翻訳前のアメリカ。
そのあたりのこと、現地ではどんな感じ?

 

第三十九回配信 愛国心 その2


自由・民主主義・平等などの
さまざまな"よいこと"と
愛国心とがアメリカでは一体のものとして教育され、
日常生活でもそれを実感する機会が多いことを
その1でご説明しました。

ことに国内のいろんな問題に関しては、
アメリカの社会は絶えることのない自己批判と
自由で辛らつな議論の検証を受ける機会が多く、
アメリカ政府の行為についても
自由・民主主義・平等の原則に照らし合わせた
過去への反省と改革が行われます。

歴史的にいえば、アメリカ大陸開拓の過程で
収奪の対象となったネイティブ・アメリカン達と
アラスカのイニュイット達には
現在さまざまな優遇政策が取られていますし、
第二次大戦中、アメリカ国籍であった二世までもが
土地所有を禁じられ隔離収容された
日系アメリカ人たちには
戦後断続的に補償の努力が続けられました。
1990年に日系人収容所補償事業の仕上げを行ったのは、
自身は小笠原沖で日本軍に撃墜された経験がある
当時のジョージ・H・W.ブッシュ大統領(父)です。
つい最近の例でいうと、
昨年末トレント・ロット共和党上院院内総務が
不用意な人種差別発言をおこなってしまいました。
その結果、
ホワイトハウス以下、共和党、民主党そしてマスコミ
全てから情容赦ない批判を浴び、
過去の履歴まで暴かれて人種差別主義者であると評価され、
院内総務(日本でいうと幹事長)辞任に
追いこまれています。

このように、今日現在選挙権をもっているひとたちの権利に
直接かかわる問題ついては、
アメリカ社会は常に反省し過ちを正そうとします。
"すべての人に自由と正義があり"
というお題目を毎日学校で唱えさせるくらいですし、
きちんと反省しながら
民主主義を機能させているのだという実感は、
再び愛国心にフィードバックしてゆくこともあるでしょう。
(あ、ちなみにアメリカ人個々人の人間性は別です。
アメリカでビジネスをしていらっしゃる方なら、
アメリカには簡単には反省しない人がすごく多いなあと
骨身にしみて感じていらっしゃると思います。)

ただ、そんなアメリカ人の愛国心も
あやうさを孕んでいます。
こと国外の問題になった瞬間に、
不断の自己批判と反省という原則が働かなくなるのです。

国の豊かさゆえか、アメリカ人の多くは
内向きで外国のことに関心がありません。
地理にもくわしくありません。
従ってその代表の議員さんたちも、
当然外国のことなどあまり気にしません。
ひところまで、アメリカの政治家が
自分は地元とアメリカに根を張って活動しているんですよ、
と選挙民に伝えたいときには、
「私はパスポートすら持ってないんです」
と誇らしげに語ることが多かったと聞きます。

国民が無関心であるせいでアメリカの外交に関しては
なかなか厳しい議論が起こりません。
中南米のいろんなところで
CIAや米軍が内緒でいろんなことをしても、
当時のゴア副大統領が署名した時点で既に
議会が批准する見込みがなかった京都議定書を
当然のようにブッシュ大統領が反故にしても、
米軍が制圧していたはずのバグダッド市内の博物館から
メソポタミア文明の数々の遺物が失われても、
時の政権を批判する雰囲気はまったくおこりません。

中南米のいろんな国の人達や
地球温暖化で国が海に沈みはじめたツバルの人達の立場は
彼らがアメリカの選挙で票をもっていないという
一点において、省みられることがないのです。
ハリウッドの巨大企業が議会でロビー活動を続ける限り
ミッキーマウスの著作権は
未来永劫保護され続けるのではないかと
懸念されていますが、
5500年前にメソポタミアで栄えた古代シュメール人たちが
博物館から奪われた自分達の"著作物"の回復のために
米国議会でロビー活動をする可能性はありませんから
これもほっとかれるでしょう。

もちろんどんな国でも外交より内政が重要ですから、
このことでアメリカだけを責めるのは
公正でないかもしれません。
それでも、
アメリカのいろんな外交政策や軍事行動は、
"自由と民主主義のために戦うのはよいこと"と
大雑把に考えるひとたちの愛国心によって支えられており、
一方、国内問題と違って外交や軍事は
事後に民主的な検証を受ける程度が低く、
愛国心のみに基いたセンチメンタルな評価しかなされない…
という構造は理解しておくべきでしょう。
アメリカの振舞いにアメリカ以外の国全部がいらだつ原因が
このようなアメリカの愛国心の構造にあるのだと思います。

このアメリカ人の愛国心の構造を理解するのに
最適な事例が、
9-11のテロ直後、2001年10月に議会を通過した
「テロリズム防止のために必要とされる適切な施策を
 提供することでアメリカを統合強化する」法律です。
この法律によりテロ対策の強化を目的として
米国内の外国人留学生・教員監視の強化や
テロ関連で怪しい人・怪しい銀行口座・怪しい通信
などを当局が拘束したり、監視・盗聴したりする権限が
拡大されました。

