翻訳前のアメリカ。
そのあたりのこと、現地ではどんな感じ?

 

第四十回配信 
マイ・ビッグ・ファット・(グリーク!)・ウェディング



5百万ドル(約6億円)という低予算で制作されながら
24億ドル(約288億円)の劇場興行収入をあげた
2002年のシンデレラ映画、
『マイ・ビッグ・ファット・ウェディング』が
やっと日本でも公開になっているようですね。

脚本・主演のニア・ヴァルダロスの一人芝居が
トム・ハンクス夫妻に見出されて映画化されるまでの裏話は
いろんなところで紹介されていますので
ここでは敢えて繰り返しませんが、
この企画の立ち上げから公開までが、
映画以上にドラマティックな出来事の連続だったようです。

映画が完成した後ですら、
配給を約束していたライオンズゲートが
完成した作品をみて、
あまりに低予算で能天気なこの映画を
どう宣伝してよいかわからず、
配給からおりてしまうという事態が発生しました。
結局、製作側が不利な条件をのんで
IFCフィルムズという会社が配給することがやっと決定。
メジャースタジオの作品なら
25百万ドル(30億円)位は普通に投入する宣伝費も、
公開当初の予算は百万ドルからのスタートでした。

そして公開前の映画評は軒並み B+〜C程度。

宣伝費も満足になく、批評家受けも決してよくなかった
この映画がなぜ記録的な大ヒット映画になったのでしょう。
今回はこの映画がアメリカで受けた原因を洗い出しながら、
現代のアメリカの家族のことなんかも
考えてみたいとおもいます。

原題My Big Fat Greek Weddingから
肝心の"Greek"が抜けてしまいましたが、
映画の舞台はシカゴのギリシャ料理レストラン
その名も "ダンシング・ゾルバズ"を経営する一家です。
レストランにはおじさんの人型がひょこひょこ動く
へんてこなネオンサインの看板がついています。

主人公のトゥーラ(ニア・ヴァルダロス)は、
上唇周辺のしわが率直にやばいかんじになってきた30歳。
家族のレストランで受付係をしています。
自分に自信がもてず化粧気すらない彼女は、
ハンサムなお客さんがやってきて心惹かれても
なすすべもなくカウンターの陰に隠れてしまう淋しい日々。

一方、レストランを経営する父親ガス
(マイケル・コンスタンチン)は、
文明のすべてはギリシャ起源であると主張し、
自宅の庭にギリシャ彫刻のレプリカを所狭しと並べ
家庭のことはすべて自分が決定すると信じて疑わない
強情なギリシャ系移民。
キッチン用洗剤ウィンデックスで
虫刺されだろうがなんだろうが何でも治ると信じるほど、
思い込みが激しい人です。
彼はトゥーラに早く結婚して子供を産めと
がみがみ言いますが、教育の必要性も認めず、
出会いのチャンスを含めて
彼女からいろんな機会を奪っているのが
自分だとは気づきません。

そんな日々から決別するために
トゥーラは一念発起して大学でコンピュータを勉強し、
化粧を覚え、眼鏡をコンタクトレンズにかえ、
母親やおばさんの計らいもあって
おばさんが経営する旅行代理店で働きはじめます。

そこで都合よく再び出会った憧れの男性イアンと
トゥーラは恋に落ちるのですが、
娘がギリシャ人以外と結婚することを快く思わない父親は
激しく意気消沈してしまい、
一方でイアンはギリシャ系の大家族にとけ込むために
涙ぐましくも大爆笑の努力をはじめる…というお話です。

この映画の魅力のひとつはやはり
ギリシャ系の家族のありかたをカリカチュアライズ
しながらも正面から描いた楽しさとユニークさです。
イタリア系やユダヤ系の家族は
頻繁にアメリカ映画のテーマとして取り上げられてきて、
イタリア系やユダヤ系の人たちは映画をたくさん観る
という市場調査もあるのですが、
ギリシャ系というといままでほとんど
取り上げられてきませんでした。

