翻訳前のアメリカ。
そのあたりのこと、現地ではどんな感じ?

 

第四十九回配信 高みの職務への低劣な道 その1


民主党大会が7月末にボストンで開催され、
大統領候補としてジョン・ケリー、
副大統領候補としてジョン・エドワーズが
それぞれ正式に選出されました。
やっとそれぞれの党の正副大統領候補がそろっての
選挙戦がはじまっています。
アメリカの選挙といえば、
TVCMを中心とする中傷合戦と相場が決まっていたのですが、
2004年大統領選挙は今のところ少し様子が違うようです。
今回はアメリカの選挙の中傷合戦について
考えてみることにします。

中傷合戦がアメリカの選挙を明確に動かした例というと、
2000年の共和党大統領候補予備選挙の
マケイン上院議員の例があります。

共和党の大物議員マケインはベトナム戦争で捕虜になり、
5年間半をベトナムで捕虜として過ごしたという
経歴の持ち主。
清廉・実直な選挙資金規正やロビイスト規制のリーダーです。
当時全米レベルでの知名度は低かったものの
大統領候補として立ったマケインは
予備選序盤のニューハンプシャー州では
ブッシュに18%の差をつけて首位につけました。

問題はその後のサウスカロライナ州での予備選です。
マケインは、ニューハンプシャーを落として焦った
ブッシュ陣営による卑劣な中傷キャンペーンの
餌食になったのです。
ブッシュ陣営は、電話アンケートを装って有権者へ電話し、
マケインの経歴を悪く誇張した質問をぶつけて
悪評をひろめるという作戦にまず出ました。
さらにブッシュ支持のキリスト教右派団体
キリスト教連合は、"マケインは中絶賛成派だ"という
デマEメールを流しました。
とどめはブッシュ本人です。
公開討論の場で、
共和党内のゲイ・グループが"マケイン支持を表明した"
という事実無根の難癖をつけ、
中絶・ゲイなどの切り口を使って
保守層からマケインの切り離しを謀りました。

一方マケインはこんな卑劣なやりくちに辟易し、
自陣営が放送していた、
クリントンとブッシュを比較したキャンペーンCMの
放送を取りやめ、
今後中傷キャンペーンはしないと声明をだしました。

「私は、地上におけるもっとも高みの職務へ進むのに、
 低劣は道は行かない」と約束したのです。

ちなみに"地上におけるもっとも高みの職務"とは
いうまでもなく合衆国大統領のことですが、
アメリカで時折使われる表現です。

サウス・カロライナの予備選結果は
嘘をつきまくったおかげで結局ブッシュの勝ち。
そのあとミシガン州でも
キリスト教右派に主導された卑劣な中傷が続き、
マケインは2000年3月上旬のスーパーチューズデーを境に
予備選から退いています。

この予備選のときマケインに対しては、
キリスト教右翼とは別に、怪しいベトナム帰還兵の団体が、
マケインは"捕虜として拘留された(北)ベトナムで
寝返った共産主義者の秘密工作員だ"と
事実無根の陰謀論を展開しています。

マケイン潰しの一連の動きで特徴的なのは、
キリスト教右翼や怪しいベトナム帰還兵団体など、
ブッシュ陣営とは直接関係がないとされる第三者が、
嘘をふれ回るという役割分担が成り立っている
ところです。
第三者が対立候補に対して嘘をいっても
ブッシュが嘘を言ったことにならない、
という言い訳が用意してある分、一層卑劣であるといえます。

こんな土壌のあるアメリカの選挙ですから、
民主党のケリーも大統領候補に決まってからずっと、
「言を左右にする男」「リベラルすぎる」
「増税を提案している」
などブッシュ陣営の非難にさらされてきました。
また、このケリーという男、
なんだか間が悪いのです。

ジョン・ケリーはベトナム戦争に従軍、
戦場では命がけで戦友を救ったこともあります。
その功績でシルバースター勲章を受けたものの、
除隊後は反戦運動活動家に転向、
「反戦ベトナム帰還兵の会」のメンバーとして
戦場での米兵による残虐行為を米国議会で証言しました。

この経歴が今になってベトナム帰還兵の批判を浴びました。
ただしこの批判の声を上げた
「ケリーに反対するベトナム帰還兵の会」
の中心人物の一人は、テッド・サンプリー。
2000年の共和党大統領選予備選のときマケイン上院議員を
"共産主義者の工作員"呼ばわりした、まさにその人です。
興味深いことに、
マケインにせよケリーにせよ党派関係なく、
ベトナム帰還兵がブッシュの対抗馬候補になると
なぜかこの同じ人が言いがかりをつけてくるのです。
とにかく批判の声があがったこともあり、
全米ネットの政治トークショー
『ミート・ザ・プレス』にケリーが出演した際に彼は、
「あらゆる種類の悪逆非道が行われたし、
 自分も加担した」と自分自身が話している
71年当時のビデオをつきつけられました。
するとケリーは、
「怒りにかられた発言で、すこし言いすぎだった」
と当時の発言を自己批判してしまいます。
今年4月18日のことです。

