翻訳前のアメリカ。
そのあたりのこと、現地ではどんな感じ?

 

第四十七回配信 『華氏911』 その1


マイケルムーア監督の話題作『華氏911』が
6月25日全米868館で公開になりました。

2002年の11月、全米たった8館で公開された
『ボウリング・フォー・コロンバイン』をみて、
第三十三回配信でご紹介したときは彼のことを、
ロードムービーのような切ない味わいの映画をとる
アメリカの松村邦洋だとしか思っていませんでした。
ただ今や映画の公開館数に限らず、
いろんな意味で注目度が100倍増しです。
今回はそんな『華氏911』取り上げたいと思います。

まずこの映画、
ディズニーによる配給停止騒ぎがありました。
ただディズニーがこの映画を配給はしないという意向は
1年以上前から決まっていて
監督にも伝わっていたのですが、
映画が完成するまでディズニーの子会社である
ミラマックスは制作費を出し続けていました。
グループ内で足並みの乱れがあったのです。

実は、『恋に落ちたシェークスピア』『シカゴ』などで
アカデミー賞常勝チームの感のある
アート系映画会社ミラマックスとディズニーグループは、
足並みの乱れなんてもんじゃない
軋轢を以前からかかえています。
ミラマックスが
独自のケーブルチャンネル開局を計画すれば
ディズニー側がリスクの大きさから難色を示す
という具合で、嵩じて最近は離れ話まででています。
ディズニーのアイズナー会長が
ミラマックスの収益性に苦言を呈したところ、
同社の広報が
「収益性が低いというなら、
 ディズニーがミラマックスの値段をいってくれれば、
 (現経営陣である) ワインスタイン兄弟が
 喜んでディズニーから会社を買い戻すよ」
と発言。なかなか険悪な雰囲気です。

ですから、『華氏911』という
製作費6百万ドル(6億6千万円)でしかない
映画1本を配給させるかさせないか、というのは、
2000億円ともいわれるミラマックス社
そのものの売却騒動からすれば
とるにたらない決定だったと考えられます。

この決定については、
ディズニーはサウジの投資家の機嫌を損ねるのを
恐れたのではないか?
ディズニーはジェブ・ブッシュ フロリダ州知事が
機嫌をそこねてフロリダ・ディズニーワールドに対する
税優遇措置がなくなるのを恐れているのではないか?
など陰謀説めいたことも随分いわれましたが、
『華氏911』一作品のみのレベルでないところで
二社間で経営方針が迷走していたというのが
配給停止騒動の実情だったんじゃないでしょうか。

とにかくこの配給停止騒動で注目が集まった直後、
カンヌ映画際でのパルムドール受賞がありました。

ちなみにパルムドールが発表になった5月22日、
ブッシュ大統領はマウンテンバイクで遊んでいて転倒、
あごに、ころび痣をつくった顔のアップが
ニュースで流れました。
それがまた、合衆国大統領なのに
こんなにもころび痣が似合うってまずいんじゃないのか?
と心配になるくらいの似合いよう。
コケにされる大統領としての素材のよさを
ブッシュみずからがアピールしてしまっていました。

こんなコネタまで含めて、
『華氏911』のパルムドール受賞は
大きな話題になりましたが、これも騒ぎすぎに思えます。
普段、アメリカの一般的な映画の観客は、
カンヌの結果なんか、本当に、まったく気にしないのです。
2000年の受賞作『ダンサー・イン・ザ・ダーク』
全米たった3館ではじまって、結局最大130館弱。
興行収入は420万ドル(4億7千万円)ほど。
2002年の『戦場のピアニスト』も当初全米6館で公開。
徐々にスクリーン数が増えましたが、
米国アカデミー賞を受賞するまでは
800館に届きませんでした。
極めつけは昨年2003年のパルムドール受賞作です。
『グッドウィル・ハンティング』を撮った
ガス・ヴァン・ザント監督の『エレファント』ですが、
パルムドールだけでなく監督賞ももらっています。
で、このカンヌニ冠王の公開規模も全米6館。
興行収入のトータルは
ほんの120万ドル(1億4千万円)ほどでした。
このように最近の例を見る限り、
パルムドール受賞はアメリカの一般的な観客に対して、
なんの意味ももたない実績です。