ちなみにこの長い法律の原題は
Uniting and Strengthening America by
Providing Appropriate Tools Required
to Intercept and Obstruct Terrorism
で頭文字を並べるとその名も "USA PATRIOT" ACT
「合衆国愛国者」法です。

ただいくら「愛国者」の看板を掲げても
米国内の法律としては
市民の自由を脅かす要素が強すぎると見えて、
全米の60以上の地方自治体がこの法律に関して、
反対決議を通過させています。
この法律のように、
国土の内側にアメリカの自由が行き届く部分と
アメリカの愛国心だけしか届かない部分を
まだらにつくってしまうということになると、
とたんに自己批判と反省の原則が働きはじめるようです。


また、アメリカ人の愛国心の構造的欠落によって
今後何が予想できるか一例をご紹介しましょう。
イラクで大量破壊兵器が発見されるのか、
結局発見されないのか、世界中が真剣に注目しています。
米軍が証拠を捏造しないように、
国連の査察団をいれるべきだ、
といろんなところの偉い人が主張しています。
ただ、もはやそんな議論をするだけ時間の無駄のようです。

・もし合衆国が、イラクは大量破壊兵器を所有している
 ということの決定的な証拠を発見することが出来ない場合、
 イラクとの戦争は正当化されると考えますか、
 されないと考えますか?

という世論調査(ギャラップ社5月1日)の結果がでました。

正当化されると考える   79%
正当化されないと考える  19%
意見なし            2%

アメリカの世論は既に"見つからなくてもOK"の方向に
完全にふれていますから、結局何もみつからなくても、
政府も議会も国民もジャーナリズムも、
誰も何も反省しないと予想されます。
" サダム・フセインの政権がなくなったのだから
いいじゃないか"で愛国心も傷つかずにお終いです。
イラクの大量破壊兵器を捏造するまでもなく、
アメリカ人の愛国心が戦争の目的を捏造してくれるのです。

戦争が終ってから、そんな風に"気が変わる"のって
アメリカの外にいる立場の人々からすれば、
大量破壊兵器がみつからなくて面目を失うことにも増して
アメリカにとって不名誉なことに思えます。
そんな不名誉すら意に介さなくさせるほど、
彼等の愛国心には深刻な欠落があるのだと思います。

翻って、日本にかつて存在した愛国心を考えてみましょう。
戦前、愛国者、つまり忠臣といえば楠正成がお手本でした。
彼の何が人気だったかというと
後醍醐天皇に最後まで忠誠を尽くし、
勝ち目のない湊川の戦いでも足利勢から逃げずに奮戦し
潔く最期をとげたところでしょうか。
理想・理念ではなく朝廷のために
自己を犠牲にして戦うことが尊ばれたんですね。
そんな楠正成の最期を
「犬死」と評したのが福沢諭吉でした。
当時の世論は福沢を批判し、
さらに軍部によって福沢の思想は
当時の国体思想に反するものと位置づけられます。
個人の自立があってこそ国家の自立があるという理念自体が
受け入れられなかったのです。

結果、第二次大戦の最末期、福沢の「犬死」という言葉は
呪いのように日本人の身の上に降りかかります。
米軍の本土上陸がいよいよ間近と予想された頃日本軍は、
地雷特攻の訓練を開始しました。
人間が爆弾を抱えて米軍戦車に
体当たりするという作戦です。
軍としては神風特攻の延長線上の発想だったのでしょうが、
第二次大戦当時のソビエト軍ですら、
まったく同じ目的で犬を使っています。
試行錯誤の末、敵戦車の下にもぐりこむよう訓練した犬に、
地雷を括りつけて戦線に放ち、一定の戦果をあげたのです。

米軍本土上陸をまたずに日本が降伏したため
幸い実際に地雷特攻を行った日本兵はいなかったようです。
それでも大日本帝国が、愛国心の名のもと、
国民にロシアの犬と同じ役割を割り当てたという事実には
変わりがありません。

以上はもちろん、ものの喩えでしかありませんが、
こういった大日本帝国的犬死系愛国心の経験が
あまりに不合理で陰惨だったために、
戦後日本人は、愛国心について臆病になってしまい、
日本の愛国心についての議論は迷走を続けています。

そうはいっても、自分の国に誇りをもてないのは
やっぱりつまんないとすずきちも思います。
アメリカ人みたいに野球場でビールのみながら納得できる
呑気な愛国心を
日本ではぐくむことは可能なのでしょうか・・・
その上で、アメリカの愛国心がもっているような
構造的な欠落を避けることは可能なのでしょうか・・・

いろいろむずかしいお話ですが、
とりあえず発泡酒でものみながら考えましょうか?

鈴木すずきちさんへ激励や感想などは、
メールの表題に「鈴木すずきちさんへ」と書いて、
postman@1101.comに送ってください。

2003-05-08-THU

BACK
戻る