岸工事の必要性を国に訴え続けてきており、
「イラク戦費の2週間分あれば護岸工事ができたのに」
と、いま怨嗟の声を上げています。

2001年には、
ニューオリンズで堤防が決壊したらどうなるか、
今回起こったことを
おそろしいほど正確にシミュレーションした記事が
新聞に載ったこともあったそうです。

ただ、こういう後知恵は大災害が起こってみてはじめて
正しい指摘だったことがわかるという性質のものですから
別の機会・別の災害にとっては
どこまで参考になるのかわかりません。

この手の後知恵はもうおいといて
災害に対するスケール感を
アメリカ人全員が調整する必要があるんじゃないか
というのがすずきちの説です。

例えばこういった非常事態に備えるためのお役所、
連邦緊急事態管理局(FEMA)の長官
マイク・ブラウンの無能ぶりが、
民主党・共和党の党派に関係なく槍玉にあがっています。

ニュースのインタビューで
「コンベンションセンターの避難民には
 食べ物がいっていますよ」
と嘘をついてあわてて訂正したり、
「治安の悪化については報告を受けていません」
と平気で言い切ったりするという、
想像を絶する無能ぶり。
この人一応弁護士なのですが、 
コロラド州にある国際アラブ種馬協会(IAHA)の委員を
11年間もやっていました。

馬の品評会で審査員がずるしないように
監視したりするのが仕事。
実はそんな馬の品評会の監視も満足にできず、
退職勧告を受けて
やめざるを得なかったという人らしいです。

馬の品評会の審査員くずれが
なぜFEMAの長官なんていう
要職に付くことができたかというと、
一言でいえばコネです。
馬の審査員を辞めた後、
2001年に彼はFEMAの理事になりました。
ブッシュ大統領のテキサス州知事時代からの側近で、
2000年大統領選挙の全国選挙対策委員長
ジョセフ・オルボーが2001年に報奨人事で
FEMAの局長に就任したときに
仲間に入れてもらったのです。
ブラウンとオルボーは大学のルームメイト。
学生時代から
共和党の政治活動をしていたといわれます。

つまり何がおきたかというと、
2003年にオルボーを引き継いだブラウンは
オルボーのそのまたおまけ。
2001年のオルボーFEMA長官は、
ブッシュの2000年選挙対策委員長をなしとげた
たんなるご褒美でした。
ハリケーンや竜巻といった案件を扱う政府機関の長官に
オルボー、ましてや
ブラウンといった素人をあてるという人事に
異を唱えなかったのは、
結局のところアメリカのジャーナリズムであり
アメリカ国民自身です。

一方で、実は
ハリケーン被害の増大の可能性については
随分前から警告されていました。
80年代半ば以降、
地球温暖化仮説が真剣な政策課題となった頃から、
温暖化にともなう気候の不安定化の一例として、
ハリケーンの強大化は予測されていたのです。
事実、ハリケーンの強さを示す
ヘクトパスカルでいうと、
カトリーナは1851年からはじまる米国の気象観測史上で
北大西洋で発生したものとしては4番目の強さです。
そして実に、米国気象観測史上最強の
ハリケーントップ4のうち
3つまでが1980年以降に発生しています。
また今年のカトリーナに限らず、
昨年2004年にはフロリダ州を
4つのハリケーンが相次いで襲い、
たくさんの犠牲者と大変な被害をもたらしています。

1992年に出版された、
地球環境問題についての政策提案書、
『地球の掟』(Earth in The Blance)には
次のようなくだりがあります。

“温暖化した海洋は、専門家によれば、
 平均的なハリケーンが
 より強大化する原因になるはずだ。
 温暖化した海洋表面とその深さが
 ハリケーンの風速を決定する
 ほとんど唯一にしてもっとも重要な要因だからだ。
 より大きくより頻繁に発生するハリケーンは、
 嵐の高潮のさいに
 海水を海岸から内陸部奥深くへと到達させ、
 海面上昇による被害を一層増大させることになる”

この本を書いたのは、2000年
フロリダ州での再集計騒ぎの末の惜敗が原因で
大統領選挙でブッシュに敗北したアル・ゴア。

もちろん、ゴアが92年に記載したような
温暖化現象とハリケーンの強大化の理論的な因果関係を
立証するほどのデータは今日まだ集まっていません。
ただ科学的な立証を待つあいだにモルモットになるのは
アメリカ国民でありアメリカ社会であることを
ハリケーン・カトリーナは
これ以上ないほど悲惨な形であきらかにしました。

アメリカのエネルギー消費量は言うまでもなく世界一。
世界のエネルギー消費の22%を占めているそうです。
その人口は中国の2割程度なのに
エネルギー消費は中国の倍です。
エネルギー消費の絶対量の大きさから来る
環境インパクトの大きさ
国土の広さから来る自然災害のスケールの大きさ、
そしてひとたび大災害が起こった場合の
社会的・経済的なダメージの大きさ
いずれの観点からも
地球環境のコントロールという視点なしに
アメリカの防災対策は語れないという
スケール感の調整が必要になっていると思います。

もちろん、2000年にゴアが大統領になっていても
ハリケーン・カトリーナは発生したでしょうし、
アメリカ議会に京都議定書を批准させるほどの
リーダーシップを発揮できたかは疑問です。
ただ『地球の掟』の著者のかわりに、
“Misunderestimate”の“著者”を
大統領に選んでしまったら、
どんな災いがおきても甘受するしかないということを
そろそろアメリカ人自身が気付いてもいい頃ですよね。
さもないと、
いつまでたっても馬の品評会の審査員崩れとか
さらにそのお友達とかが、
大災害のときに数万・数十万の人々の命を左右する
なんてことになるんじゃないでしょうかねぇ。

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2005-09-08-THU

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