翻訳前のアメリカ。
そのあたりのこと、現地ではどんな感じ?

第五十六回配信 キリスト教ご都合主義 その2


ブッシュ再選の鍵となるキリスト教右派を
投票所へ連れ出すために
ブッシュ陣営はいろんな手をうちました。

まずは『ジョージWブッシュ:ホワイトハウスの信仰』
("GeorgeW.Bush:FaithintheWhiteHouse")という、
ブッシュ大統領がクリスチャンとしての信仰を
どのように日々実践しているかについての
ドキュメンタリー映画のDVDを
全米にある30万のキリスト教会に送り付けました。
アメリカ中のキリスト教会、全部です。

そしてアーカンソー、ジョージア、ケンタッキー、
ミシガン、ミシシッピ、モンタナ、ノースダコタ、
オハイオ、オクラホマ、オレゴン、ユタの各州では
同性結婚を禁止することの是非を問う住民投票を
大統領選挙と同時に行わせて、
キリスト教右派層を投票所へ誘導するための
恰好のまき餌としました。
餌につられてのこのこ投票にやってきた保守層が
ついでに熱心なキリスト教徒である
ブッシュに投票するように・・・という作戦です。
効果は絶大で、これらすべての州で
同性結婚禁止に賛成
という投票結果がでています。
このうちもっともてきめんに効果が出たのが
大統領選の勝敗を決するだろうと
はやくから言われていた激戦州オハイオでした。
キリスト教のモラル=同性結婚の禁止という争点隠しに
まんまと目隠しされた保守層が大量動員されたために、
第五十三回配信の"ホビット説"で紹介したような
ケリー支持の若年層の票の大幅増加を帳消しにして
ブッシュがオハイオをとりました。
それが決定打となってブッシュは再選をきめています。

それにしてもこうみてくると、
いろんな違和感がまき起こってきます。
ひとつめはキリスト教右派が重視するという
モラルとやらに
なにか実体があるのか?ということです。
バプテストとかさなる福音派、それに加えて
カトリック、モルモンなどの熱心なキリスト教徒で
積極的に政治に参加する人たちを
とりあえずキリスト教右派と呼んでいて、
アメリカに3千5百万人くらいいるらしいのですが、
結婚についての考え方は、一皮剥けばばらばらです。
カソリックは聖書に書いてあるように離婚を認めない立場。
モルモンは歴史をさかのぼると一夫多妻もOKで、
現在でもたまに少数派原理主義モルモンの人達が
事実上の一夫多妻家族を実践していて摘発されたりします。
またブッシュ支持層の核になったといわれる福音派は、
離婚についてはカソリックに比べたらずっと寛容です。
福音派は聖書のみをよりどころにする
原理主義的立場といわれますが、
同性結婚は憲法かえても禁止にするけど、離婚はOKってノ
それはむしろご都合主義っていうんじゃないんでしょうか。

その証拠に、福音派の支持がつよく
ソドミー禁止法やゲイセックス禁止法が残っていて、
個人のプライバシーすら犠牲にして
キリスト教のモラルを重視しているはずの13州のうち、
離婚率が全米平均より低いのは3州のみです。
2001年の数字ですが
全米平均が人口1000人につき離婚4.0件であるのに比べて
ジョージ・ブッシュの地元テキサスは
4.1件ですからちょっと上回る程度ですが、
ジェブ・ブッシュ知事のフロリダは5.4件。
ちなみにケリーの地元マサチューセッツは
2.4件で離婚率は全米最低です。

またキリスト教右派の価値観を政治に反映しようと
運動をしている保守系圧力団体には
ひどい主張を平気でするひとたちもいます。
全米に45万人以上の会員がいる
ファミリー・リサーチ・カウンシルはそんな団体の一つ。
この団体は
「結婚が男性と女性間だけのものでなくなったら、
そのうち人間以外とだって結婚するようになりますよ」
と主張してはばかりません。
つまりゲイの人たちを人間扱いしていない発想が
根底にあることを隠さないのです。

