翻訳前のアメリカ。
そのあたりのこと、現地ではどんな感じ?

 

第四十四回配信 並つゆだく(生卵)


すずきちは吉牛のファンです。
ですから、今回の牛丼騒動にも心を痛めています。

「並つゆだく生卵」ってワン・ワードで注文し、
いくらかけても辛くならない唐辛子をたっぷりふりかけ、
丼の中央に紅ショウガのせて、それをめがけて生卵をかけ、
面白くもない顔をして牛丼を食べる…
吉牛のファンそれぞれがこんな、
ささやかで、どうでもよくて、でもおまじないのように
必ずおこなってしまう、孤独でオリジナルな儀式を
吉牛に行くたびに繰り返してきたのではないでしょうか。
かわり映えしない日常のボトムラインをかみしめるように
牛丼を食べてきたのです。

ただ吉野家の牛丼には、
これがボトムラインなら
自分の人生はそんなに悪くないじゃないか、
と思わせるような説得力があったと思います。
ですからその吉牛の消滅は、ファンにとっては、
日常の底が抜けてしまうような経験です。
心中穏やかでなくなるのも当然で、
代替メニューのカレー丼を食べて、
味が普通だの、値段が割高だの、
ないものねだりを言ってしまうのも仕方ないことです。

アメリカ産の肉がダメなら
オーストラリア産にかえてでも牛丼続けてよ、
というのが素人の意見ですが、
なにやら吉牛のタレは穀物で育った
米国産の肉にあっているらしく
牧草で飼育されることが多いオーストラリア産だと
味が変化してしまうのでそれもできないんだそうですね。

ただ皮肉なことに今回の牛丼消滅の原因となった、
アメリカのBSE騒ぎは、
アメリカ国内では今のところ日常生活にほとんど
影響を与えていません。
昨年のクリスマス直前の12月23日に
ワシントン州の狂牛病例が公表されたわけですが、
ホリデーシーズンということで
米国の多くのレストランはもともと休業していました。
もっとも、ホリデーに関係なく営業していた
マクドナルド、バーガーキングをはじめとする
ハンバーガーレストランチェーンはどこも
普通に営業し普通にお客さんがはいっていました。
他のレストランが閉店している分、
いつも以上に人が入っていた印象すらありました。

日本国内で発生したBSEのパニックのときみたいに、
スーパーマーケットの店頭から牛肉が消えたり、
せめて安売りになったりしていないかなぁという、
さもしい期待を持ってこの日スーパーを覗きましたが、
小売価格は微動だにしていませんでした。
これは1ヶ月半たった現在でも同じです。
牛肉の小売価格に目だった値崩れはおこっていません。
危険部位とされる骨髄付のオックステール肉すら
普通に販売されています。

それでも、とにかく最近の騒ぎに触発されて、
なんだか牛丼が食べたくなり、
Yoshinoyaのハリウッド店にいってきました。

吉野家は、アメリカではカリフォルニアとニューヨークに
進出しており、
特にカリフォルニアには80店舗くらいあります。
ニューヨークはマンハッタンのタイムズスクエア近く
42丁目に進出しています。
まだまだ全米展開というほどではありませんが、
アメリカは大きいです。同じ外食産業でいうと、
アメリカの都市では本当にどこにでもあるものの代名詞
スターバックスコーヒーが、
アーカンソー州内の最初のお店を開店したのは去年の話。
福島県郡山市よりも、新潟県新潟市よりも出店があとです。
スターバックスのような巨大外食チェーンににとってすら、
福島県や新潟県よりも、
出店プライオリティが低くなるような田舎が
アメリカにはあるのです。
こう考えると吉牛のような日本起源のファーストフードが
アメリカでちゃんと定着しているだけ、
凄いことなんじゃないかと思います。
それから牛丼といえば『キン肉マン』ですが、
"UltimateMuscle(究極の筋肉)"というタイトルで
毎週土曜日の朝、FOXネットワークで全米放送されています。
土曜の朝といえばアメリカの子供番組のプライムタイム
ですから、アメリカにおける牛丼文化は
想像をこえて浸透しているといえましょう。

ただ、アメリカで定着するにあたり、
かなり修正が加わっているのも事実です。
まず、お店は普通のファーストフード形式になっていて、
注文カウンターで注文して受け取る形。
U字カウンターにはなっていません。

店内を観察すると、ランチタイムだったこともあり
かなり混んでいます。
お店が、ハリウッドでも少しワイルドな地域にあるせいか、
『ワイルドスピード』にでてきそうな
ヒスパニック系のかっこいいカップル・但し赤ちゃん連とか、
お箸は上手に使うものの、ご飯におしょうゆをざぶざぶ
かけてしまうアロハ姿のおじさんとか、
ぼそぼそスペイン語で話しながら食事をする
なにかの現業系の作業員風のおじさん二人とか、
いろんな種類の人がいました。