ですから、配給までのいきさつについて、
“ブッシュ政権に恐れをなしたディズニーによって
 一度は配給を停止された映画が、
 カンヌ映画祭でパルムドールを受賞、
 その実績をもとに新たな配給会社を得て
 やっと公開にこぎつけました!”
というマイケル・ムーア側の美しいストーリーを
真に受けたジャーナリズムは
彼の巨大な腹芸パブリシティに
踊らされたにすぎなかったといえるでしょう。

とにもかくにも、ことの真相にかかわりなく、
『華氏911』公開までのストーリーに
話題が集中する一方で、
保守派もいろいろと反撃をこころみています。
ムーブ・アメリカ・フォワードという
怪しげな保守系の市民団体がわいてでて、
「テロ戦争に反する」「反ブッシュ」「アンチミリタリー」
であるこの映画を上映しないように
劇場に直接投書したり電話したりするという
運動を始めました。
彼らの運動と直接関係するかどうかは
定かではありませんが、
この映画を上映する予定の劇場主には、
脅迫状がおくられたりして、また話題になりました。
さらにこの団体
「真実を捻じ曲げるマイケルムーア」として
『華氏911』中の間違い探しをウェッブサイト上で
公開しています。
これも考えようによっては、
彼らが嘘といっていないこの映画の大部分については、
逆説的に“事実”として
お墨付きを与えることになりますから、完全な逆効果。
第四十五回配信で紹介した、
テロボケ・アメリカ人の見本のような人たちです。

もっともアメリカ政府はもう少しやることがスマートです。
合衆国の連邦選挙委員会(FEC)は
『華氏911』のCMをテレビやラジオで流すのを
7月30日で禁止すべく検討中。
「連邦選挙の30日前もしくは予備選挙の60日前に
 候補者の名前や顔を使用した広告を
 企業が資金提供して放送してはならない」
というアメリカの政治資金規制法に違反するからです。
527の共和党系団体が同じくこの法律にもとづく訴訟を
行うべく準備中だとも報道されています。
このアピールが認められると、
大統領選挙前に予定されているこの映画のDVD発売には、
大きな影響がでるはずです。

また、これだけ話題が大きくなると、
政治的な立場とは関係ないところでとばっちりを
受ける人もでてきます。
『華氏911』のタイトルの元ネタになった小説
『華氏451度』の作者 レイ・ブラッドベリは最近、
“マイケルムーアは断りもなくタイトルを盗んだ、
 許さん!”と怒り心頭である、と報じられました。
ただ彼の場合、
政治とはまったく関係のない事情があります。
小説『華氏451度』はトリュフォー監督によって
1966年に映画化されていますが、
再映画化の企画が進んでいるのです。
監督には『ショーシャンクの空に』『グリーン・マイル』
フランク・ダラボンが決定しているようですから、
ブラッドベリさんでなくてもとても楽しみな企画です。
これが2005年公開予定とのことですから、
中途半端な類似タイトル『華氏911』が注目を浴びたのは、
本家『華氏451度』再映画化にとっては
母屋を取られるような、
最悪のタイミングだったといえます。
怒るのも無理ありませんね。

このように、『華氏911』は公開前の段階ですでに、
マイケルムーア側の腹芸による宣伝が功を奏し、
アメリカ超保守派のテロボケぶりが鮮明になり、
さらに関係ない人のとばっちりまでが浮き彫りになり、
…と、まさに話題が沸騰しました。

ちなみに水の沸点、
摂氏100度は華氏212度。
沸点に達した話題が、
まさに911度=摂氏488度にまで燃え上がるのかどうか?
一層の注目のもと、『華氏911』は公開になりました。

鈴木すずきちさんへ激励や感想などは、
メールの表題に「鈴木すずきちさんへ」と書いて、
postman@1101.comに送ってください。

2004-07-01-THU

BACK
戻る