翻訳前のアメリカ。
そのあたりのこと、現地ではどんな感じ?

 

第四十八回配信 『華氏911』 その2


『華氏911』がいよいよ公開になった6月25日、
ロサンゼルス郊外にある近所のシネコンで
夜10:45の回をみました。
事前の告知ではこれが最終回のはずだったのですが、
大変な入りで急所、
深夜12:05の回が追加上映になっていました。

当然満席の観客は、
大学生くらいの若い人が中心でしたが、
車椅子のおじさんがいたり、
私の隣りの席は全く訛りのない英語を話す南アジア系の
おばあさんと娘さん(とおぼしきおばさん)でしたし、
あるいは女性一人でこんな映画をみにきている人もいて、
一見してリベラル/マイノリティな感じの客層です。

映画自体は、
ブッシュ・ファミリーと
サウジ王族サウド家や、ビンラーディン家のと関係、
ブッシュ政権の「テロ戦争」の支離滅裂、
そしてイラクの戦争で巨額の利益を手にする米大企業と
ブッシュ政権の関係を追いかける前半と、
衝撃的な映像を含むイラクの現地取材や、
イラクで従軍していた息子を失った
アメリカの地方都市に住む普通の母親の悲嘆を通じて
イラクで何が起きているのかを辿ってゆく後半に
大きく分かれます。

前半部分は、
既に公になっている情報を手際よい編集と
洒脱なナレーションで興味深くみせるだけで、
“知られざる関係が今暴かれる!”
みたいなスクープ性はありません。
ですから、
この映画をみただけで
現政権を支持しているアメリカ人が
反ブッシュに転ぶか?
といえば、正直わからないと思います。

むしろ、アメリカの多くの観客にとって
衝撃的であり重要でもあるのは後半部分でしょう。
ブッシュ大統領のころび痣は大々的に報道する
アメリカのジャーナリズムですが、
戦場で負傷した兵士たち、戦死した米兵の棺、
そして攻撃の巻き添えで犠牲になったイラクの人々の姿が
大手のネットワークで放送されることはまずありません。
ですから映画の後半、アメリカの観客は、
普段TVニュースでまったくふれることのない、
負傷者・死者・苦しむイラク市民の映像を目のあたりにし、
当たり前の事実を今更ながらにつきつけられます。

イラクでは戦争がおこなわれていて、
戦争はとても悲惨なものであるという事実をです。

マイケルムーア本人が有名になりすぎたせいか、
得意のアポなし取材はトッピング程度にしかなく、
イラクの戦場取材にいたっては、
本人は現地に出向いていないばかりか、
取材班はマイケルムーアのクルーであることを
隠していたそうです。

本人のアポ無し取材がぐっと少なくなったせいで、
『ロジャー&ミー』や
『ボウリング・フォー・コロンバイン』のような、
ロードムービー的な切なさは消え去っています。
マイケルムーアが、
“アメリカで何が起きているのか”を
探し求めて取材の旅を続けるけれど、結局彼にできるのは、
変えようのない現実に傷つき、
見捨てられながらも生活している
弱い立場の人達に共感することくらい…そんな切なさです。
ですから映画としての完成度だけでいえば、
『ボウリング〜』の方がずっと上でしょう。

ただ、観客の反応はといえば、
意外なほど素直に盛り上っていました。
取材を受けた兵士が「ラムズフェルドは辞任すべきだ」
と言えば会場に拍手が沸き起こり、
負傷した兵士が「ずっと共和党支持だったけど、やめたよ」
と言えばまたもや喝采。
私の隣りの南アジア系おばあさんも
ことあるごとに「その通りよ」と一人ごちて
マイケルムーアに賛同しっぱなし。

初日と言うこともあり、
反ブッシュ映画を期待して
劇場に集結した反ブッシュ派達が、
期待通りの内容に盛り上がったと言うのが実情でした。
マクロでみたら、
プチ民主党大会を全米868館で開催しているような状況。
6月25日は、
ひたすら影が薄い大統領候補ジョン・ケリーを筆頭に
最近なんだか元気のないアメリカのリベラルが
気合いを入れなおすための決起イベントの日となりました。

マイケルムーアは、
変えようのない現実のまわりをぐるぐる旅する
ロードムービーをあきらめたかわりに、
劇場に集まってこの映画をみるということ自体を、
観客ひとりひとりが現実を変えるべく決意を促すような
イベントにしてしまったのです。

『華氏911』は、
ドキュメンタリー映画ではありません。
政治とエンタテインメントを結びつけた
新しい種類のイベント・ムービーなのです。
現実から逃避するために映画をみるのでなく、
現実を変えるために映画をみるという経験は、
いままでにない種類のものです。
この経験の新しさと興奮が、公開3日で興行収入23億円、
ボックスオフィス1位という結果につながったのでしょう。

もちろん『華氏911』という
社会的イベントの盛りあがりの帰結が、
11月の大統領選挙にどう影響を及ぼすのかは
まだわかりません。
ただ、楽しませてもらったお礼に、
マイケルムーアが2000年の大統領選挙のときに、
ラルフ・ネーダーを支持していたという事実に関しては、
当分、忘れたふりをしてあげることにしたいとおもいます。

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2004-07-02-FRI

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