ところが、その直後4月28日に、
イラクのアブグレイブ刑務所の囚人に対する
現代の米軍による悪逆非道が明るみにでたのです。
本来ならこの件を政治問題化させて、
大統領は無理でもラムズフェルド国防長官を辞任させ、
選挙にはずみをつけるくらいのことを試みても
よかったはずです。
ところが自分自身の過去の反戦運動歴を
自分でトーンダウンさせた直後のこのスキャンダル。
いきすぎた反戦イメージを蒸し返されるのを避けるためか、
ケリーはアブグレイブの囚人虐待について、
支持者がイライラするほどの静観を決め込んでいました。
形だけ、「ラムズフェルド国防長官は辞任すべきだ」
と声明をだしたものの、
その後はこの事件については
「私が大統領ならちゃんと責任をとる」とか
一般論のような発言をしているのみです。
怪しいベトナム帰還兵団体の中傷に振り回された挙句に
自己批判をしてしまい、
その批判もほんの10日ほど早かったばっかりに、
ブッシュ政権攻撃の機会を失ってしまったのです。
間が悪い男です。

また、改善の兆しがないイラクの治安に関してケリーは、
予備選の最中から"国連や諸外国の協力をとりつけて・・・"
というアイディアを予備選の最中からだしていました。
ところがイラク戦争に関しては失敗が明らかで、
失うものが何もないブッシュ政権は、
4月にはパウエル国務長官をヨーロッパに送り
イラクの現状改善のために
ヨーロッパや国連の協力を得るべく既に動き出しています。

大統領選に向けて、
現政権との政策的な差を出したいケリーなのですが、
彼自身の不手際やブッシュ政権の先回りがあり、
攻め手にかける期間が続きました。
サッカーにたとえて言うと、スペースを消されている感じ。

唯一、政治的に有効にみえたのは、
副大統領候補にならないかと、
前述のマケイン上院議員に打診したことです。
2000年以降、マスコミの露出がぐっと増えたマケインは
清廉・実直なキャラクターが浸透しています。
共和党の大物議員だけに、
あげあしとりのような質問を受けることもありますが、
そんなときも発言のひとつひとつはストレート。
その癖、実は言外にいいたいことを言っているという、
政治家としてのスマートさも持ち合わせています。
おまけにTVの"サタデーナイトライブ"の
ホストに呼ばれたときも、
ほとんどギャグが滑らずにこなしたというほど
適応力も高く、国民の人気が非常に高い人です。

もっともいくら人気が高いからといって、
民主党の大統領候補が共和党の議員に
自分の副大統領候補にならないかと打診をしたら普通は、
"民主党にはそんなに人材がいないのか?" とか
"そんなに共和党がいいなら、おまえが共和党に投票しろ"
とかばっさりと切り捨てられそうなものです。
ところが、マケイン上院議員の場合、
ケリーの副大統領候補の噂を
質問されたときにこういいました。

「枠組み的に言ってありえない」

"党派の枠組みがあるからだめだけど、
立場が大きく違うわけではない"ともとれるような
マケインらしい、ストレートでありながら
きちんと言いたいことを言っている発言です。

ケリーがマケインを副大統領候補としていじった背景には、
マケインに断られるのは明らかだとしても、
2000年予備選でのサウスカロライナでの
ブッシュとの遺恨の歴史を蒸し返すことができるという
計算もあったでしょう。
ケリーにしては珍しく有効な一手に見えました。

この副大統領候補騒ぎの直後、
マケインは耳をつまんでひっぱられるように
ブッシュ陣営から呼び出され、
ブッシュ応援キャンペーンにかり出されています。
ただあらわれたマケインは
あんまり乗り気でなさそうな様子がありあり。
さらにマケインは8月終わりの共和党大会にも
参加予定ではあります。
ブッシュ陣営としては、
これで再びケリーのスペースを消したつもりでしょうが、
成功とまではいかなかったようです。

「ケリーに反対するベトナム帰還兵の会」とは
別のベトナム帰還兵団体
「真実のためのSWIFTボート帰還兵の会」が
ケリーのベトナムでの戦歴をくさす内容の中傷TVCMを
流しはじめました。8月初旬のことです。
これに対してマケインは共和党議員でありながら
非難の声を上げています。
このCMを「真実性を欠き、恥ずべきものだ。」
「私に対してむけられたものと同じだ」と
2000年のサウスカロライナでブッシュ陣営に
同じことを仕掛けられた自分の経験を
引き合いに出しました。
さらに「ホワイトハウスもこのCMを非難すべきだ」
とブッシュに踏み絵を踏ますような発言までありました。

今日現在もなおマケインは、
選挙戦は「低劣な道」を行くべきでない
という姿勢をまったく崩していないのです。

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2004-08-17-TUE

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