翻訳前のアメリカ。
そのあたりのこと、現地ではどんな感じ?

第五十三回配信  ピンとこない感じ


大統領選挙の投票日がほんの目前に迫っていますが、
いまだにケリー候補が何を考えているのか
ピンとこない感じがします。
今回はこのケリーさんの“ピンとこない感じ”の原因と
それでも彼に勝ち目があるのかを考えてみましょう。

ピンとこないひとつ目の理由は
大統領候補としての彼の選ばれ方が
既に消去法だったということがあります。
昨年末の予備選最序盤では、
激しい言葉でブッシュを攻撃した、
ハワード・ディーン元バーモント州知事が人気を集めました。
その後一瞬だけ、
ウェズリー・クラーク元NATO軍司令官が注目されました。
イラクの治安が一向に改善しない状況で、
元NATO軍司令官の出馬は肩書だけで期待が高まりました。
彼が提案する政策は銃規制推進・中絶容認など
端的にリベラルでしたが、元司令官という肩書きのおかげで
“軟弱なリベラル”というレッテルも貼られにくい
おとくな候補でした。
ところが今年に入って予備選挙の投票がはじまってみると、
ディーンはあまりにリベラルで激情的ということで敬遠され、
クラークはいかんせん出馬表明が遅く選挙資金集めにも
不自由して消えてしまいました。

全米レベルの世論調査で観察する限りのところでは、
本当はディーンやクラークのような
職業政治家くさくない候補が潜在的に求められていたのに、
この二人がどうもうまくおさまらず
ゲッパート、リーバーマン、エドワーズ、ケリーなど
上院議員たちだけが有力候補として残ってしまいました。
民主党が反ブッシュ気運の高まりをうまくつかむには、
ブッシュ政権に追随してきた議会のメンバーを
選ぶのは避けたいところだったのに、
予備選挙の段階で人材のミスマッチがおきてしまったのです。
そこで生き残ったのが、ベトナム戦争経験者として
他の議員との違いを印象づけるのに成功したケリーでした。

予備選挙序盤の集会で、
ベトナムの戦場でケリーに命を救われたという
ジェイムズ・ラスマンという元グリーンベレー隊員が登場し、
「ベトナムで私はあなたに命を救われました。
ずっと共和党員でしたが今回はあなたを支持しますよ」
と34年ぶりの感動の再会を果たしたのです。
ラスマンはケリーの選挙CMにも出演し、
この感動の再会の勢いで
ケリーは予備選を勝ち残ってしまいました。
予備選でのケリーの躍進を説明するのに
彼は“当選しやすさ”(Electability)があるといわれましたが、
彼の政策でもリーダーシップでもなく、
消去法で票が集まったというのがわかる言葉だとおもいます。

ディーンが最左翼から激しく他の候補を攻撃したせいで
最初から政策についての議論が脇にやられてしまい、
全米の民主党員が無意識に"落としどころ"を探った結果が
ケリー候補だったのでしょう。
彼の主張にインパクトがないのはむしろ当然かもしれません。

ピンとこない次の理由には、
イラク戦争についてのブッシュ批判の難しさがあります。
戦争開始直後2003年5月の世論調査によると
“大量破壊兵器がみつからなくても戦争は正当化される”
と考えるアメリカ国民は79%でした。
だから大量破壊兵器がみつからなくてもアメリカ人は
反省しないだろう、と昨年第三十九回配信で予想しましたが、
現状はまさにそのとおりになっちゃってます。
10月はじめ数百ページにおよぶダルファー報告書が発表され、
CIAは公式に「イラクに大量破壊兵器はなかった」と認め、
ジャーナリズムはそれなりに大きくこの件を報道しました。
はたからみたら決定的に思えるこういう報道も
イラク戦争に対してアメリカの雰囲気を変えるきっかけには
なっていません。
ですからイラク戦争をはじめてしまったことへの
ブッシュ政権に対する批判は、
“サダムフセインは排除したし、
 イラクを民主化するんだからいいじゃないか”
と戦争の正しさをいまだに信じたがっている国民感情を
ブッシュの肩越しに攻撃することにつながってしまいます。

この現状を察してかケリーのイラクに関しての批判は、
二段構えになっています。
ひとつめはアフガニスタンでのビンラーデン捕縛を
優先すべきだった、アルカイダやましてや9-11と関係ない
イラクへ侵攻したのは順番を間違っている
という優先順位についてのポイントがひとつ。
その次は、イラク侵攻のときに独仏などの協力を排除し、
十分な兵力を投入しなかったのは間違いだったという
戦争の進め方のポイントがもうひとつです。
有権者の気持ちの地雷を避けるようなものの言い方ですから、
わかりにくい上に、これからどうするのか?
といういちばん大切な疑問には具体的に答えていない
ものになるのは当然です。

“ピンとこない感じ”の最後の理由に
彼自身が理想を語っていないという点があります。
ケリーは環境派議員として知られ、
再婚相手であるハインツ夫人と知り合ったのも、
90年のアースディ。
92年にはリオの地球サミットにふたりそれぞれが出席し
その後95年に結婚している、というほどです。

