翻訳前のアメリカ。
そのあたりのこと、現地ではどんな感じ?

第五十回配信 高みの職務への低劣な道 その2


ブッシュ側が、第三者によるデマ作戦を絡めた
お家芸ともいえる中傷キャンペーンを
今年の選挙でも戦略的に展開しているのに対し、
反ブッシュ陣営側には戦略の統一こそどこにもないものの
マケインのほかにも強力な助っ人が登場しました。
マイケル・ムーアです。

今更言うまでもなく、
『華氏911』は2時間たっぷりかけた
ブッシュに対する中傷キャンペーンCMです。
ただし大きく違う点がひとつあります。
中傷キャンペーンの応酬は、
両方の候補の落ち度を両サイドが声高に叫ぶことで、
有権者をどんどんシニカルな気持ちにさせ、
ひいては政治に対する興味を失わせてしまうのに、
『華氏911』では逆の現象が起こっているのです。

行き過ぎた中傷合戦のわかりやすい例というと、
自民党・民主党のトップからジャーナリストまで、
一網打尽にひっかかった日本での年金未払い騒動を
思い出していただければいいと思います。
全員が全員の年金未払いを暴いたおかげで
政治家やジャーナリストの悪事は
ひととおり明るみになったものの、
肝心の政策についての議論が全然につまらないまま
法案が成立してしまいました。
いうまでもないことですが、
小泉首相や菅直人はもとより、
筑紫哲也の年金未払いがあかるみにでたからといって、
私たちの将来の年金が確保されるわけじゃないのです。
結果として有権者には行き場のない苛立ちしか残らない
という不愉快さが中傷キャンペーンのいきつくところです。
その帰結は、有権者の政治不信による投票率の不振、
そして官僚と組織票のある特定政党の勢力が磐石となって、
一層の無力感が有権者に広がるという悪循環です。

さて『華氏911』は何が違うのでしょうか?
ギャラップ社の世論調査によると
劇場の観客とDVDでの鑑賞予定をあわせると
アメリカの有権者の50%以上が、この映画を観る予定です。
ただの中傷キャンペーンCMにはない、
積極的にみなければいけないと思える何かを
アメリカ人がこの映画に感じていることがわかります。
『華氏911』は観た人を投票に駆り立てる映画なのです。
ブッシュ政権とサウジ家にかかわる
退屈な陰謀論もでてくるものの、
この映画で本当のテーマとして語られているのは、
アメリカ民主主義の危機であり、アメリカ社会の危機です。
選挙権を持っていたはずの黒人を中心とする数万人が、
誤った選挙管理データにより投票を禁止され
選挙の結果を変えた2000年大統領選のフロリダにはじまり、
テロ防止を理由に市民の権利侵害を容認する
合衆国愛国者法が読まれもせずに議会で可決された事実、
イラクの大量破壊兵器の存在に関する議論の不透明さ…。
そんな民主主義の危機にくわえて、
疲弊したアメリカの貧しい地方都市の貧しい若者が、
まともな教育をうけようとしたら
軍隊にはいって奨学金をもらうしかないという現実と、
イラク戦争というビジネスチャンスに飛びついて
ほくほく顔のビジネスマンたちを対置します。

映画はこれらの事実を次々に観客に投げ出し、
クライマックスもエンディングもなしに終わります。
ですから第四十八回配信でも書いたとおり、
映画で描かれたブッシュ政権の"陰謀"の
ひとつひとつにこだわったら、強力な説得力はありません。
それでも、アメリカの民主主義が危機に瀕している、
というメッセージだけは、本物なのです。

ハリウッドの映画製作では、
エンディングがふたとおり撮影されて、
公開前の市場調査で
一般の観客のウケがよかったバージョンを
実際に公開するなんて話もききます。
これとは逆に、2時間かけて見終わっても
『華氏911』にはエンディングはやってきません。
この映画のエンディングは映画が終わったずっと後、
11月2日の大統領選挙投票日にやってくるのです。
『華氏911』を見終わった瞬間に、
アメリカの民主主義の危機をつきつけられた観客は、
この映画の主人公が実は
ジョージ・W・ブッシュではなく、
選挙によって映画のエンディングを決定することができる
観客ひとりひとりであることに気付きます。

用意されたエンディングは二通り。
ひとつは、ジョージ・W・ブッシュの勝利。
もうひとつは、
アメリカの方向を変えようと立ち上がった人たち
全員の勝利です。

2004年、アメリカの民主主義が厳しく問われている中で、
ジョン・マケイン上院議員とマイケル・ムーアの二人が、
まったく違う角度から
従来の中傷合戦選挙を変えようとしています。
方法も立場も違いますが、この二人に共通しているのは
アメリカで民主主義を機能させるのだという強い思いです。
はたして、民主党の二人ケリーとエドワーズは
この思いに応えられるのか?
7月末の民主党大会で二人が主張したことを
みてみましょう。