メニューも多彩です。
牛丼並=ビーフ・ボウル レギュラー2.69ドル(約285円)
牛丼大盛=ビーフ・ボウル ラージ3.79ドル(約402円)
牛皿=ビーフ・オンリー 1.89ドル(約200円)
は当然あるのですが、
テリヤキ・チキン・ボウル5.05ドル(約535円)
シュリンプ・ボウル6.20ドル(約657円)
サーモン・ボウル5.99ドル(約635円)
なんてのもあります。
ちなみにシュリンプ・ボウルは
巨大な衣にエビ味のなにかが詰まっているエビフライの丼、
サーモン・ボウルはサーモンフライ丼です。

あと、ドカベン風特盛サイズのライスに上記の具が2種類と
中華丼風のあんにからめた野菜がのった
コンビネーションもあります。
こちらの値段は7.50ドル(約795円)前後ですから
ファーストフードとしてはむしろハイエンドな感じです。

さらに、チーズケーキや、キャラメルフランなんかの
デザートがあり、
チキンサラダ、ガーデンサラダがあり、
子供向けにおもちゃ付セットのキッズミールがあります。

味噌汁は、以前あった記憶があるのですが
今回いったハリウッドのYoshinoyaにはありませんでした。
かわりにあるのがクラムチャウダー 1.59ドル(約169円)。
ちゃんとアサリの香りがガツンとして美味しいです。
こればかりは、
味の薄さを温度の高さでごまかしているような
日本の吉牛の味噌汁も見習って欲しいと思います。

このように、アメリカ市場にあわせて
メニューを多彩にしているYoshinoyaですが、
すずきちが目指すものは当然、「並つゆだく生卵」です。
並はレギュラー、"つゆだく"は ビーフ・ジュースですが、
ビーフ・ジュースを追加すると
なんと50セント追加料金です。
納得いかないまま、生卵はないのかときくと、
クリスティーナ・アギレラ系の顔が
豆タンク体型にのっかってるお姉さん店員が
「ありません」とスペイン語訛できっぱり。
きっぱり言われて思い出したのですが、
アメリカのレストランは生卵をだしません。
サルモネラ菌中毒の発生をおそれてのことでしょう。

それでも、紅ショウガと唐辛子はちゃんと備え付けてあり、
いつもどおり上に載せて、
仕方なく、並つゆだく
=ビーフボウルレギュラー・ウィズ・ビーフジュース
を食べ始めました。
しかし、別途料金をとるだけあって
つゆがだくだくすぎで、ほとんどリゾット。
牛肉と玉葱はオリジナルとかわらない味付けですが、
ライスはあまりいいものを使っていないようで
大量のつゆのせいでやな感じにふやけてしまい、
久しぶりの吉牛を残してしまいました。
生卵がでてこない時点で気づくべきだったのでしょうが、
日本の日常をハリウッドのYoshinoyaで再現するという
アイディア自体に無理があったといえましょう。

こうなると、米国からの牛肉輸入禁止がとけて
日本の吉牛が復活することを祈るしかないのですが、
これは意外と長い道のりになるような気がします。
食べ物のリスクの大きさが、
アメリカと日本とで全然違うのです。

例えば食中毒を例に取ると、
厚生労働省の統計で日本での患者数は
過去10年の平均で年間約35000人。
死亡者数は同じく8.1人だそうです。
一方アメリカでは食中毒による入院患者数は約325000人/年、
死者数は5000人/年という数字が検索したらでてきました。
サルモネラ菌の死者だけで、年間500人以上でるそうです。

BSEの恐ろしさは未知のものであるという点につきます。
原因となる異常プリオンは、人体の免疫系には引っかからず、
発病までの潜伏期間は"とても長い"としかわかっていません。
そうなると今日現在におけるリスクの大きさを
どのように評価するかが大変難しい問題となるのですが、
食べ物が直接の原因で死亡することが稀である日本と、
食中毒事件などニュースにもならないアメリカ側とが
BSE対策で落としどころをみつけるのは大変難しい
ことのように思えます。


大雑把な比較ですが人口比を考慮しても、
アメリカ人が食中毒で死亡する確率は日本人の275倍。
感染者を出さないのがボトムラインで、
牛の全頭検査を当然と考える日本の行政当局と
そんなものやってられるか、と主張する米国当局の間には
食品の安全性一般に関して、
ひょっとすると275倍の実感ギャップがあるのです。

さらに言えば、マグロに含まれる水銀濃度の問題が、
日本人の食生活に全く影響を与えていないのと一緒で、
アメリカにおけるBSEは、
正面から取り組むには社会的な影響が大きすぎるという
事情もあります。

このギャップを埋める努力を日米当局双方がしないと
いつまで経っても禁輸がとけず、
ファーストフードとしての牛丼文化は
アメリカでしか生き残らないということに
なるかもしれません。
「生卵」抜きの牛丼文化がアメリカで生き残り、
日本人の食生活のボトムラインは
失われたままになるのでしょうか?
なんだか面倒くさい世の中になりました。

鈴木すずきちさんへ激励や感想などは、
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2004-02-19-THU

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