翻訳前のアメリカ。
そのあたりのこと、現地ではどんな感じ?

第五十七回 SAVETOBY.COM


振り込め詐欺やワンクリック詐欺が
あいかわらず話題になっているようですが、
詐欺にもならないような悪趣味なサイトが
アメリカですこーし話題になっています。

SAVETOBY.com がそのサイト。

可愛らしいウサギの写真のわきの説明文は
おおまかにこんな内容です。
"うちの軒先で見つけたウサギのトビーを飼っています。
怪我していたので助からないと思いましたが
奇跡的に回復しました。
世界一かわいいウサギですがトビーは死にます。
私が6月30日までに5万ドル(約535万円)の寄付を  
受け取らない場合、殺して食べることにしました。
トビーを助けたかったら寄付してください。"
と堂々と書いてあり、
生意気にクレジットカードでの支払いを受付けています。

また法律面についてもQ&Aコーナーがあり、
Q. これは脅迫では?
A. 脅迫というのは相手の身
体財産名声を脅かすことで
お金をとることなので、
自分のウサギを殺すといっても
脅迫にはなりません。
   
Q. これは動物虐待では?
A. 私はトビーをかわいがっており
むしろ大切にするためにお金が要るのです。  
正当な目的無しに、異常な方法で極端な苦痛を
与えるのでなければ動物虐待にはなりません。
   
Q. 寄付は税控除の対象になりますか?
A. 私は非営利団体で無いので控除になりません。
でも、トビーを救うことができるんですよ。

とすべて先回りしてえらそうに説明しています。

挙句「トビーに投票しよう」とか
「トビーのベジタリアン・カフェ/ぼくを食べないで!」
とか冗談メッセージのはいった
キャラクター・グッズをオンライン販売し、
"売上はトビーを救う寄付にカウントします"
と宣伝するという鬼畜ぶり。
ちなみにこのグッズには
マグカップ、ベースボールキャップ、などを取り揃え
Tシャツに至っては
長袖・半袖・ビンテージタイプもあります。

法律をチェックするだけならまだしも
グッズまで大々的に製造販売する用意周到さは
あきらかに怪しいし、
そんなに豊富にグッズを取り揃えたら
元手だけで簡単に500万円以上かかりそうなもんですが
寄付の受取人は
「セイブトビー社」という法人になってます。
サイトのトップページには
最新の寄付獲得がでていて、4月10日現在で
24,515.62ドル(約262万円)。

このサイトが立ち上がった当初から
動物愛護団体が批判の声を上げ、
NBCネットワークやCNNが
ニュースでとりあげるまでになっています。
東海岸に住む匿名大学生ふたりが
このサイトの首謀者らしいのですが、
冗談じゃないのか?という質問に対しては、
「まったく本気です。5万ドルあつまらなければ
 ウサギを食べますよ」とNBCに語っています。

一方でこのサイトの真偽を独自に調査し、
ウサギを殺すというのはお金をあつめるための
嘘っぱちであると主張しているサイトもあります。
都市伝説検証サイトSnopes.comによると
実はヨーロッパでまったく同じサイトが既に存在していて
「10万ユーロ寄付しないと、このウサギを食べるぞ」
という脅迫をしているのだそうです。
ただ間抜けなことに10万ユーロ達成の期限が
2004年末、2005年のイースター、2005年末…と、
どんどん先延ばしになっていることも晒されています。
また、Snopes.comには、
「これは冗談です。SAVETOBY.COMを支援したい方のみ
寄付してください」と今年2月9日の段階で
表示してあったという
アクセス目撃証言が寄せられています。

ことの真偽はおいといても
生命をもてあそんでお金を集めようなんて
非常に悪趣味なサイトですが
すずきちはなんだかこのサイトのことを
憎む気にはなれません。
価値観の迷走が激しくなっているようにみえる
最近のアメリカの一番弱い所をついているように
みえるからです。

そもそもウサギというのが曲者です。
非常に可愛らしくてペットむきの動物ですが、
一方でまったく問題なく食用にもなる動物。
クリームソース系にあう、あっさりした味ですよね。
スーパーによってはまるまる一羽ずつ、
ウサギの形のままパックになった
冷凍のウサギ肉を売っています。
また、ペットとして飼ってみると意外になつかないし、
つがいで飼うと大繁殖して大変なことになる動物です。
そんな事情もありアメリカでも、
ペットのウサギをもてあまして
こっそり野原に捨ててしまう人達が多いらしいのです。
食われたり、可愛がられたり、捨てられたり…
動物に対する人間の勝手な価値観をあぶりだすのに
ウサギは最適の動物なのです。
一羽のウサギ トビーの命は
どれくらい重いのでしょうか。

ひとつの命の重さについての話題といえば、
ウサギと人間を並べて申し訳ないのですが
フロリダ州の
テリー・シャイボさんの尊厳死をめぐっての
大騒動が最近ありました。