アメリカ人がなにをモラルと考えるかについて
よその国のひとがとやかくいうなんてことは、
できればしたくないお節介です。
どうせ逆切れされるのがオチでしょうし。
ただアメリカ政府のほうはそのご都合主義だか人権軽視だか
わからない出来損ないモラルもとづいて
国連や最貧国にたいして意地悪するのですから、
「もうちょっと考えてみてよ」というくらいのことは
機会があったらいってあげたいですよね。

つぎの違和感は、
ご都合主義かどうかはおいておくとしても
大統領を選ぶのになぜモラルが基準になるのか?
大統領ってのは景気対策とか財政赤字とか戦争とか
普通はそういう観点で選ぶんじゃないのか?
という疑問です。
同性結婚を禁止しても困るのはゲイの人たちだけですが、
景気対策に失敗したらみんなが困ります。
中絶の禁止それ自体に予算は必要ありませんが、
イラクでいつまでも戦争を続けたら大変な支出になります。
大統領のリーダーシップで解決しなければいけないことが
本当はほかに沢山あるはずなのです。
それなのになんで同性結婚や中絶の禁止が
有効な争点隠しになったのか、不思議じゃないですか?

ただ徹底的につきつめて考えると、
中絶禁止や同性結婚禁止のために大統領を選ぶというのは
とても合理的な投票行動なのです。

たとえば景気対策は、誰が大統領であっても
天候不順一発とか金融市場不安の勃発とか
大統領のコントロールが及ばない条件に簡単に左右されます。
今回の選挙では多くのノーベル賞受賞経済学者が
ケリーの経済政策を支持しましたが
ノーベル賞受賞者様でも天候を左右することは出来ません。
そう考えると、結局誰にやらせても同じ。
またイラクの戦争だって、実際に命をかけて戦うのは
現場の兵士であって大統領本人ではありませんし、
そもそも敵があることですから、
やっぱりこれも誰にやらせても同じ。

ところが中絶の禁止についてはこんなことがありました。
95年にクリントン政権下で
部分中絶禁止法案が議会を通過しました。
ところがクリントンは拒否権を使い法律は廃案になりました。
その後97年に同様の法案が拒否権をくつがえすのに必要な
3分の2以上の多数で下院を通過。
ただ上院で3分の2に
少し足りない票差での可決だったため、
クリントンは再び拒否権を使っています。
そしてブッシュ政権下、
執念深くまたもや提出された部分中絶禁止法が議会を通過し、
ブッシュは当然拒否権など使わず
2003年に法案はあっさり成立しています。

つまり大統領をおさえるというのは
モラルとやらを法律に反映させるという
予算もたいして必要ない目的を達成するだけなら
オセロで角をとるような効果があるのです。
選挙では誰でも一票しかもってないわけですから、
確実に違いがでるポイントを基準にして投票して
その一票を活かそうとするのって
実はとても合理的な行動ですよね。

2004年の大統領選挙の出口調査では、
ブッシュ支持者の80%が「モラル」を最重要視して投票した
という結果がでていますが、
ブッシュ大統領の初仕事をみてもわかるように
有権者が一番確実に結果が期待できるのはなにか?
を考えて投票しただけと考えると
この数字も少しは納得できるんじゃないでしょうか。

こう考えてくるとケリーの敗因が明らかになると思います。
本質はご都合主義でしかない国民の保守化にたいして
ケリー陣営自体がご都合主義的な妥協メッセージを
発することしかできなかったのです。
これが結局、得票率にして3%の差となって現れたのでしょう。

今日現在、民主党側はまだまだこのアメリカの保守化現象に
たじろいでいるようにみえます。
「どこまで右寄りになれるか?」なんて頓珍漢な
議論も始まっている様子。
ただむしろ民主党が行うべきなのは
現在のアメリカの保守化の正体は
たんなるご都合主義の少数派いじめでしかないという点を
きちんと見据えて国民にメッセージを発することのはずです。
それこそがアメリカの分裂を解いて
もう一度アメリカをひとつにまとめる方法なんじゃないか
というのが 取り敢えずのすずきちの説なんですけれども。

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2004-11-22-MON

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