サンフランシスコの一家を舞台にした人気TVシリーズ、
『フルハウス』で
主演俳優の一人ジョン・ステイモスが
たまたまギリシャ系で彼自身がアイディアを出し、
ギリシャの親族一同が大挙してアメリカに遊びに来るとか、
ギリシャから遊びに来た男の子とアメリカ人の女の子が
うっかりギリシャのプロポーズの儀式をしちゃうとか、
この映画で描かれているそのまんまの
騒がしいギリシャ系の人たちが登場するエピソードが
いくつかあったくらいでしょうか。
日本だと『フルハウス』はNHKで放送されて
結構人気がありましたから、
覚えている人も多いかもしれませんね。
ちなみに豆知識ですがこの映画の監督ジョエル・ズィックは、
TVシリーズ『フルハウス』の監督陣のひとりでした。

映画やTVでとりあげられることは今まで少なかったものの、
この映画で描かれているような、
ギリシャ人は自分たちを偉いとおもっていて、
食事のときに意味もなく踊りだす、
なんだか騒がしい人たち、というギリシャ系のイメージは、
アメリカ社会ではそれなりに通用する認識かもしれません。

すずきちの家の近所にもギリシャ・レストランがありますが、
お店の看板には、
本当に、両腕を上げてギリシャの踊りを踊っている人の
シルエットがでかでかと描いてあります。
そこで饗される巨大な料理を食べはじめると、
本当に、パーティでもなんでもない普通の営業時間中に
ウエイターも客も列になって踊りだします。
騒がしいことこの上ありません。
レストランの名前も、中華料理なら"リトル・ホンコン"とか、
フレンチなら"プチ・ビストロ"とか
普通は、なんというか下手(したて)に出た名前が
多いように思うのですが、
ギリシャ料理に限ってはその名も
"グレート・グリーク"(!)
藪から棒に"偉大なるギリシャ人"です。

アメリカのギリシャ系といっても
個々の家庭はもちろんさまざまなのでしょうけれど、
グレート・グリーク・レストランのような現実を
なんとなく横目でみながら生活していると
物語の素材としてのギリシャ系の面白さをこの映画で
深く納得しながら再発見するようなところがあります。

ちなみに、劇中のレストラン名"ダンシング・ゾルバズ"で
ギリシャ人をテーマにした往年の名画
『その男ゾルバ』(1964)を思い起こして大爆笑したのは、
6割くらいの入りの映画館の観客中で
私と妻のたった二人だけでした。
アメリカの一般的な観客にとって、
ギリシャ人についての映画というのは
それくらい、なじみがないものだったようです。

そんな目新しい素材としての面白さを超えて
この映画がさらに多くの人の共感を得ることが出来たのは、
多くのアメリカ人にとって、非常にほっとするような
テーマだったということがあると思います。

家族のありかたやセックスに対する価値観の
フロンティアが極限まで突き詰められ、
同時にさまざまな生命科学サービスが
医療の現場で一般に提供されるアメリカの社会では、
家族という言葉の意味がものすごい幅をもっています。

現代アメリカの"家族"がどうなっているのか、
極端な例を紹介しましょう。
現代アメリカ社会の問題を個人と家族に焦点をあてて
紹介する社会派ワイドショー 
NBCネットワークの『ジョン・ウォルシュ・ショー』で
紹介されていた実話です。

カレンとオードリーはレズビアンのカップルですが、
人工授精により子供を二人(キンゼイ6歳とジリアン3歳)
もうけていました。
ところが昨年、不幸なことにキンゼイちゃんが
再生不良性貧血であることが発覚します。
病気を治す唯一の方法は骨髄移植であるとの診断でしたが、
妹ジリアンちゃんも母親のカレンも白血球の型があわず、
骨髄バンクに登録されている1100万人のなかからも
キンゼイちゃんに適合する型は見付かりませんでした。
そこで必死になったカレンは一計を案じます。
彼女の卵子からもう一人子供をつくることにしたのです。
既に1100万人分が不適合だったにしても、
肉親の白血球が適合する確立は2〜3割。
つぎに生まれてくる赤ちゃんの骨髄が適合する可能性は
まったくの他人よりは高いはずでした。
ただ、カレンの卵子を保管していたアリゾナ州の施設との
契約は2年前に終了しており、
本来彼女の卵子は既に処分されていたはずだったのです。
とにかく必死の思いでカレンが施設に連絡すると
施設側の手違いが発覚します。
処分されていたはずの彼女の卵子は
健康な状態で冷凍保存されていました。
規則を無視してその状況をカレンに教えてくれたのは、
事情を察した施設の事務員の女性でした。
結局その卵子から、カレンの妹テレサを代理母として
ティーガンちゃんを妊娠。
検査の結果ティーガンちゃんとキンゼイちゃんの白血球は
一致が確認されたのです。
骨髄移植手術はティーガンちゃんの成長を
まって行われる予定だそうです。