テリー・シャイボさんは90年に心臓発作で倒れたあと
植物状態になってしまったのですが、
夫マイケルさんは
"植物状態になってまで生きていたくない"という
奥さんが元気なときに語っていた希望をかなえるため、
尊厳死を認めさせるべく98年から裁判を闘ってきました。

一方で、テリーさんの両親は彼女には意識があるとして
彼女の尊厳死を実行させないように法廷で争い、
ジェブ・ブッシュ州知事もこの尊厳死を
阻止しようと対策を講じてきました。
2001年くらいから尊厳死を認める判決がでたり、
州議会が特別立法をして判決がひっくり返ったり
その法律がまた州の最高裁で無効にされたり…
ということを繰り返したのです。

そしてやっと今年にはいって連邦最高裁の判断が下り、
手続きを経て3月18日に生命維持のための栄養チューブが
シャイボさんの体からとりはずされました。

騒動はこれで終わるかにおもわれたのですが、
今度は保守派の機嫌をそこねるのを恐れた国の議会や
キリスト教的な生命観がうりもののブッシュ大統領まで
巻き込んだ騒ぎになりました。

すでに栄養チューブが外され
シャイボさんの衰弱がはじまり、
万一の苦痛を避けるためのモルヒネ投与がはじまった
という緊張感のなかで、
わざわざ週末夜中まで審議したあと21日には
連邦議会でこの尊厳死見直しのための時限立法が可決され、
大統領が速攻で署名し法律が成立しました。

ニュースメディアは連日シャイボさんの病院から中継し、
保守派のデモ隊が病院前につめかけました。
彼女の両親の声明は娘の回復を信じたいがための
痛々しい思い込みがまじったものになり、
シャイボさんの栄養チューブを元に戻そうと
病院へ忍び込もうとするひとがあらわれて
病院側は警備に追われました。
結局、連邦最高裁判所は時限法律の有効性を認めず、
シャイボさんはそのまま30日に息をひきとりました。

この大騒ぎの最中のある日、
仕事ですずきちが打合せしていたときに
たまたま傍らにテレビがあって
このニュースをやっていたのですが、
取引先の業者のおじさんがいいだしました。

「なんで栄養チューブを外すべきだなんてヤツが
 いるんだろうね、結局餓死させることになるんだよ。
 私自身は進歩的な考え方のつもりなんだが、
 人の生き死にのことになるとねぇ…」

B級のモンスター映画で田舎町の保安官をやってそうな、
体はでかいけど屈強じゃないタイプのおじさんなのですが、
かなり不満げです。
そこですずきちはいいました。

「でもね、議会や大統領が週末も働いて法律をつくるほど、
 人ひとりの命が重要なら、単純に国民が全員健康保険に
 入れるようにすればいいだけだとおもいますよ。
 年に5000人のアメリカ人が食中毒で死ぬらしいけど、
 日本じゃ20人くらいです。
 サダムフセインと戦うかわりに、
 サルモネラ菌と戦うのにお金を使ったら
 数千人単位のアメリカ人の命を
 目に見える形で救えたんじゃないですかね?

 あと、人の多いところに行くと、ミジェットっていうの?
 成長ホルモン異常の大人を見かけるでしょう?
 日本じゃ今、ほとんどみかけないんです。
 成長ホルモン異常って注射で治る場合が多いんで、
 医療費の負担がアメリカに比べたら安い日本だと、
 子供のうちに一生懸命注射をうって対応しちゃうんです。
 どんな病気でも本人と家族は大変だけど、
 治せる病気を治すチャンスがちゃんとあるかどうかって
 世の中のしくみの問題ですよね?」

「それもそうだねぇ」
進歩的を自認するおじさんは一応納得してくれました。
ちょっとだけへこんだ様子でしたけど。

シャイボさんのケースのような目立つ事件に関しては、
保守派もリベラルも口角を飛ばして議論するのですが、
このおじさんに限らず、
命は大事だけど、健康保険制度はがたがたという
世の中の矛盾についてはアメリカ人の多くは無自覚です。

数年前のエイプリルフールに、
「ブッシュ政権、ペットの健康保険制度を導入」
という嘘ニュースをでっちあげて
こんなアメリカの健康保険システムの現状を
皮肉ったラジオ局がありましたが、
SAVETOBY.comもウサギ一羽の生命をネタの中心に
もってくることで、
生命に対するピントのずれた価値観だけをふりまわして
満足している人達への強烈な面当てになっています。

実際、SAVETOBY.comへは"殺してやる"という内容の
脅迫メールが毎日届くらしく、
サイトに反対している人たちは
命が大事なんだかなんなんだかよく分かりません。

これから先、寄付の締めきり期限の6月30日に向けて、
このサイトがまた話題になるかもしれません。
そのときにまだ、こんなサル真似サイトに
テレビ局までがマジ突っ込みを続けるようであれば、
アメリカ人の生命に関する価値観は
とてもナイーブなレベルで迷走してしまっているという
いい証拠になると思います。

鈴木すずきちさんへ激励や感想などは、
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2005-04-21-THU

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