ところが大統領選挙TV討論二回目では
こんなやりとりがありました。
ケリーが現政権の京都議定書からの離脱を非難したところ、
ブッシュは
「(京都議定書を実践すると)雇用が失われるんですよ」と
と言い逃れをしたのです。
省エネルギー設計の製品であれば、
自動車、湯沸し、洗濯機どんなものでも飛びついてしまう
日本人の感覚からすると想像を絶する発言ですが、
京都議定書の影響に関しては
“エネルギー価格が上昇して雇用に悪影響が出る”
という神話がアメリカではまかりとおっていて、
ブッシュの発言もこの神話にそったものです。

討論を聞いていたすずきちは、
そこで環境派・木の髭ケリーが
模範解答で反論するものと期待しました。
“雇用が失われるなんてウソだ。
 トヨタ・プリウスのアメリカでの売れ行きをみよ。
 エネルギー効率向上の対策を怠ってきたことで
 むしろアメリカの産業の競争力が失われている。
 エネルギー効率の高い社会への転換は
 中東からの輸入原油への依存を減らし安全保障にも役立つ”
…と筋のとおった政策パッケージをしめして
赤子の手をひねるように反論してくれるものと思ったのです。

ところが実際の発言は、
「交渉をやめてしまうことはないではないか。
 私ならちゃんと交渉する」
という退屈で消極的で具体性のない一般論でした。

環境問題に重心をおきすぎると、
ブッシュ陣営が、アメリカ人一般の
環境についての意識の低さにつけこんで
「ケリーはリベラルすぎる」
と嬉しそうに騒ぎ出してしまいます。
ですから京都議定書の扱いについては
攻撃のためのスペースが消されている
という事情はあるでしょう。
それにしても彼自身の強みであるはずのポイントですら
こんなに退屈なことしかいえないのですから、
保守からリベラルまで、
ケリーにピンとこない感じがするのは当然ですね。


消去法でえらばれたケリー候補は、
理屈はさておきイラク戦争に賛成したいという
国民感情を逆撫ですることをおそれて口ごもっていて、
しかも中傷キャンペーンでスペースを消されて
彼本来の理想を語れないでいます。
ただ、こんなケリーの“ピンとこない感じ”をもって
彼が落選するだろうと予想するのは早計です。
実際のところ、選挙戦はほぼ互角できているのです。

その理由はブッシュ政権自体にあります。
景気対策は減税!テロ支援国家には戦争!同性結婚は禁止!
という政策はケリーに比べたらきわめて明快です。
ただこの明快さは、
減税と戦費上昇の裏にある財政赤字の拡大、
財政赤字の拡大による将来の社会保障不安、
どんどん不透明になるイラクの未来というような要素を、
ばっさりと無視し開き直ることでなりたっています。

反ブッシュ運動がいまや生きがいになっているかのような
ヒステリックなリベラルでもなく、
テロ対策のためなら言いがかりで戦争してもOKという
テロボケ保守でもないアメリカの中間層は、
ブッシュの明快さとその背後でふくらんでいる不安の間で
戸惑っているようにみえます。
この戸惑いがそのまま、
まさに消去法でケリー支持にながれているのでしょう。

また、今回初めて大統領選挙で投票するという若い世代は
ブッシュ政権の刹那的な性格から悪影響しか受けない
こともあって、35〜50%の差でケリー支持です。
高校生や大学生が多く減税の恩恵を受けていない一方で、
戦争の行方は徴兵該当世代の直接の関心事です。
また若い世代ほどメディアリテラシーが高くなりますから、
ブッシュ陣営得意の中傷キャンペーンにたいして免疫が高い
と言うのもあるでしょう。
初めて投票する若い世代の関心が高く、
各州で数万人〜数十万人単位で
新規の有権者登録が増えたというのが今回の特徴ですが、
彼らの関心の高さが決定的な要素になる可能性があります。

現在、まったく互角かブッシュ若干リードという結果の
世論調査がほとんどですが、これらの世論調査対象から、
はじめて投票する若い世代が排除されている場合が
多いのです。
世論調査の方法にしくみがあります。
調査の方法として有権者の自宅に電話をして
インタビューするのですが、
家庭の固定電話が中心で携帯電話だけを使っている人は
調査の対象から除かれているといわれます。
また、世論調査の数字は
「投票に行く可能性が高い有権者」(Likely voters)の
調査結果なのですが、この"投票に行く可能性"を
どのようにして判断しているかが曲者です。
インタビューの質問事項に
「2000年の大統領選挙で投票しましたか?」
「2002年の中間選挙で投票しましたか?」
というような質問がまずあって、
過去に投票にいっていないと
今回も投票する可能性が低いとみなされて
統計からはずされてしまいます。

アメリカでは18歳から有権者ですが、
若い世代に多い携帯電話のみを使っている人たちや、
2000年の段階で18歳になっていなかった人の意見は
毎日のように発表されている選挙の世論調査に
反映されていない可能性が高いのです。

この状況に気付いてか、
ケリーは音楽雑誌ローリングストーンの表紙を飾ったり
MTVのインタビューを受けてみたり
若い有権者へメッセージを伝えるのに必死です。

サルマン・ブッシュの刹那的な明快さが勝つのか
木の髭ケリーの消極的な理想が勝つのか?
政治的にはホビットのように“小さきものたち”、
18歳+の有権者たちが
最後の最後で選挙の行方を決めるかもしれません。

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2004-10-27-WED

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