番組で紹介されたのはここまでですが、
レズビアンのカップル、卵子の冷凍保存、
人工授精、代理母…考え方によってはいちいちが
"神をも畏れぬ"行為のように思えます。
でも、処分されていたはずの卵子が残されていた偶然、
機転を利かせて卵子を守ってくれた事務員、
確率2〜3割の中で適合した白血球…
というように偶然が重なると、むしろキンゼイちゃんは
何かに守られているのではないか、
とすら感じられるお話でした。
実際、番組に登場したカレンとオードリーのカップルと
キンゼイ、ジュリアン、ティーガンの姉妹は
とても絆のしっかりした家族に見えました。

このカレンとオードリーの家族のように、
旧来の価値観からの解放とそれを後押しする生命科学の
一般化は新しい家族の形を可能にしつつあります。
ただ、いくら固い絆をもった家族が困難に立ち向かって
幸せになる話であるとはいえ、
最後まできくと心のどこかがぐったりと疲れてしまう
思いがするのも事実です。

一方で、一般的な構成のアメリカの家族が
置かれた位置も決して平穏なものではありません。
日本の倍以上の高い離婚率、
親の世代の段階で既にセックスに対する
価値観のフロンティアにたどり着いてしまっているために、
反抗でも解放でもないかたちで
セックスに対して立ち向かわなければならない
ティーンエイジャーたち、
あまりに普通に存在する暴力とドラッグ…。
なるほどここ数年、
アメリカの家族をテーマに据えた映画というと、
『アメリカン・ビューティ』や『イン・ザ・ベッドルーム』
のように機能不全を起こした家庭の
鬱々とした映画ばかりでした。
これはこれで、正視するとげんなりします。

そんななかで、『マイ・ビッグ〜』で登場する
騒がしい大家族は19世紀的としかいいようがありませんが、
みていてほっとするものでした。
このほっとする感じこそが、
アメリカの観客が求めていたものだったのでしょう。

さらに、陳腐になることを承知で付け足せば、
この映画をみてほっとする感覚は、
9/11のテロやイスラエルでの自爆テロという現実を
前にしたときの感慨のちょうど正反対のものだったと
いえると思います。

ギリシャは地理的な意味も含めて、
ヨーロッパ社会の周縁になってしまっていますが、
とにもかくにもキリスト教圏であり、
お父さんガスが主張するまでもなく、
ヨーロッパ文明の根源はギリシャにあったのです。

ヨーロッパ・キリスト教的な文化のぎりぎり内側で、
自分自身を成長させることで幸せになってゆく
トゥーラの姿、
文化を超えて理解し合おうと努力する二つの家族の姿、
そしてその姿を描いた低予算映画が
とてもアメリカ的なシンデレラ・サクセスストーリー
となって多くの人に愛されたという現実は、
狂信的なイスラム原理主義と
民族の悲哀を背負い込んだ挙句の自爆テロという行為と、
その結果としての多くの罪のない人々の命が奪われる
という現実の対極に位置していました。

2002年のアメリカ人の、
ほっとする心のツボに本当にうまく嵌ったのが
『マイ・ビッグ・ファット・(グリーク・)ウェディング』
だったのです。

P.S. 最後にもうひとつ豆知識です。
お父さんの万能薬である 洗剤ウィンデックスには 
アンモニアが含まれています。
ですから、虫刺されに効くというのはあながち
ウソじゃないかもしれません。すすめませんけど。

鈴木すずきちさんへ激励や感想などは、
メールの表題に「鈴木すずきちさんへ」と書いて、
postman@1101.comに送ってください。

2003-08-08-FRI

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