翻訳前のアメリカ。
そのあたりのこと、現地ではどんな感じ?

第五十二回配信 開き直り合戦 その2


1960年のニクソン対ケネディにはじまるテレビ討論は、
アメリカ大統領選挙の一大イベントです。
前回2000年大統領選のテレビ討論でも、
ブッシュの発言にいちいちため息をついてみせたり、
おおげさなリアクションをとったゴアが
視聴者に"尊大で傲慢な男"という印象を持たれ、
リード気味だった選挙戦が討論後にデッドヒートに
持ちこまれてしまったという
重要なターニングポイントとなりました。
今回もここで負けるとケリーは事実上息の根をとめられる
可能性があったのですが、討論前の調査では、
“ブッシュがディベートに勝つ”
と予想した国民が50%以上、
一方“ケリーの勝ち”を予想したのは30%台でした。

三回にわたって行なわれる大統領候補同志の討論の
第一回目のテーマは「外交政策と国土安全保障」。
当然イラク戦争が論争の中心になるわけですが、
上院議員としてのケリーは、
1991年の湾岸戦争に反対票を投じ、
2002年ごろには「サダムフセインは脅威だ」と話し、
2003年3月の武力行使に関連する議決には賛成票、
2004年補正予算の870億ドルの戦費には反対票…
という風に、確かに立場が一定せずばらばらです。
しかも補正予算の反対票に関しては、
「前線の兵士の境遇を考えていない」と
ブッシュ側に批判されたこともあり、
「反対票をいれる前に賛成票をいれてたんですよ」と
まったく意味不明の釈明をしています。
ケリーの側にこれだけのネタがあり、
しかもブッシュのほうは潤沢な選挙資金で上記のような
ケリーのパタパタぶりを選挙TVCMで
たっぷり攻撃済みです。
ケリー不利と国民が考えたのも当然でした。

ところが実際のディベートではケリーが健闘したのです。

予兆は30日の昼間からありました。
「原油価格が50ドルの大台に」いうニュースが前日あり、
ガソリンスタンドはこの日から軒並み速攻で便乗値上げ。
イラク戦争が原因のひとつである原油高が、
アメリカの家計を直撃したのです。
また「ロシアが京都議定書を批准。条約発効へ」
というニュースがあり、
京都議定書を批准していないアメリカ政府の
環境無視と孤立主義を浮き彫りにしました。
さらにブッシュに寄り添ってきたブレア英首相が
不整脈で入院。
イラク戦争関係で詭弁を尽くした
ストレスの大きさを感じさせました。
とどめに、『華氏911』DVD発売のTVCMがこの日から
放送開始。マイケル・ムーアが不気味に笑っています。

9月30日、
ブッシュに対する逆風が轟々と吹き出したかのような
1日の終りに、第一回テレビ討論は行なわれました。

このディベートで何が起きたのでしょうか。
共和党大会での成功を引きずって、
“安定したリーダーシップ”(=たんなる開き直り)と
ケリーの“パタパタぶり”を対比させようとした
ブッシュに対して、
ケリーは自分自身の変節を過ちとして平然と認める一方で、
“間違った侵略を行った方が悪質じゃないですか”
と今度は彼の方が開き直ってみせました。
そしてブッシュの言う"安定したリーダーシップ"の正体が、
間違いをとりつくろっているだけのものだと主張し、
ブッシュ政権が目をそらしている現実を
次々あげて攻勢に出たのです。

目論見がはずれたブッシュは落ち着きがなくなりました。
ケリー側のイラク戦争収束の具体案もよく聞くと
相当に支離滅裂なのに、有効な批判ができずじまい。
発言に繰り言が多くなり、挙句、
「ケリーは2002年にはこういったのに、
 2003年には反対に投票したじゃないか」なんて、
もうみんなが知ってることを
背中を丸めて小役人の様にちまちまと指摘したりして、
視聴者の印象を悪くしてしまいました。

一方ケリーは、ブッシュのパタパタ攻撃は
完璧に織り込み済みというような感じで、
『ロード・オブ・ザ・リングス/二つの塔』に登場する
木の髭のような顔と身長で泰然自若と構えていました。
映画と違ってディベートでは
森を破壊するサルマン・ブッシュの「塔」ならぬ「党」を
木の髭ケリーが叩きのめすまでには至りませんでしたが、
少なくともケリーのほうがより「大統領らしい」と
視聴者に印象付けることに成功しています。

この開き直り合戦を全米で6250万人が観ました。
そしてテレビ討論後数日して発表された世論調査では、
ふたたび両者の支持率が接近しているという結果が
出ています。

四年に一度のこととはいえ、
こんな風に候補者が真剣勝負で公開討論をし、
その結果を見てリーダーを決めるという文化は
国民が政治に対して参加意識を持ちやすい、
優れたものに思えます。
ただ忘れてはいけないのは、
ブッシュとケリーが開き直りの優劣を競っている間も、
イラクでは毎日、戦闘・無差別テロ・誘拐が続いていて
多くの人々の命が失われているという現実です。

これから、副大統領候補の討論が一回と
大統領候補の討論がもう二回予定されていますが、
イラクの現実に関係なく、
たんに開き直るのが上手いほうが
政権を取るのでしょうか?
アメリカ国民には何が見えていて、
何を見落としているのか?
何かを見落としているとすれば、それは何故か?
11月2日の投票日まで
もう少し注意して観察して行きたいと思います。

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2004-10-08-FRI

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