翻訳前のアメリカ。
そのあたりのこと、現地ではどんな感じ?

第六十回配信 ハリケーンのスケール感 その1


ハリケーン カトリーナによる、
想像を絶する被害が連日報道されています。

数十万単位の人たちがすべてを失って
とりあえずの落ち着き先をもとめて
避難民としてアメリカ中にちらばりはじめていますが、
それにしても、
アメリカの自然災害というのは規模が大きすぎて
直感的にスケール感がつかみにくいことが多いです。

2003年に
南カリフォルニアの山火事があったときに、
ロサンゼルスの中心を
東京の中心と重ね合わせてみましたが
千葉県柏市あたりから埼玉県を横断して
東京都青梅市ちかくまでを
つないだ地域のところどころで
帯状に火事になっていました。
あとは、サンディエゴの近くの数箇所だったので
位置的には房総半島の先くらいで別個に山火事。

首都圏近郊に住んでいても、
“柏から青梅まで”“房総半島の先の海上”
といわれてピンと来る人はあまり多くないと思います。
それとおなじで山火事のとき
すずきちはロサンゼルスの地元にいましたが、
煙がながれてきて空気がよどんでいるのに
燃えている山がみえるわけでもなく、
どれくらいの規模でなにがおこっているのか
まったくピンときませんでした。

ハリケーン・カトリーナの犠牲者は
一万人をこえるのではないかとすらいわれていますが、
人命がこんなにたくさん失われてしまったのには
このスケール感の
つかみにくさのせいじゃなかったのかと
すずきちは思います。
ことの重大さが予測できず、起こった後も理解できず、
市・州・連邦のすべての行政レベルで対策が後手に回り、
悪循環を引き起こしたのです。

ここ数年、
大型ハリケーンが来るたびにニューオリンズでは
避難命令→避難→結局大事にならずハリケーン収束
ということが何回かあったそうです。

その結果、生活に余裕のない貧困層の多くは
被災そのもののリスクと、
避難して交通費がかかったり、
ホテルに泊まったりした場合のコストを天秤にかけて
8月28日にだされた避難命令に従いませんでした。
また、クルマをもっていない人たちが避難するための
バスなどの手配が全くなされなかったために
避難したくても手段がない人が数多くいました。

そもそも約50万人というスケールの
ニューオリンズ市民全員が避難するというプランが
存在しなかったのでしょう。
そういう下地があったところに、
そもそも海抜下にあったニューオリンズを
水害からまもっていた堤防が決壊しました。
29日にハリケーンが通過した後、30日朝のことです。

堤防決壊以後の洪水で、
電気や水道といったライフラインがすべて停止。
さらに過去100年間冠水したことがなかった
高台までが冠水し、
多くの人々が、屋根によじ登り、
あるいは高架されたフリーウェイになんとかたどりつき、
そこで水も食料もないままに
来る日も来る日も救助を待つという状況に陥りました。

また、助けをもとめてスーパードームや
コンベンションセンターに多くの人が集まったものの、
冠水のせいで援助物資を届ける手段が
ヘリコプターからの投下だけになってしまいました。
やむにやまれず人々が
スーパーマーケットから
物資を強奪しはじめると治安が悪化。

武装強盗団までがあらわれ、
市内に救援物資をとどけようにも、
あるいは避難所から避難民を移送しようにも
丸腰では近づきにくいという悪循環。
結果として、救難所においてすら、
水も食料も補給されませんでした。

この悪循環は
州兵が9月1日にやっと活動をはじめるまで
断ち切ることができなかったようです。
こういったさまざまな要因が重なって、
体力のない乳幼児やお年寄りや病人が、
まったく救援されないまま
家族の目の前で命を落とすという
非常に痛ましい事態になってしまったのです。

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2005-09-07-WED

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