まずは副大統領候補エドワーズの大会演説。
優等生風の爽やかな外見とは裏腹の
南部訛のズーズーした英語を話すエドワーズですが、
優等生的に演説をまとめました。
"アメリカの貧困とたたかおう"という、
ブッシュ政権のホワイトハウスからは
今まで全く聞こえてなかったメッセージを中心にすえ、
「希望がもたらされつつある」をキャッチフレーズにして
ひたすら前向きな内容に終始したのです。
ブッシュ陣営がケリーにしかけている
ネガティブキャンペーン攻勢に対しては、
「彼らは、地上で最も高みの職務のための選挙活動に
可能な限り低劣な道をゆくべく
出来ることはどんなことでもしているのです」
と2000年の予備選で共和党のマケイン候補が
ブッシュ陣営を批判したときの言葉を
そのまま下敷きにして批判。
共和党・民主党関係なしにブッシュの対立候補は、
必ず卑劣な中傷にさらされるという事実をさりげなく示し、
マケインの思いに応えています。
優等生です。
この人、これで小首を傾げて話す厭味な癖が治ったら
完璧です。

一方、大会最終日のケリーの演説は、
マイケル・ムーアによるブッシュ批判を
巧妙に利用しながらも、不安を残すものになりました。

満場の喝采を浴びながら登場したあと、
まずは開口一番、
「私、ジョン・ケリー着任しました!」と軍隊風の挨拶。
イェール大学を卒業後海軍に志願し、
ベトナムではSWIFTボートの指揮官として
勲章をいくつももらった自身の経歴を強調しました。
同じくイェールを卒業後、
徴兵逃れでコネ入隊したテキサス州軍にすら
"着任"していなかった時期があったのではないか?と、
マイケル・ムーアが大騒ぎした
ブッシュの脱走兵疑惑をあてこする挨拶です。
さらに、エネルギー政策に関して
代替エネルギー・代替燃料自動車研究を提案した箇所では、
「アメリカ人は自身の創意工夫と発明を頼みにすべきです。
サウジの王族に頼るのでなく」
と、やはり『華氏911』を下敷きにした主張。
ケリー本人とハインツ夫人ふたりとも
映画は「観ていない」とインタビューで語っていたわりに、
ところどころマイケル・ムーアの
腹芸ネガティブキャンペーンを有効にとりいれていました。

一方で選挙戦は、難しくても「高みの道」を進むべきだ…
とまたもやマケインの発言をほのめかしながら、
「矮小な攻撃に終始するのではなく、
重要な政策案について争わなければならない」と
中傷合戦を批判しています。
こんな上品路線だって、
『華氏911』がブッシュに対する中傷キャンペーンを
一手に引き受けてくれたので可能になった
という事情が非常に大きいわけです。

しかし、ここまでお膳立てしてもらっているのに、
肝心の重要な政策案の多くは、
なかなか不安な気持ちにさせるものでした。
・国際的な協力をとりつけて
 諸外国にイラクに駐留してもらい、
 米軍を大規模に撤退させてアメリカ国民の
 財政負担をへらす、という虫のよさ
・健康保険制度の普及や財政赤字の半減、
 おまけにミドルクラスの減税を実現するが、
 その財源は高所得世帯の減税廃止であるという
 かなり無理な加減乗除
・海外アウトソーシング企業に対する税制を変更して、 
 米国内の製造業を再活性化するというアナクロニズム
などなど、この人大丈夫かな?と思わせる話ばかり。

おまけに、政策の詳細については、
 「Johnkerry.comをみてください!」だそうですが、
このウエッブサイトをみても、
公約はいろいろと書いてありますが、
提案されている高所得者の増税によって
ミドルクラスの減税と財政赤字削減が可能であると示す
トータルな試算はのっていませんでした。

民主党大会のこのケリー演説に対する
ジャーナリズムの評価は、
及第点とするものが多かったものの、
大会直後に行われた世論調査での
ケリーの支持はほとんど増えませんでした。

民主党大会が終わったあと、
ケリーは全米の遊説に出かけていますが、
どこへ行っても
「私が大統領になったら〜をする」
「私が大統領だったら〜をした」という
もってまわった一般論の繰り返しです。
その辺の田舎のオヤジだって、
"俺が大統領だったらこうするんだけどなぁ"なんてことは
考えるのです。
彼が二人しかいない大統領候補の一人であることは
世界中が知っていることなのですから、
「アメリカはこうあるべきだ」
「私たちはこうしなければならなかった」
という言い方をすれば、
同じことを言ってもよほど人々の気持ちに訴えるのに、
誰もそれをケリーにいわないようです。

『華氏911』の本当のエンディングにむけて
大統領選挙キャンペーンがすすんでいますが、
マケインとマイケル・ムーアのがんばりをよそに
予想外に頼りない大統領候補ケリーが登場するという
あらたなストーリー展開になってしまいました。
観客であり主人公であるアメリカの有権者の
どきどきはらはらは、まだまだ続きます。

それにしても、
卑劣な中傷キャンペーンが選挙を実際に左右してきた
という現実に対してすらシニカルにならず、
腹芸だろうがなんだろうがおかまいなしに
民主主義をあるべき方向へ持っていこうという
流れがアメリカでまき起こっています。
こういうところには、
アメリカの民主主義の基礎体力の高さを感じませんか。

鈴木すずきちさんへ激励や感想などは、
メールの表題に「鈴木すずきちさんへ」と書いて、
postman@1101.comに送ってください。

2004-08-18-WED

BACK
戻る